第22話 前領主


 やばい。ちょっとミスったかもしれない。

 テレーサとアームレットの執念甘く見てたかも。

 テレーサのあれはもう話し合いとかそういうレベルとっくに超えてたし、彼も彼で日記に対する執念が半端なかった。多分、醜聞以外にも彼女の形見を取り返したかった思いもあるのかも。

 ん〜。ていうか、。これ。

 日記の内容を信じて彼についての要点をまとめると。

 その1、彼は吸血鬼の生き残りである。

 その2、吸血鬼には吸血衝動みたいなものがあって、彼にもそれはある。

 その3、衝動は聖女の血液があれば治るってところぐらい。

 このことから考えてだし、そう考えるとあの噂で聞いた彼の話と矛盾する。となれば、誰かが故意にこの噂を流したと考えるのが自然だと思う。

 あの日記が嘘って可能性もなくはないけど、あんな所に隠してあることと中身の悲惨さから信憑性は高いと思う。……あんなものが出回ったとしても誰も得しないでしょ。

 というかそれよりも神聖騎士が来たらマジでやばい。聖騎士の中でもトップクラスに人間離れした奴らだけが神聖騎士になるのだから、そいつ一人でも来たら多分かなーり面倒なことになる。

 ああ失敗した。まさか制限時間が出てくるなんて……こんなことなら日記を見せびらかすんじゃなかった。

 いやでもあのタイミングを逃したらいつ会えるかわかったもんじゃないし、けど他にもっと穏便な手段があったはず……でもあんな怪しい奴見逃せないし、現代風に言えば全身血まみれでナイフ持った男が目の前にいるような感じよあれ。スルーなんて絶対できないし…………。


「どうしたのヨシノ? 日記のことなら私も責任があるしそこまで気にしなくていいのよ」

「いえ……これは私が不用意に日記を持ち出してしまったのが原因ですので、猛省しなければいけません」


 落ち込んでいる私を気にかけてくれたのか、テレーサが声をかけてくる。

 ほんとしっかりしろ私。ゲームじゃないんだからもっと慎重に行動しろ。

 まあいい。やってしまったことは仕方がない。やることはやったし、次に移ろう。

 吸血鬼とここの地下のあれが別件ならば、直接行って対処するしかない。

 ここに出入り口がないのならば、地下水道とかそういうのがきっとあるはず。……この街の設計図とか見取り図とか欲しいな。


「ところで、この街の詳しい見取り図などはどこで見れるでしょうか?」

「見取り図? そんなの一体どうするのか知らないけど、そういうのは領主様のところに保管されていると思うわ」


 領主様のところ……つまりはあの大きな屋敷だろうか。


「この街は昔は国境防衛都市だったらしくてね。幾度も改装やらを繰り返してるんだけど、その時の計画書とかは全て領主様のところで保管することになってるって小さいころに聞いたことあるわ」

「なるほど。では日が落ちないうちに私は向かいますが、テレーサはどうしますか?」

「なら私も一緒に行くわ。報告書くらいどこでも書けるし、昔お世話になった前の領主様に一度挨拶したかったしね」

「前領主様、ですか?」

「ええ、聖女様が死んだ時から領主をなさってた方でね。よく教会にもいらっしゃってたわ。正義感の強い方でね。引退するまで事件のことを率先して調べてたり、たまに出る孤児の世話とかもなされてたのよ」

「なるほど、ならばついでに当時のことを聞けるかもしれませんね」


 事情聴取は捜査の基本ってドラマでも言ってたし。

 …………はて? なぜ私は探偵のようなことをやっているのだろう?

 少し疑問に思ったけれど、実際相手に悟られずに正体を探るためには使徒としての力を抑えて地道に調べるしかないのも事実。となれば自然と探偵ドラマに寄ってしまうのでは? 異世界SF転生ファンタジー探偵とかジャンル大盛りってレベルじゃないんだけど。どれか一つに絞って欲しい。そもそもファンタジー世界で探偵ものはミスマッチすぎるでしょ。トリックどころかタネも仕掛けもないよ。だって魔法があるもの。いや、魔法を行使すれば魔力の痕跡が残るからなくはない? でも魔法でやった方が楽だし早いし。何よりさっさと逃げてさえしまえばもう追いかけられないし、やはり魔法の方が便利? いや、追跡専用の魔法もあるしその場合ならトリックを使ったほうが。だとしても魔法の利便性を捨てるほどでもない。余程魔法の才能がないか魔法が使いない環境にでも行かない限り意味ない? いやでもこういうのって日々の修練がものを言うから付け焼き刃じゃ尚更意味がないような。けど──。

 

「着いたわ」


 そんな「魔法VSトリック、どちらが有用か対決」みたいな下らないことを考えていたら、思いの外熟考していたみたいで気がつけば領主邸に到着していた。

 赤い煉瓦で造られた三階建ての広い屋敷、確かこういうのをカントリー・ハウスって言うんだっけ。

 敷地も広く、三メートル以上の柵が周りを囲み、荘厳な造りの正門と思われる場所には武装した兵士が二人微動だにせずに佇んでいる。


「見たところ聖騎士様のようですが、アルバート様に何の御用でしょうか?」

「いえ、前領主のザドック様にお会いしたいのだけど、いま大丈夫かしら?」


 少しお待ちを、と言って片方の兵が奥へと消える。

 ここから奥の館までまあまあ距離があるけれど、一々呼びに行かなくちゃいけないのか。門番って大変ね。


「どうぞ、お入り下さい」


 少し待って、さっきと同じように小走りで帰ってきた彼がそう告げて門を開ける。どうやら了承は得られたみたい。

 彼女の後に続いて、私も玄関まで進む。

 玄関に着くと、扉が独りでに開き、中には使用人と思われる女性が待ち受けていた。


「ザドック様はこちらにてお待ちです。僭越ながらご案内させていただきます」


 彼女に導かれ、長い廊下を進む。

 さすが貴族の屋敷。壁には高そうな絵画や壺、そして数々の鎧が飾ってある。凄いね、ピカピカで埃ひとつない。丁寧に管理されている証拠……うわ、何あの鎧こわっ。見た目は他に飾られてる鎧と変わらないのにあの鎧だけめっちゃ怨念が染み付いてる。

 あれお祓いした方がいいような気がするけど、染み付いてるのは怨念だけで実害はまだないっぽい?

 テレーサの方を確認してみるけど何の反応もないから多分これは私の感受性センサーが鋭いだけかな……。聖騎士ならこういうのにも詳しくなくちゃいけないし、実害が出るレベルなら気づかれないはずがないし、とりあえず放置で。


「ザドック様、聖騎士様方をお連れしました」


 使用人が先に中へと入り、そのような声が聞こえてくる。

 小さく、「入っていただきなさい」との声がすると、使用人が中へと促す。

 中に入ると、そこには顎髭を蓄えた小柄の老人が私たちを待ち受けていた。

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