第26話 金庫室その2
「【灯火】」
最奥の一室は先の部屋と比べるととても狭い所だった。
奥に凡そ一メートル四方の大きな金属の塊が一つ、まるで小さな書庫のよう周囲に本棚が並んでいた。
「ここは機密書類を保管する部屋となっています。この街の建築や防衛施設関係の書類はこの中に」
それは扉を開けるための取手もダイヤルもなく、一見するとただの四角くて大きいだけの鉄の塊にしか見えない。
彼はそれの前にしゃがみ込むと、その扉に手をかざす。
「ザドック・アシュクラフトの名において命ず、鍵よ開け」
鉄の塊がうっすらと光ったかと思えば、中央から縦に光のが走る。
その線を境に薄い金属の扉が外へと開く。
中にはいくつもの引き出しが設置されていて、それぞれに適した書類が分別されている事がわかる。
なるほど、これは確かに金庫なのだろう。
持ち主の名前と魔力に反応して、ただの鉄の板が扉に変わる仕組みとは、随分凝った出来だわ。
「えっと、確か地下迷宮の設計図がこの辺りに」
ザドックさんは右列の上から二つ目引き出しを開け、探し始める。
暇なのでふと金庫の扉の内側には光り輝く文字がビッシリと隙間なく敷き詰められているのが見える。
これは魔法文字と呼ばれるもので、魔力が宿る特殊な文字を物体に刻むことにより術者がいなくとも魔法を発動し続けることだできる道具を作成する事ができるのだ。
例えば鉄の板に【熱くなる】と刻めば簡易なクッキングヒーターになり、大きめの箱に【内部、冷やす】と刻めば冷蔵庫になったりする。
ただ一つ問題があるとすれば、文字に込められた魔力は永遠ではないということくらいかな。
文字の魔力が切れてしまえばそれは元の物体へ戻る。効果を永続させるためには定期的に文字に魔力を補充しなくてはならない。なので、殆どの魔道具には文字に魔力を供給するための長期間魔力を貯蔵するタンクの役割を持つ特殊な鉱石、魔宝石が埋め込まれている。
しかしそれを逆手に取って使用時以外は消費魔力を最低限にまで抑え、稼働時のみ使用者の魔力を吸収しつつ効果を発揮するものも存在する。先ほどテレーサが使っていた羽ペンもそうだ。
あんな小さな物体では刻まれる文字も限られてくるので、本来埋め込まれるはずの魔宝石を省き、刻まれた文字は指が触れる部分に【魔力を
これならば必要な時に持ち主がその場で文字に魔力を込めれば即座に使用できるというわけ。…………そう言えばこれを使えばこの部屋の“時々一酸化炭素中毒死事件“も解決できそうじゃない? あーでもまずは適した材料探しからしないとダメか。魔法文字でも相性があるし。悪い例だと、鉄と木にそれぞれ【熱くなる】と刻むと鉄は熱せられるだけで済むけど木は燃えるし、逆に【燃える】と刻むと木は燃えるのに対し鉄は炎は発するが燃えずに溶ける。この辺りはあっちの世界と似たような法則があるらしい。
確か、最初期の電球の材料はガラスと金属と日本の竹だっけ? …………こっちに竹は群生してないや。それなら適した材料を探すしかないけど、多分どれだけ時間があっても足りないからそういうのは専門家に任せよう。
「……おかしいですな」
「どうかしましたか?」
尋ねるが返事はない。
その代わりに動きが慌ただしくなり、今度は全ての引き出しを開け、一つ一つ書類を確認し始めたではないか。
…………あの、もしかして、これ、ちょっとやばい状況なのでは?
「ない、ない、ない…………馬鹿な!? 前に確認した時は確かにあった、確かにここにあったんだ。誰も持ち出すはずがない。なのにどうして、地下迷宮の資料だけがなくなっているのだ!!」
全ての引き出しを確認し終えたザドックさんが叫ぶ。
ああ、やっぱりそういうこと?
「ここではない別の場所へ持ち出したとか、現領主の息子さんが使用中ということはないですか?」
「いや、それはあり得ません。あの資料は外部に漏れる可能性からこの部屋でのみしか閲覧ができない決まりとなっていて、例えそれが領主であっても厳守せればならないのです。もし持ち出すとしても儂になんの相談もないなどとは考えられない」
となると、結論は一つしかない。
「何者かに盗まれた、ということですか?」
「……はい、恐らくはそういうことでしょう」
彼は血が滲むほどに拳を握りしめる。この街で最も秘さねばならない物が盗まれたとあっては、その心境も穏やかなものではないのは、容易に察する事ができる。
「これは、中々に厄介な相手のようですね」
未だ姿の見えない黒幕。地下迷宮の設計図を盗み出したということは、十中八九そこに拠点を構えていると見て間違いない。となれば、そこへ辿り着くまでにどんな罠が設置されているのかわかったもんじゃない。その上彼方が地下迷宮の構造を完全に把握してるとなれば、例え拠点に攻め入る事ができたとしても、隠し通路など使われたら簡単に逃げられてしまう。
ただでさえ時間がないのに、面倒な相手だこと。
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