第28話 アルバート・アシュクラフト


「ど、どうしてそれを知っている!?」


 私がそう言うと、ザドックさんはそのままポーカーフェイスを保ってたけど、息子さんは分かりやすいほどに動揺していた。人生経験の差が如実に出ているのかな。

 まあ、常識的に考えてわかるよね。


「簡単な理屈です。この街の中心はここアシュクラフト邸であり、地下迷宮の存在を知っているのはアシュクラフト家のみ。外壁から最も遠く最も堅牢なこの屋敷ならば出入口の一つや二つくらい造っていてもおかしくはないでしょう」


 たとえ外壁を突破され攻め込まれたとしても、この屋敷まで攻め入るには時間がかかる。市街地戦ともなれば地の利があるこの街の警備兵が有利だからね。容易に足止めされるだろう。

 その間に領主直近の出入り口から地下へ逃げてしまえばいい。近代というよりも戦国時代あたりの理屈になるけど、頭を取ればもう戦は終わったも同然だしね。本来指揮を出すはずの頭がいなくなってしまうと指揮系統が崩壊するし、そうなってしまえばもうどうにもならない。部下は末端になればなるほど恐慌状態に陥るし、そうでなくても軍全体の士気が下がる。そうなれば逃げ出す者、投降する者、錯乱する者などが必ず出てくる。そうなってしまえばもうお終い。生殺与奪を相手に握られたも同然なの。

 そうならない為にも大将への守りを堅くするのはどこの世界でも同じ話だし、逆に指揮系統を複数作るとか言うのもあるけど関係ないので以下省略。要はお城とか忍者屋敷とかにある隠し通路がここにも必ず造られているはずなのだ。地下迷宮なんて大層な物を造ったのなら尚更。


「……そうですな。どちらにせよお見せすることになったでしょうし、ご案内しましょう」

「父さん!? だがあれはアシュクラフト家の生命線だぞ! それをどこの、んん……外部の人間に教えるなんて何を考えているんだ!」


 今何言おうとした??

 いや言いたくなる気持ちはわからなくもないけどさ。もう少し落ち着こうよ。咳き込んでも誤魔化し切れてないよ。


「いや、もう手遅れだよアルバート。例え儂らであっても設計図なしでは地下迷宮を歩き回ることはできん。その上あれは内部からならばどこへでも入れる造りになっている。無論このアシュクラフト邸にもな。今儂らにできるのはあれが悪用される前に全ての出入り口を封鎖することだが、そのためには儂らだけでは人手が足りん。街の皆にも地下迷宮のことを伝え、封鎖してもらうほかあるまい」

「だとしても警備兵だけでいいはずだ。無関係の少女にまで教える必要はないだろう。そうやって直ぐに他人を信用しすぎるのはこの街の人間の悪い癖だ。だからあんなことが……」


 どうやら息子さんはできる限りそれを外部に漏らしたくはないみたい。でもそんな秘密主義だといざと言う時に誰も動いてくれないよ。

 というかとな。まるで自分はこの街の人間ではないような言い方だね。領主なのに。


「だがなアルバート、事は一刻を争う。それに彼女は聖騎士だ。そこらの警備兵の何倍も戦力になるお方だぞ。彼女たちの力があれば例え賊がでても被害は最小限になるだろう。協力してもらわぬ手はない」

「ちょっと待て、彼女? まだ聖騎士がいるのか?」

「……そういえば、まだ言ってなかったな。昔聖騎士になるために聖都へ旅立った彼女。テレーサが帰ってきたのだよ」

「ああ……母親と姉をあいつに拐われたあの子か。帰ってきていたのか」

「そうだ。立派な聖騎士になって戻ってきた。お前も彼女を見習うべきだアルバート。確かにお前は人一倍あやつが憎かろうが、だからと言って余所者全てがあやつのような怪物ではない。いい加減区切りをつけるべきだ」


 そう優しき嗜めるザドックさん。

 だけれども息子さんは黙り込んだままうんともすんとも言わなくなってしまう。

 はて? 息子さんと吸血鬼との間に一体何があったのだろうか。ただならぬ因縁を感じるけど。


「……すまない。少し頭に血が上っていたようだ。……私は少し執務室で休むから、すまないけれど父さん。彼女への案内は父さん一人でやってくれないか?」

「ああ儂に任せてゆっくり休むといい」


 息子さんはフラフラと覚束ない足取りでここから離れていく。心なしか顔色も悪い。


「あの、こんなことを聞くのは無神経かと思うのですが、一つだけよろしいでしょうか?」

「アルバートのあの態度のことですかな」

「ええ、あれはただ事ではないと思ったので。昔、何かあったのですか?」


 ザドックさんは周囲を見渡す。今この場には私と彼しかいない。

 それを確認すると、彼は徐々に話し始めた。


「実はな、アルバートはオフィーリアの遺体を発見した最初の人間なのじゃ」

「なんと、噂で聞いたあの少年ですか?」


 ザドックさんは深く頷く。


「彼奴はな。誰よりもオフィーリアに入れ込んでおった。ちょくちょく館を抜け出しては彼女に会いに行っていたほどにな」

「なんともまあ。昔は随分と行動力に満ち溢れた少年だったのですね」


 人は見かけによらないね。…………まさか日記に書いてあった体を触ってくるクソガキ、な訳ないよね。子供なんていっぱいいるし。だから考えないようにしよ。そうしよ。


「だから彼女が結婚すると知った時の落ち込みようはひどい物だったし、しばらく部屋にこもって出てこなかったほどだ。だが結婚式が行われる前日、あいつは最後に一目見ようと教会に忍び込んだんだ。そこでアルバートはあれを見てしまったのだ」

「ザドック様も、それをご覧になられたのですか?」

「……ああ、あれは酷いものだった。首筋から胸にかけての肉がごっそりとなくなっておってな。一目で死んでいると理解できてしまったよ。信じたくはなかったけどの。大人でも嘔吐する者や耐え切れずに逃げ出した者もいた程だ。それだけでも幼いアルバートにとってどれほど恐ろしいものであったかは、想像もできん。それからだ。アルバートが余所者を嫌うようになったのは。あやつは今でも後悔しているのだろう。余所者を信用したばかりに愛した女を失ったとな」

「…………なるほど、ならばあの態度も頷けます」


 嘘だけど。というか逆にこんがらがってきた。

 一旦整理しよう。頭をフル回転させて要点をまとめよう。

 要点一、三十年前に聖女が死んだ。これは考えるまでもない。

 要点二、噂では吸血鬼アームレットが犯人とされている。けれど日記の内容とやや乖離が見られるのでこれは怪しいところ。

 要点三、少年時代のアルバートさんがそれを目撃した。ここは事実なのだろうけれど、証言が怪しい。なぜ?そんなことを言った? もしかして本当に目の前で言われたのか?

 可能性としては大まかに分けて『彼が嘘をついている』『彼は実際にそう言われた』の二択。

 嘘をついているのなら楽なのだけれど、実際にそう言われたのならばまた話が最初に戻ってしまう。

 触れた限り彼はただの人間だし、闇系統の気配も感じなかった。闇魔法を使えば体内にその残り香が残るし、見逃すわけがない…………と思う。いや、なにぶん経験がないから断言できないけど。

 ん〜…………。だめ、わかんない。

 少なくとも息子さんの私に対する嫌悪感は本物っぽいし、連鎖的に余所者への嫌悪も本当なのだろう。

 となればあの噂が正しい可能性が高くなるけれど、それもありえない。日記が偽物の可能性も低いしね。


「では私についてきてください。地下への入り口は二つありましてな、執務室と庭園内に一つ、巧妙に隠されて設置されています」


 そう言って彼が先に歩き出す。

 ん〜ん、一旦保留しよう。時間はないけど、同時に推理材料もない。ならば少しでも情報を集めることに専念するとしましょうか。




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