第27話 金庫室その3


「ともかく、早くアルバートに知らせんと」


 彼は金庫を閉じる。そうするとそれは再び鉄の箱にしか見えなくなった。

 彼に連れられ、私たちはこの部屋を出る。

 ザドックさんは急足でどこかへ向かう。きっと息子さんのところだろう。

 ……私、ここで待ってたらいいのかな?

 適当に窓の外を眺める事数分、ドタドタと煩い足音がこちらへと近づいてくるのがわかる。人数は五人くらい。

 姿勢を正し、そちらを見てみると、ザッドクさんを先頭に少し後ろに四十くらいの身なりの良い男性と三名の警護兵らしき人物が見える。おそらくあの男性が息子のアルバートさんだろう。

 彼らはザドックさんに引き連られ、中へ入っていく。

 その際何名か私をチラ見していたけれど、まあ明らかな部外者がいれば見てしまうし仕方ないだろう。

 彼らを見送り、また少しの間待機。

 また何かしら適当なことを考えようかとも思っていたところ、急にドアが開けられて、警備兵たちが慌ただしく走り去っていく。他の仲間に伝令でもしにいくのだろうか。


「……ああヨシノさん、慌ただしくてすみません。こちら現領主で息子の」

「アルバート・アシュクラフトと申します」

「これはご丁寧に、聖騎士の夜詩乃と申します」


 息子さんが右手を差し出してきたので、同じように握り返す。


「いやはやまさかこんな……、アシュクラフト家始まって以来の不祥事が起こるなんて。父さん、前の点検の時には確かにあったんだよな?」

「間違いない。書類を一つ一つ確認した。あれから儂はこの部屋に入っていない。アルバートもそうだろう」

「ああ、私もここ最近は近づいてもいないな。鍵もここにある」


 息子さんは懐から彼が持っていたのと同じ古びた鍵を取り出す。


「しかし、そうなると一体いつ誰が何の目的であれを持ち出したのだ? あんな物があってもただの賊には何の役にも立たないだろうに」


 おや? あのことは伝えていないのだろうか? 

 横目でザドックさんの様子を伺う。


「その事だがなアルバート。儂らがあの設計図を確認したかったのには訳があってな。実は」


 そう言って、私が旧教会堂の墓地、その地下深くから感じた妙な気配のこと、その事がもしかすればあの三十年前から続く事件と関わりがあるかもしれないことを彼に伝えた。


「まさか、あれを知る者は実際に造った当時の建設者たちと私たちだけのはずだ。当時の建設者たちは皆とっくに死んでいるし、機密事項だから家族にさえ秘密にしていたはずだ。私だってそれを知ったのは当主を継いでからだし、当然幼いブライアンもこの事は知るはずがない。第一、あの事件は設計図が盗まれるよりも前から続いていただろう? ならこれとは関係ないのではないか?」


 ふむ。確かにそうとも考えられる。一連の出来事が関係しているという確証もないが、逆に関係していないとも言い切れない。

 というかぶっちゃけ、私はこの件と事件が関係しているように思う。勘だけど。

 でも勘だけじゃ根拠が薄いどころかないも同然だし、どう言って言いくるめたものか。

 いや、待てよ。確かあの中には高価そうな魔導書もあったよね。それが手付かずだったということは。 


「確かに関係はないかもしれませんね。ですが少し気になる事があります」

「と、言いますと」

「設計図の他に、何か盗まれた物はありましたか。具体的には高価な物や貴重な物など売れば一財産になりそうなものは」

「……薄暗い部屋ですし、先ほども少しだけ確認した程度でしたが、魔物の体内から出てきた宝石や龍種の炎で溶けて腕と一体化してしまった黄金の剣、水晶髑髏などは手付かずで残されていましたな」


 こわ!? 何でそんなのあるの? 

 これ金庫室とか武器庫じゃなくて、もう曰く付きの物を封じておく何かだよね。そりゃあんなに霊魂も溢れるよ。多分半数くらいここで死んだ人じゃなくてそれに宿ってた人たちだよ。ついでに言わせてもらうなら周囲に施した魔法のせいで外に行くこともできないからずっとそのままだよ。そら近寄りたくないわこんなとこ。

 まあいい、あとでまとめて浄化すればいいだけの話だし。それよりも取られた物がそれだけなら犯人の目的と居場所はおおよそ見当がつく。


「剣はともかく、懐に入れられそうな宝石と髑髏が持ち出されていないのならば、これは物取りの仕業ではありませんね。間違いなく、悪意を持って地下迷宮を利用しようとする輩の仕業です」

「なるほど、金銭目当てならばそれらに目もくれず設計図のみを持ち出したのは確かに不可解ですな」

「ええ、それに賊はこの家の内部を徹底的に調べ上げていると思われます。目的の物を所在と突き止め、あっさり鍵を盗み出し、更には気づかせずに元に戻す手腕、ついでに言うならば本人以外開けられるはずのない金庫から設計図を奪取し、今の今まで気づかせなかったのですから。これは事前に入念な下調べが行われたとみていいでしょう」


 どこかの探偵のようなセリフがすらすらと口から出てくる。私もびっくり。実は探偵の才能でもあったのかな? 実際の探偵は事件を解決したりしないらしいけど。


「私もその意見には同意します。となればやはりこれはあの事件とは無関係と言っていいでしょう。十七の娘を攫うあの怪物が今更あんな物を必要とするわけがないですからな」


 言えてる。彼が犯人ではないので盗んだ人間は別だろうけど、確かに今更感があるのは否めない。

 とりあえず犯行の手口は考えないでおこう。未知の大魔法とか使われたらお手上げだし。これだからファンタジーとミステリーは相性悪いのよね。まじで何でもありだし。

 となれば詰めるなら犯行動機からだ。どうして今? 盗むならもっと前のはずだ。どうして今更。

 …………ああなるほどそう言うことか。そう考えれば辻褄が合う。だけれども犯人が誰か知らないけど、そうなって来ると話が色々と変わってくるよ、かなーーーーーーり面倒な方向へ。


「そうかもしれませんね。ですが何者かがその設計図を悪用しようと盗み出したのは事実。ならば賊は必ずそこへ足を運ぶはずです。……早速案内していていただいてもよろしいでしょうか?」


 早いところ確認しないと日が沈む。そうなって来ればうかうかしていられない。私が犯人なら必ず何かしらの行動に移すだろう。


「案内とは、どこへですか?」


 ザドックさんが首を傾げる。

 ……あ、ちゃんと口で言わないと伝わらないよねそりゃ。


「失礼、言葉が足りませんでした。もちろんに、ですよ」

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