第29話 地下迷宮と聖剣


「ここが地下迷宮への入り口になっております」


 ザドックさんに連れられて、私はアシュクラフト邸内に設けられた庭園の最奥へと辿り着く。

 私の身長よりも高い生垣で造られた迷路、その奥にあったのは一本の剣が刺さった石の祭壇だった。見る限りあの剣は本物で、石などで造られたような装飾品ではないみたい。

 普通こんな屋根もない、雨風にさらされるような場所に放置されていては刀身なんて錆だらけになってしまう物だけれど、この剣には錆どころか汚れ一つもない。むしろ鍔にはめられた宝石が太陽光を反射して綺麗に輝いているほどだ。


「この剣はかつてこの地を切り拓いた初代アシュクラフト当主が身につけていたとされるもので、今でもこの通り輝きを失うことなくここに突き刺さっているのです。あの剣が刺さっている祭壇の下に地下へと続く階段が隠されているわけですな」

「なるほど、しかし目印にしても初代様の剣を放置していい物なのですか? どちらかと言えばこれこそ先の倉庫に保管して置くべき代物だと思うのですが」


 ふと思ったことを口に出す。こんな盗まれやすいところにあるといつの間にか無くなってそう。…………実際設計図消えたしね。


「それが……実はこの剣は今まで様々な人が抜こうと試したのですが、誰にも抜けずにいるのです」


 アーサー王物語の聖剣か何かですか? 


「それは本当なのですか?」

「ええ、代々のアシュクラフト当主にも抜けず。者にこの剣を譲渡すると御触れ出しこの地に訪れた聖騎士の方々、街の力自慢の男衆すらも挑戦してはみたのですが、このように未だに抜けずにいるのです。」

「……私が触ってみてもいいでしょうか?」


 こう言うのって一度やってみたくなるのが人の性よね。

 ロマンがあって私は好きだ。


「無論、構いません」


 ザドックさんが横へとずれる。私はそのまま剣の元へ。

 背後から彼の視線を浴びながら、私は剣を握る。

 …………なるほど。これ、やっぱりただの剣じゃない。“聖剣”だ。

 聖剣、と聞けばこの世界の住人ならば二つのものを思い浮かべる。

 一つは魔法の聖剣。私や聖騎士がよく使う剣に聖なる力を付与するありふれた魔法。

 もう一つは正真正銘の聖なる剣。持ち主に不思議な加護を与えたり、刀身自体に特殊な力が宿っていたりするあれ。

 私の世界で例えるならば草薙の剣やアーサー王のエクスカリバー、あとはマイナーなところで布都御魂剣ふつみたまのつるぎくらいが当てはまりそう。

 ただ……随分と力が弱まっているように思える。

 持ち主が居なくなって長いからか、それとも剣自体の寿命が近いのか、もしくはその両方か。どうかは知らないけれど、多分抜けたところで戦力にはならなさそう。そもそも私には天翼があるしどちらにしろいらないっちゃいらないけど。


「はわ!? 夜詩乃ちょっとま――」


 え? と思ったときには既に遅かった。

 急に聞こえた女神様の声、体のどこかに不自然に力が入ったのかがわからないけれど、その音は不意に響いた。

 文字にすると、ピキとかミシとかそういう感じ。嫌な音が響く。


「…………………」


 冷や汗が止まらない。絶対、何か、嫌な予感がする。

 認めたくない。けれど、時は戻らない。やってしまったことは変わらない。覚悟を決めろ私。


「……ふぅ」


 ゆっくりと、下を向く。

 剣の柄から鍔、その下の刀身へ視線は動く。

 …………やってしまった。

 刀身のほぼ中央あたりに、地面と平行するように薄っすらヒビが入っている。私が触れる前には明らかにこんなものはなかった。つまり間違いなく私がやらかしたことだ。


「あなたの力で剣を抜こうとしたら折れるわよって言いたかったのだけど、ちょっと遅かったようね」


 そうですね女神様。

 ……とありあえず背後のザドックさんの気配を探るけれど、どうやら気づいてはいないみたい。

 ばれてないのは助かるけれど、正直時間の問題。というか視点の関係上こっから一歩でも動いた瞬間即ばれする。超ピンチ


「夜詩乃夜詩乃、あなたの血をその剣に着けなさい。弱っていても聖剣ならば聖なる存在の血液を与えれば修復されるはずよ」


 ありがとうございます女神様!

 えっと刃物刃物……天刃は駄目、背中についてるから呼び出せない。

 同じくポーチも駄目。杖も今はしまってるし…………あまり気が進まないけど、この際しょうがないか。

 見られないように気を使いつつ、親指を口元へ運ぶ。

 指の腹を唇に当てて……勢い良く皮膚を噛み切った。

 痛い、超いたい。簡単に見えるけど指の皮膚って結構厚いし、少しでもためらうと失敗するから意外と難しいのよねこれ。

 それをヒビの入った所に当てる。ぐりぐりと押し当てたからか少し傷口がいたんだけど、気にせず血を塗りこむ。

 十分に血を塗りこめたと思った時、薄っすらと聖剣が輝きだす。


「おお!? これは一体!?」


 流石にこれは誤魔化し切れなかったようで、ザドックさんが近づいてくる。

 一瞬ヤバイと思ったけれど、それよりもヒビが剣の外側から光の粒に包まれて消えていく。

 それは一秒にも満たない短時間で終わり、彼が近寄ってきた頃には元と同じように綺麗に輝く刀身がそこにあった。


「どうやら、私もこの剣に嫌われたようですね」

「嫌われ……、いやあのような光は産まれて初めて見たのだが?」

「ですが、この通り抜ける気配はありませんし、私は相応しくないということなのでしょうね」


 片手で抜く動作をする。今度は折れないように力を抜いて。

 …………ふぅ、あぶなかったぁ。ここを追い出されても文句を言えないレベルのやらかしだったし、何とか修復もできたし、マジで助かった。


「ふむ、どうやらそのようですな。ヨシノ殿ならもしや、とも思ったのですが……」

「私はただの聖騎士に過ぎません。きっとそう遠くないうちにこの剣を抜ける人が現れますよ」


 具体的には転生者の彼らとか、なんとなくだけど素質はありそう。


「それもそうですな。では閑談もここまでにして、早速地下への道を開きましょう。少し下がってください」


 彼に促されたとおりに私は祭壇から数歩後ろへ下がる。

 反対に彼は祭壇へと近づき、手を当ててこう呟いた。


「アシュクラフトに連なる者として命ず、地下迷宮への道よ開け」


 彼がそう言い終わるや否や、ゴゴゴと重々しい音を立てて祭壇が奥へとずれる。

 すると、祭壇で隠されていたその下から地下へと続く階段が姿を表した。


「ここから地下迷宮へと入ることができます。外部から開け閉めできるのはこの通り、儂と息子の二人だけ……だったのですが、あれが盗まれた今となってはもう意味はないかもしれませんな」


 そうやや自虐的に呟く。いや確かにそうだけど。一応の保険として他人でも開けられるように書くのは間違ってはいないので、そこまで悲観しなくてもいいと思う。

 

「いえ、たとえ盗まれたとしても今の今まで設計図を守り抜いたのはあなた方と言うことには違いありません。それに秘密はいつかは漏れるもの。そう悲観することはありません」


 とりあえず、少しばかりのフォローを添えて、私は入り口へと近づく。

 …………暗い。陽の光でなんとか奥まで見えるけれど、それより先は真っ暗だ。

 入り口の奥からやや強めの風が私の頬を撫でる。頭巾が飛ばされそうになったので押さえるが、少しずれて髪が出てしまった。全くこれを整えるのも結構手間なのに………………風?

 風が来ると言うことは、扉などには遮られない出入り自由の開けっぱなしの出入り口があると言うことに他ならない。

 少しばかり嫌な予感かしてきたぞ!


「少しお聞きしますが、他の出入り口が常に閉じられているのですか?」

「いえ。中には川の一部を引いて入れていたり、緊急時の脱出用に人気のない山奥などに繋げてありますのでそうでもありません。ただ、それらには人避けの結界を貼ってありますので、そうそう見つかることはないはずなのですが」

「その結界は消滅したりするとすぐわかるようなものなのですか?」

「ええ、詳細は言えませんが、消滅したり破壊された瞬間に領主へ伝わるようにできていますな」


 なるほど、一応はわかった。

 多分、アームレットさんが最初にここへ侵入できたのはここを通ったからだ。

 今の今まで確証はなかったけど、可能性はかなり高いはず。

 話で聞いた彼はもうボロボロで虫の息だった。となれば魔法を使うような力も残っていなかったはず、そうなると彼はどうやってここへ侵入できたのか、その答えがこれなのだろう。

 人気のない山奥、多分寂れていて動物しかこなさそうな場所なのだろうね。だ。

 推測するに、瀕死の彼は朦朧する意識の中そこへ迷い込んだ。さらに内部を迷っているうちに旧教会近くへ通ずる出入り口を発見してそこから外へ出たのだろう。内部からだとどこへでも出れる造りらしいしね。

 そこで運命の出会い……出会いを果たすわけだね、うん。最終的には相思相愛だってみたいだしそう言うことにしておこう。


「そうですね。一応ここには邪悪なものを跳ね除ける結界を張っておきましょう。何かあるといけませんので……【聖壁しょうへき】」


 聖域を張ろうとも思ったが、流石にやりすぎなので聖騎士なら誰もがはれるレベルの魔法に止める。

 聖壁とは光属性の魔法で、指定した範囲に邪な者を寄せ付けない結界を張る魔法、まあ聖域の下位互換とも言える魔法だ。同じような効果をもつ聖天とは異なり、一般人や動物などは通すことができ、また長期間効果が保つことがこの魔法の特徴である。

 一応攻撃魔法なども防ぐことができる魔法だけれども、聖天に比べれば脆いといわざる得ない。

 …………ついでだし中を軽く探っておくか。


「【召喚:白柄】」

 

 私のすぐ横に、巨大な球体……ではなく小さな白柄の分体が出現する。それも透明モードで。

 ……え? 必要だと思ったからそうした? 残りも君が呼べばすぐに空間から出てくる? すごいね君。超ハイテクだね。

 流石機械精霊と驚きつつ、白柄に司令を出す。


《この中を全て調べてマッピングして欲しいの。できるだけ詳細に》

《了解。規模が不明のため正確な予測は困難、しかし、この街と同等規模と仮定するならば今夜までには終了すると思われます》


 白柄はそう言い残すと迷宮へと入っていく。


「もうよろしいですかな?」

「ええ、ありがとうございます」


 ザドックさんへ返事をすると、すぐに彼は扉を閉める。できる限り開けていたくはないのだろう。


「では次は執務室の方へもご覧になられますか?」

「…………そうですね。一応そちらにも結界を張らさせてもらいましょうか」


 その後、執務室の方の出入り口のも聖壁を張り、気がつけば昼食の時間を遠にすぎていた。

 ザドックさんの計らいで、私とテレーサは彼の下で昼食を済ませ、一度教会へ立ち寄った後に、街中を軽く見回ると、もうすぐで日が暮れる時間となっていた。

 私はテレーサに連れられ、ザドックさんの所へと戻ることとなり、私たちは結界に覆われた部屋の中で一夜を過ごすこととなった。

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