第19話 吸血鬼アームレット


「アームレットですって!?」


 その名前を聞いたテレーサはバックステップで距離を取り、剣を構える。

 長年この事件を追っていただけに彼の名前はすでに知っていたようだ。

 ……というより私が知らなさすぎたかな。二日目にようやく名前を知るって遅い気がする。


「……できれば手荒な真似はしたくない。怪我をしたくなければその日記を渡すといい」

「すみません。これは調べた後に然るべき場所に送ることになっていますので」


 まあ、輸送方法はお焚き上げなのだけれど。

 こちらの天国にいるであろう彼女に届くといいな。……なんか余計なことしたって怒鳴られそうだ。


「仕方ない。ならば実力で奪い取──」

「【聖剣】!」


 彼の背後からテレーサが斬りかかる。

 彼女の全力の魔力と力を込めた一撃なのだろう。昨夜見た時よりも激しく輝くその剣は、凄まじい速さで彼に迫る。

 やば、予想以上に殺意マシマシだよ彼女。これはちょっとやそっとじゃ止められないかも。


「何!?」


 だが、それだけでは届かない。

 素手で剣を受け止められた彼女は驚きを禁じ得なかったようで、信じられないと言った顔でその手を凝視している。


「残念だが、あなたでは俺を傷つけることはできない」

「くっ!? 舐めるなぁ!!」


 彼が軽く腕を振るうと、彼女は大きく吹き飛ばされる。

 しかし空中で体勢を整え、着地すると同時に彼女は再び剣を構え突撃する。


「神聖なる輝き、闇祓う光よ! 我が剣につどいて邪悪を断つ力となられ! 【聖剣】!」


 今度は詠唱付きの【聖剣】だ。内容から察するに威力を上昇させているらしい。

 それを彼女は体の右側で水平に構え、全力で振り抜く。


「死ねぇ!」

「……生憎と、あなたに狙われる謂れはない」


 ガギィン、と何か固い物同士がぶつかったような音が響く。

 一つは彼女の剣だったが、もう片方はだった。

 嘘でしょ!? 硬すぎないその腕。


「馬鹿な!?」


 地面が足につく前に、彼の体に蹴りを入れその反動で距離を取るテレーサ。

 しかし蹴られたというのに表情一つ動かさないことから、ダメージは入っていないと見える。


「……ん?」


 彼女の剣を受けた右腕、腕自体にダメージはないが切れた服の隙間から何かが見える。

 ……あれは、鱗? 赤黒い血の色をした鱗が彼の腕を覆っている。

 しかも、その鱗一つ一つに禍々しい魔力が込められているのがひしひしと伝わってくる。並の魔物じゃあんなのは……あ。

 少し脳内検索をかけ、すぐに一種類だけ類似性のある物がヒットした。

 しかしそれは秘境や激戦地帯でしか見られない代物であり、こんな比較的平和な街周囲には存在しない物だった。


「うっわ。それって龍鱗りゅうりんでしょ? なんてものの血を吸ったのあなた」

「……博識だな、若き修道女よ」


 龍鱗、文字通り龍の鱗。龍種が生まれ長に持っているそれら一つ一つには膨大な魔力が込められていて、その魔力によりあらゆる魔法の効果を弱め、さらには鱗自体が強固な鎧にもなるという恐るべき代物。

 龍種、つまりドラゴンたちはこの異世界にも存在していて、最強の生物といえば龍種と人々に知れ渡っているほどである。

 鳥よりも早く天を駆け、剣すら通さない強靭な鱗、鉄をも溶かす灼熱の炎を撒き散らすそれは時として天災として恐れられた。

 しかし侵略者達との争いの際には人類側に味方し、彼らの尽力により戦線は維持できていたと言っても過言ではない。

 侵略者達が結界の向こうに封じられてからは傷を癒すためにどこかに身を隠したって話だったけども、それを探し出したというのかあの人は。すごい執念だこと。


「運が良かっただけだ。たまたま迷い出た邪龍と引き分けた際の戦利品に過ぎない。……それよりも日記を渡してもらおうか!」


 アームレットが強く地面を蹴る。

 衝撃で地面に亀裂が入り、土煙が舞う。


「チッ! 【風弾】!」


 煙の向こうからテレーサの声がする。

 【風弾】とは文字通り風の弾丸、というよりは砲弾である。

 凡そバスケットボール程度の空気を打ち出す魔法であり、威力はそれほどでもないが、当たると砲弾が弾け、周囲を吹き飛ばす効果を持つ。

 多分、煙を晴らすためなのだろうけど、ちょっと遅かったね。

 ……だって、それを立てた本人がテレーサをガン無視してこっちに来てるもの。

 狙いはこの日記のみ、後はどうでもいいという考えがひしひしと伝わってくる。


「すみません」


 すでに日記は読んでしまっていることと、彼女が何度も剣を向けてしまっていることについて謝る。


「ですが、事件の手がかりを易々と渡すわけにはいかないので」


 嘘ですけど。内容が内容だけに、知らないふりしていた方が彼のためだろうなぁ……。

 となるとそれを気づかせないようにするためにはこれを守る素振りを見せた方が自然かもしれない。……とても面倒だけど。


「……なんと」


 金属同士がぶつかりあうような音が響く。

 彼の腕を私の聖杖で受け止めた音だ。

 彼が握りしめる度に聖杖から鈍い音が響くことから、指先に至るまで龍鱗に、いや爪は龍爪りゅうそうか、ともかく腕と同じ物質に覆われているのだろう。

 て言うか今ので少し足が地面にめり込んでるんだけど、若干殺しにきてない? あなたの狙いはこの本ですよね? 私の命じゃないですよね?


「何!? しまった、囮か!」


 少し遅れて【風弾】が炸裂したことにより土煙が晴れ、テレーサからもこちらを視認できるようになったのだろう。

 直ぐに次の魔法を発動し迎撃に入る。


「光よ、集いて剣となり、龍をも貫く刃と成れ! 【聖剣】!」


 三度目の【聖剣】、しかし今度の聖剣は上がったのは威力だけではない。その刀身も明らかに長く伸びていた。

 その長さたるや、離れた位置にいる彼女からこちらに届くほどの……あれ? これ私もやばくね?


「ヨシノは頑張って避けて!」


 そう言い終わる前に彼女はその剣を振るう。

 刀身数メートル級の刃が凄まじい速さでこちらへと迫ってくる。


「危なっ!?」


 思わずしゃがんで躱す。ダメージはないだろうけど、刃が迫ってくるのはやはり怖い。

 アームレットはジャンプで避けたようで、少し上に気配を感じる


「逃がすか!!」


 彼女は強引に反対方向に刃を戻す。

 空中にいる彼には身動きが取れないと判断しての攻撃だろう。

 実際にやられると面倒だし、空を飛ぶような手段がなければ避け切れない。


「何!?」


 逆にいえば簡単に避けられてしまうのだ。

 頭上を刃が通り抜けたのと同じくらいに彼女の驚く声がする。

 少しずれたベールを押さえ、空を見る。


「まあ、当然ですよね」


 そこにはコウモリのような漆黒の翼を携えた彼、吸血鬼としての本性を表したアームレットが鋭い眼光でこちらを見下ろしていた。

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