第23話 前領主 その2
「誰かと思えばテレーサじゃないか。そうか聖騎士になれたんだね」
「はい。随分と時間はかかってしまったけど、ようやく一人前の聖騎士として認められました」
その老人は訪ねてきた相手がテレーサだとわかると、厳しそうな表情を緩ませ親しげに話しかけてくる。
聞いていたより親しい間柄らしい。
「そちらの方はテレーサの同僚かな?」
「ええ、と言ってもこの街で初めて会ったのだけどね」
二人の視線がこちらに向く。これは私も挨拶する流れかな。
「お初にお目にかかります。聖騎士の夜詩乃と申します」
「これはこれはご丁寧に。儂は数年前までグーリルの管理を任されておったザドック・アシュクロフトじゃ」
さあ、立っているのも何じゃし、まずは掛けなさい」
老人、ザドック前領主に促されるまま、私たちは対面のソファーに腰を下ろす。
彼は目を瞑り、片手で長い髭をいじりながらしみじみと話し出す。
「君が聖騎士になるために聖都へ旅立ってからもう五年も経っていたとは……。月日が流れるのは早いものだ」
「ええ本当に。私も今でもあの日のことは昨日のことのように覚えているわ」
彼女が強く拳を握りしめる。
「君は、やはり仇を撃つつもりなのか? ……これを言ってしまうのは領主だった者としてはどうかと思うのだが、過去何人もの警備兵や聖騎士が犠牲になっておる。もう狙われる年齢ではないとは言え、自ら首を突っ込む必要はないのじゃぞ」
「……それは、皆に言われました。確かに敵討なんて姉さんも母も望んでいないと思うけど、それでもやらなきゃいけないの。だってあいつは今もこの街で人を喰らい続けているのでしょ。なら誰かがあいつを止めなきゃいけない。私が止めなきゃいけない……と今朝まで思っていたのだけどね」
そう言うと彼女は肩を落とす。長い髪に隠れて表情は読み取りづらいが、諦めの色が見える。
「何かあったのか? 皆の反対を押し切ってまで聖騎士になった君がそう簡単に諦めるとも思えないのじゃが」
当然の疑問だと思う。ここまで必死に積み上げたものを台無しにしかねない発言だからね。
今朝のこともそうだけど、話に聞いた昔の彼女を実際に知っている人たちから見れば少し衝撃的なのかもれない。
「……今朝、奴に襲われたわ」
「何じゃと!?」
前領主さんが両手を机に叩きつけ、そのあまりの勢いに腰が浮いた前傾の姿勢になる。
……まあ、正確には私のせいなのだけど。
「彼奴の姿を見たのか!? いやそもそもあれに襲われて無事じゃったのか!?」
「何とかね。あいつの興味が別のものにあったおかげで助かったけど……多分、今夜にでもまた襲いにくるわね」
チラリと、こちらを伺うテレーサ。それに釣られてこっちを見つめてくる前領主さん。
そんなに見つめられると照れるのだけど。
「……なるほどの。だがどうする? いくら聖騎士とはいえ、今まで彼奴に挑んで生きて帰った者はいないのじゃぞ」
「ええ、だからこの後すぐに聖都へ神聖騎士の要請を出すつもりよ。今までは彼らが派遣される程の脅威ではないと思われていたけど、あいつが吸血鬼なら話は別よ。きっとすぐ駆けつけてくれるわ」
確かこの世界での手紙の運搬方法は大まかに分けて人か従魔に運ばせるかの二つになる。彼女の言い分、と言うか常識的に考えて急を要する事態なのだから速度に長けた従魔に運ばせる方を使うだろうね。
ええと……距離的に考えて夜に出したとしても朝日が登る前には聖都に着くだろう。そこから神聖騎士が派遣されるまで遅くて三日。最悪の場合、速度に長けた龍種の従魔持ちだったら明後日にはやってくるなこれ。どしよ?
「吸血鬼……大昔に伝承として少し聞いた程度だが、それほどのものか。なるほど、確かに神聖騎士様ならば彼奴を退治することもできるかもしれん。だが、それまで君たち二人だけではどうする? 今夜にも襲ってくるのだろう?」
「狙いがわかっているのならある程度の対策はできるわ。今夜から私たちは夜は結界に籠って過ごすつもりよ。もちろん正面からだと破られる危険もあるから、外界からは私たちの姿を確認できなくする特殊なやつでね。いくらあいつでも私たちを見つけられなきゃ襲いようがないわ」
昔そう言う話を聞いたような気がする。耳だけお経を書かなかったせいで耳を持っていかれた男の話。
まあ今回は人の体ごと結界内に入るのだから関係はないか。
…………ところで、なぜ私も一緒に入ることになっているのでしょう?
今夜は墓場に沸き潰しに行こうと思ってたのに。
「……なるほど、考えなしではないのじゃな」
「当然よ。その為に今日まで苦しい修行に耐えたのだから。一通りのことは想定済みよ」
なぜか納得したらしい前領主。先の会話のどこに納得できる要素が?
そう言えば狙いって? 日記はもう持っていかれたし他には何も……………………あ、もしかして私が狙われてると思ってる!?
いやまあ確かに初日に襲われたし、年齢もそのくらいだけど、それならこの街の誰でも当てはまるような……。でもこの二人の反応的にはそう考えてるっぽいし。……………………どして?
「だがそれでももしもの事は考えねばならん。立て篭もるのならばこの屋敷を使いなさい」
「いいんですか!」
考えているうちにも話はとんとん拍子に進んでいく。
あ、これ今何言ってもダメなやつだ。ここ何言ってもさらに事態がややこしくなるだけだわ。残念。
「ああ、元よりこの屋敷は侵入者を弾く結界やグーリル内で紛争が起きた時のための備えも整えてある。ここならばある程度の事はできよう。食料の備蓄も十分ある。むしろここ以外にはないじゃろう」
「ありがとうございます! これでかなりこちらが有利になるわ」
流石は元国境防衛都市、備えあれば憂いなしというやつですね。
あ、お話が終わったみたいだから私もやることやらないと。
「あの、ところでこの都市の地下には何かありますでしょうか? 具体的には水路や地下道など」
「よくご存知ですな。ええ、おっしゃる通り、グーリルの地下には地下道が迷路のように張り巡らせてあります。これも城壁を超えて敵が侵入した時に備え民や兵を避難させ、敵を撹乱する為ですな」
よし当たり! やっぱりあの反応はそこから来てたんだ。
「できればその詳細な地図か何かを見せてはいただけないでしょうか?」
「……理由をお聞かせください。あの地下迷宮はこの都市の最重要機密、聖騎士様と言えどそう易々と見せられるような代物ではないのです」
なるほど道理である。
…………まあ、隠すほどのことじゃないし言ってもいいか。
「実は昨日この街中を調査した際に旧教会堂近く墓地、その地下深くから妙な気配を感じたのです。教会堂内や墓場の近くも探してみたのですが、どうにも地下への入り口が見当たらなかったので、そこへ行くためにどうしても内部の構造を把握しておきたいのです」
「それは、間違いないの? 私は何も感じなかったけど」
「はい、今日も探ってみましたが未だに妙な気配が燻っていました」
「まさか、そんな……。あの地下迷宮の事は誰にも知られていないはずなのですが…………」
そう呟くとうんうんと悩み出す。
まあ、聖騎士とは言え部外者にこの街の生命線とも言える迷宮を無力化できる物を見せたくないのだろう。
……おや?
彼の後ろ、私たちが入ってきた方とは別の扉から小さな気配を感じる。
大きさからして子供。お孫さんだろうか?
「そこにいるのは誰ですか?」
とりあえず声をかけてみる。無視してもいいけれど、気になったので。
私がそう言うと、扉の付近からガタッと音がする。それに反応して二人もそちらを注視する。
「何、まさかあいつが」
「いや、待ちたまえ」
腰の剣に手をかける彼女。
それを手で静止する前領主。
彼はゆっくりと立ち上がり、扉まで足音を殺して近づく。
そして扉に手をかけ、一気に開ける。
「わあ!?」
すると小さな男の子が一人、勢いよく室内になだれ込んできた。
前領主は呆れたようにため息をつくと、少年に向けてこう言った。
「やはりお前だったか、悪戯も大概にしろと言っているだろ、ブライアン」
「ごめんなさい。でも、聖騎士様が来たって聞いてどうしても居ても立っても居られなくて」
ブライアンと呼ばれた少年は少々反省の色は見せてはいたが、それよりも少年特有の好奇心の方が優っている様に見えた。
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