第24話 前領主 その3


「初めまして聖騎士様。僕は現領主アルバート・アシュクラフトの一人息子でブライアン・アシュクロフトと言います!」


 元気よくそう話してくる少年。生き生きしているのは素晴らしいけれど、私的にはこういうのはちょっと苦手だ。昔、と言ってもつい最近まで似たようなのが身内にいたせいもあって、どんだけ付き合っても体力が足りないのをよーーーーく知ってるからね。


「初めまして、私はテレーサ。こちらはヨシノよ。ブライアン君は今年で何歳になるの?」

「はい! 今年で十歳になります!」

「そうなの。偉いわね〜」

「わわ!? 頭を撫でるのはやめてください」


 まるで近所のお姉さんと少年の微笑ましい触れ合いである。私は遠慮するけど。

 礼儀的にも問題がありそうなものだけど、普通の領主と現役聖騎士なら偉さ的には同じくらいだし、子供相手だしまあいいか。前領主も何も言わずに微笑んでるし。


「ザドックさんにこんな可愛らしいお孫さんがいるなんて知らなかったわ。というよりアルバートさんって結婚してらしたの?」

「ああ、とは言っても既に亡くなっているがな。あまり体が丈夫ではなくてな、あの子を産んだ時にそのまま……」

「ごめんなさい。少し軽率だったわ」

「いいや、既に十年も経ったことだ。今はもうそれほど悲しくもないよ」


 そんなものかな? まあ時の流れは残酷ってよく言うし、どんなに大切なことでも時間が経てば忘れていくものよね。……私の十年前って何してたっけ? 小学校低学年くらい? …………だめ、思い出せない! 綺麗さっぱり忘れてるや。


「ねえねえ! 聖騎士様達がこの街の新しい聖騎士様だよね! 住む場所とか決めてあるの? よかったらいい場所があるんだけど。この近くに建てたばっかだけど住む前に引っ越しちゃった人たちがいてね。そこなら綺麗だしまだ使えると思うんだけどどうかな!」


 押しが強いなこの子。というか自分の家の近くを勧めるあたり下心が透けて見える。


「ごめんなさいね。私はもう家があるし、ヨシノはここに住むわけじゃないわよね」

「ええ、私は用事が済んだら次の街へ行かねばなりませんので」


 とは言っても割と未定ではあるけど。

 えっと……まず聖都の聖女を確認するでしょ。次に各地に散らばった人らの確認……あ、一度拠点の整理もしないと。あまり長いこと開けてると聖域が切れるし。


「ええ……。一人だけなの?前の聖騎士様も一人で来たけどすぐにいなくなっちゃったんだよ。一人より二人の方が絶対いいよ!」

「こら、わがまま言うんじゃない」


 テレーサにしがみついてそう懇願する少年を前領主さんが引き剥がす。


「私がいた時には聖騎士の派遣はなかったはずだと思ったけど、違ったのかしら?」

「いや、彼が来たのは君が旅立った後の話じゃよ。もっとも一月もせんうちに消えてしまったがな」

「痛ましいことです。願わくばその魂に安らぎがあらんことを」


 いなくなってしまった彼(名称不明)のために祈りを捧げる。

 …………具体的には何をどう言うふうに祈ればいいのだろう? とりあえず聖職者らしくポーズを取ったはいいものの、知らない人に対して祈れることなんて限られてるよね。えーっと……とりあえずゆっくり休んでいてください。来世ではいいことありますから、多分。

 少しして目を開けると、同じように祈っているテレーサと何故か目を見開いている前領主と孫。


「あの? どうかなされました?」

「…………はっ、失礼。あなたの姿が亡くなったはずの女性のそれと重なってしまいまして……。いやはや年はとりなくないものですな」


 またか。何故こうもこの街の男は見間違うのやら。

 わたしゃ日本生まれ日本育ち、付け加えるなら神域にて再誕した言わば外国人だと言うのに。


「そりゃ夜詩乃、あなたは使徒なんだから祈る時とかとか光属性の魔法を使う時にはどうしても神の眷属としての神聖な魔力が漏れ出てしまうのよ。どんだけ上手に隠していてもね。あの子は一応聖女だったわけだし、みんなはそれを感じ取ったんじゃない」


 まじですか神様。これは迂闊に祈れない……いや無理か。祈らない聖職者とか胡散臭いにも程がある。これはもう必要と割り切るしかないのか。


「ブライアン……ブライアン! いつまで惚けておるんだ」

「え? ……ああ僕ぼーっとしてた?」


 前領主が額を小突くと、ようやく少年は我に帰ったようであたりをキョロキョロ見回し、ようやく自分が何をしてたのか思い出したようだ。


「全く……ブライアン。儂はこれからお二人と大事な話があるから、アルバートの所に行っておいで、今の時間ならば暇してるだろう」

「うん! わかった」


 意外と素直にお願いを聞いて、小走りで去っていく少年。

 そうそう、しつこい男は嫌われるし、それでいいのよそれで。


「あ! 気が変わったらいつでも言ってね! いい所用意しておくからーー」


 扉を閉める際に最後にそう言って今度こそこの部屋から消えた。

 私の気のせいだった。やはり子供は子供だったよ。

 そう思っていたところ、視線を感じてそちらを見ると、前領主さんがこちらを何か思いつめたような、迷いのある瞳でこちらを見つめていた。まるで助けを求める人のよう。……あのバス事故でみたクラスメイトたちようだ。


「……ブライアンのことを言えた義理ではないが、どうしても行ってしまうのかの? 確かに今はこの街は恐怖に包まれておる。特に十七近くの女性の安全は保障されないときた。領主として情けない限りだがの。それでもこの街はいい所だ。街の皆は優しさに満ち溢れているし、食べ物もうまい。これ以上に良い場所はそれこそ聖都くらいだろう。どうじゃ、この街に根を下ろしてみては?」


 お爺さん、お前もか。

 ……う~ん。正直きっぱり断っておくべきだけど、流石に少し忠告しておくか。


「お言葉は嬉しいのですが、それは私へ言った言葉ですか? それとも言った言葉ですか?」

「あ、いえ。それは……」


 言葉に詰まるザドックさん。

 それもそうだろう。今の言葉は恐らく私に向けたものではないからね。

 かつての聖女(外見のみ)は皆に愛された存在だったらしい。

 悲劇により失われてしまったものの、時を経て似たような人物が目の前に現れたのだから、本人としては取り戻そうと考えてもおかしくはない。

 けどそれはただの錯乱だ。

 見た目や気配に惑わされ、私本人がみえていない。


「テレーサに聞き、今話した感じですと、あなたはは本来もっと聡い方なのでしょう。私のような小娘相手に言いよどむほど愚かであるはずがありません」


 なのに現にこうやって二の句が継なくなっているのは、彼が弱っているからに他ならない。


「かつての悲劇により失われた聖女。今の今まで続く失踪事件。それらを打開することが出来なかった自身への不甲斐なさ。凡そ三十年間、ザドックさんが抱えていたものを理解できるほど、私は人生経験豊かではありません」


 私にできるのは、使徒として彼を導くことだけ。


「だから一度だけ聞きます。私がこの街に住んだとして、?」


 静寂がこの部屋を支配する。

 俯き一言も発さないザドックさん、彼の返答をただただ待つ私、そして私たち二人を静かに見守るテレーサ。


「……いや、満たされるはずがない」


 そして、静かに彼は話し始めた。


「彼女は死んだのだ。それのみならず今も奴の凶行を止められずにいる。それは変えようもない事実。今更代わりが現れたところで、過去が変わるわけではない」


 顔を上げたザドックさんの瞳に先ほどまでの迷いは消えていた。

 どうやら答えはでたらしい。


「やはりアルバートに当主を譲ったのは正解だったな。まったく、歳はとりたくないものだ。おかげで恥ずかしいところを見せてしまった」

「いえ、人は誰しも迷うもの。たまには弱音を吐きたくなることもあるでしょう」

「そう言ってくれると有り難い……そうじゃな。礼といっては何だが、後で地下迷宮の設計図をお見せしましょう。流石に持ち出しは出来ませんが、あの墓地までの経路を複写することなら、前領主の権限で許可しましょう」

「ありがとうございます!」


 やった! 思わぬところでいい収穫。情けは人の為ならずってやつだよね。

 …………あとは、吸血鬼方面を何とかしないとなぁ。

 あとは肝心の黒幕を突き止めないと。

 一歩進んだようにみえて、実はあんまり進展していない。

 こんな調子でタイムリミットまでに事件を解決できるのか、少し不安になった。

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