第21話 吸血鬼アームレット テレーサ視点その2
「アームレットですって!?」
急ぎそいつと距離を取る。
来る日も来る日も憎み続け恨み続けた仇。私から姉さんと母を奪った男がこいつだと言うのか!?
「……できれば手荒な真似はしたくない。怪我をしたくなければその日記を渡すといい」
「すみません。これは調べた後に然るべき場所に送ることになっていますので」
然るべき場所とは何処のことだろうか? 彼女は一体何をしようとしているのか?
そのような疑問が頭をよぎるけど、そんなことはどうでもいい。
自分の魔力のありったけを身体の隅々にまで巡らせる。
魔力は魔法や神聖術の行使だけではなく、身体の一部に集中させることでその機能を飛躍的に向上させることができるが、こんな無茶な使い方をしていては直ぐに魔力は尽きてしまうけど、それでもいい。
今までに積み上げた全ては今日この時のため、目の前のこの男を殺すためだ。それ以外のことなんて考えなくていい。
「仕方ない。ならば実力で奪い取──」
「【聖剣】!」
そいつがヨシノに意識を向けた瞬間に、更に発動させた聖剣を叩き込む。
それは間違いなく私の全力の一撃だった。
「何!?」
だけどそいつはあろうことか素手で剣を受け止めたのだ。
「残念だが、あなたでは俺を傷つけることはできない」
「くっ!? 舐めるなぁ!!」
そいつが腕を振るっただけで、私は吹き飛ばされる。人間の腕力ではない。やはりこいつは化け物だ。
……ただの聖剣じゃこいつを斬れない。それならば!
「神聖なる輝き、闇祓う光よ! 我が剣に
詠唱で威力を底上げする。
少しでも言葉選びを間違えると返って逆効果になってしまう高等技術だけど、奴を倒すためだけに血が滲む思いで習得した得意技だ。
「死ねぇ!」
さっきよりも輝きを増した【聖剣】を奴へと振り抜いた。
「……生憎と、あなたに狙われる謂れはない」
「馬鹿な!?」
だが、強化した【聖剣】でも奴を傷つけることはできなかった。
それどころか普通は致命傷になるような愚行、腕そのもので剣を受け止めるという現実離れしたことをやってのけたのだこいつは。
信じられない光景に一瞬だがここが夢かと疑いが生まれる。
だが迷っている時間はない。
奴に体に蹴りを入れ、距離をとる。
……蹴りを入れた感覚が、まるで鉄の盾か城壁にでも攻撃した時と同じような感触だった。化け物かこいつ。
困惑を禁じ得ない私だったが、ヨシノが奴の体の秘密を暴いた。
「うっわ。それって
「……博識だな、若き修道女よ」
龍鱗!? 龍種の体を覆う鱗のことか!
どうやってそんな芸当ができるのかはわからないが、さっきの【聖剣】を受け止めたのも、胴に蹴りを入れても効いてる素振りがなかったのも、体全体をその龍鱗で覆っていたからか。
「運が良かっただけだ。たまたま迷い出た邪龍と引き分けた際の戦利品に過ぎない」
邪龍と引き分けた!? 街一つ滅ぼすと言われる存在と引き分けたなんて信じられないことだ。
聖騎士だって龍相手となれば最低十人規模でなければ相手にならない。それと引き分けた存在となれば私程度では……。
いや、そんなことはどうでもいい! 例え相手がどれ程強くとも、鍛え上げたこの剣をその心臓までとどかせることができれば私の勝ちなのだ。
「……それよりも日記を渡してもらおうか!」
奴が強く地面に足を叩きつけると、周囲に土煙が舞う。目眩しか!?
「チッ! 【風弾】!」
奴が何か仕掛ける前に、魔法でそれを払おうとした。
しかし、この時奴はすでに行動を終えていたのだ。
「……なんと」
強く何かがぶつかる音がした。少し遅れてあいつの驚いたような声が聞こえる。
風が土煙を消し去り、視界が晴れると奴の腕を聖杖で受け止める彼女の姿が目に入った。
「何!? しまった、囮か!」
そう、奴は先ほどから攻撃をし続けている私ではなく、日記を持っているヨシノに狙いを定めていたのだ。
………………いや、違う。そうじゃない。あいつにとって私は迎撃する価値もないと言うことだろう。
ふざけるな!
無視されたことにも怒りはあるが、それ以上に
お前の人生はその程度か? これまでの時間は無駄だったのか? お前はまた何もできずにいる無力な小娘のままなのか?
何かが私に問いかける。
いや、これは幻想だ。私が生み出した幻想だ。
罪の意識に苛まれ、生み出してしまった私自身が、私を責め立てる。
……ああ、このまま終われるような私じゃない!
「光よ、集いて剣となり、龍をも貫く刃と成れ! 【聖剣】!」
三度目の【聖剣】、しかも今度は間合いをこれでもかと伸ばし、その上対龍属性を付与した神聖術だ。
神聖術の行使のし過ぎで意識が飛びかける。明らかに限界を超えていた。
だが、それでも奴に一太刀入れないと気が済まない!
「ヨシノは頑張って避けて!」
彼女ならできると信じて剣を振るう。
「危なっ!?」
思った通り彼女は剣をしゃがみこむことで回避した。
だが声をかけたことからか、それとも察知されていたかはわからないが、奴はこちらを見ずに剣を跳躍して回避した。
神聖術の効果時間が切れ、【聖剣】が光へと戻り始める。
だけど、まだだ!
「逃がすか!!」
私は気合いでそれを押し留め、力ずくで剣の軌道を反対方向へと振り抜く。
奴は空中、今度は回避できるような足場もない。
完全に入った。これはもう避けられない。そう確信した。
「何!?」
確信した瞬間に、奴の姿が掻き消えた。
周囲を見回しても奴は見当たらない。
消えた? あの一瞬で? あり得ない。
完全に奴を見失った私だったが、ヨシノが空を見上げていることに気づいた。
つられて私も空を見ると……そこに奴がいた。
「まあ、当然ですよね」
気味の悪い漆黒の翼を携え、まるで自分が空の主人とでも告げているかのようにこちらを見下すあいつ。
それは三十年前の悲劇の話にあった姿そのもので、それは確かに人々に恐怖を与えるには十分なものであった。
「……先の言葉、撤回しよう。今の剣は当たっていれば、私の龍鱗でさえも切り裂いていただろう。だが、私はまだ死ぬわけにはいかない」
刹那、アイツから感じていた威圧感が段違いに膨れ上がる。
なんという禍々しい気配。こいつ、今まで本気ではなかったと言うことか!
「なんと言う酷い匂いだ。鼻が曲がりそう」
「え? ……ええそうですね!」
酷く醜悪な匂いが周囲に満ち満ちる。これは、血の匂いだ。辺り一体が死体で溢れているかのように濃い血の匂いがする。
ヨシノもそれを感じ取ったようで、日記を持っている方の腕で顔を覆う。
「……あまり時間をかけていられない。故にすぐに終わらせよう。深く暗き漆黒よ、我が前に顕現せよ【黒煙】」
「闇魔法ですって!? いけない、ヨシノ避けて!」
魔法には神聖術を含めて七つの属性がある。その内五つは併用しても問題はないが、光と闇だけは特別だ。
光と闇は互いに反発し合う特殊な属性で、この二つの属性は他の五属性と互い相手に強い特性を持つ。
光は闇に弱く、闇もまた光に弱い。
故に私たち神聖術、一般では光属性の魔法を使う人たちと闇属性使いとの戦いの際には先手を取ることが重要とされている。先に魔法を放たれてしまうとそれを防ぐ術がないからだ。
闇魔法の攻撃は神聖術では不可能。いかに強力な神聖術が使えるヨシノでも、闇魔法使い相手に苦戦は必至。
そう思い声をかけたのだけど、少し遅かった。
ヨシノが声に反応してこちらを向き始めたあたりで周囲が闇の煙で満たされる。
触れているだけで力が抜けていく、これは……相手の体力を削る効果があるのね!実に鬱陶しい効果を持つ魔法だこと。
「きゃっ!?」
「ヨシノ!?」
短いヨシノの悲鳴。あいつはこの闇の中でも自在に動けるの!?
いや、それよりもヨシノが危ない。
「【
こちらも神聖術で対抗するが、闇が晴れる気配はない。
……さっきの詠唱! あれは並の神聖術では対処できないように効果を強めるものだったのか!
ならばこちらも詠唱で、と神聖術を行使しようとした時、急に闇が晴れはじめた。
…………晴れた闇の先にヨシノが倒れていた。
「ヨシノ!?」
急ぎ駆けつける。
私が近づくと、彼女もゆっくりとだけど体を起こす。
「私は大丈夫ですが……すいません。日記は奪われてしまいました」
見てみれば確かに持っていたはずの日記がなくなっている。
あの男、あの闇の中で正確に日記だけを奪い去ったと言うのか。
「あの闇の中でも目が効くとは流石は吸血鬼と言うところですか、とても厄介──」
「え?」
「──いです……え?」
「今、吸血鬼って言った?」
吸血鬼とは随分昔に存在したとされる伝説の魔物のことだ。
夜を統べる王、不死の怪物、人を狩る者、異名は様々あるけれど昔の話に登場する吸血鬼はそのどれもが凶悪な輩として伝わっている。
私や先輩の聖騎士たちでさえも伝説上の生物として話半分しか信じていなかったが、まさかあいつが絶滅したはずの吸血鬼と言うのか?
と言うよりなぜそのことをヨシノが知っているのだろう。
「はい、言いましたけど……そう言えば言ってませんでしたっけ?」
惚けているのか、それとも忘れていただけなのか。付き合いが短い私にはどちらか判別がつかない。
……根拠はないけど後半の気がする。なんとなく。
「しかし、手がかりがなくなってしまいまいした。どうしましょう?」
「いえ、あいつの今の容姿と正体が分かっただけでも収穫よ。吸血鬼相手なら神聖騎士の派遣も可能だわ」
吸血鬼は確かに伝説上の存在であり絶滅したと言われているが、たとえ空想や伝説上の存在でも教会上層部が脅威と判断した奴らについては報告の義務があり、状況によっては神聖騎士の派遣も要請することもできる。
吸血鬼、それも龍種と引き分けた猛者ならば神聖騎士が派遣されるのに十分な脅威のはずだ。
神聖騎士は一人一人が伝説上の怪物に対抗できうる存在で、この世界に十人ほどしかいない雲の上の方々。
彼らが一人でも来てくれればそれだけでもこの事件が解決したも同然…………なのだけれど、それに納得していない自分もいる。
できればこの手で決着をつけたかった。だが、あいつは私相手に手加減をしていた。
龍種と対抗できる奴が私一人始末できないわけがない。
結局は私はあいつの気まぐれで見逃されただけ、それが心の底から悔しい。悔しいが、それよりもこの事件を終わらせる方が大事だ。…………本音を言えば、この手で決着をつけたかったけれど
一体なぜ見逃されたのか……好みの年齢から外れたからか、それとも
じっとヨシノを観察する。
見た目は凡そ十七歳くらい、飛び抜けて美人という訳ではないけど、祈りの最中は聖女を彷彿とさせる神聖さを醸し出す。これほど前の聖女、オフィーリアに近い存在がいただろうか?
間違いなく、あいつはヨシノを攫うだろう。三十年間ずっと自分が殺した女の追い続けていた男がこの程度で諦めるわけがない。
……けれど、これを彼女に伝えてしまえば不安がらせてしまうし、言い方は悪いがこれは絶好の囮として活用できる。
「……あの、どうかしましたか?」
「ん? ううん、なんでもないの」
事件が解決するまで、このことは黙っておこう。そして全てが終わったら誠心誠意謝ろう。私はそう思った。
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