第18話 聖女の日記 その2
え? 何、吸血鬼? ヴァンパイア? ドラキュラ伯爵? いるの? この異世界に生吸血鬼がいるの?
「はわぁ……、まだ生き残りがいたのね。とっくの昔に絶滅したと思ってたけど」
「知っているのですか女神様!?」
「ええ、よく知ってるわ……その前にさっきから声が漏れてるけど大丈夫? 少し落ち着いたら」
「んん!?」
思わず両手で口を覆う。いつから声に漏れていたかは知らないけど、多分あの日記のせいだと思う。
「吸血鬼はね。昔今は滅んだ国の魔法使いが作り上げた実験体の生き残りなのよね。他者の血を吸って己の糧とし、死なず老いず、その力は聖騎士すらも上回る。そんなのをコンセプトにしてたみたいだけど、結果は実験体のコントロールに難があることが判明して研究は凍結。されたんだけどその狂人は研究を続行。国が気がついた時には制御不能の怪物が研究者の屋敷中に溢れていたそうよ」
それなんてホラーです? 誰かが勇者の剣を持って突撃しないと解決しそうにない事態ですね怖っ。
「その研究者も死体で発見され、制御方法が不明になったから皆殺しにすることになったらしいわ。けど不完全な実験体とはいえ強化された肉体は並大抵の攻撃では歯が立たず。その大半を逃してしまったそうなの。それが後に吸血鬼って呼ばれる種族の元になった存在たちね。通称“始祖”たち。その後彼らがあちこちで好き勝手にやってたみたいだけど、その度に派遣された聖騎士と熾烈な争いを繰り広げ、徐々に数を減らしていったわ。ここ最近は目撃報告もなかったから絶滅したとばかり思ってたんだけど……」
《その最近の目撃例って、何年前の頃ですか?》
「はわ? ざっと二百五十年前だけど?」
すっごい前じゃん!? 使徒化の時にも思ったけど、神様の時間感覚まじでスケールでかい。
……しかし、2世紀半も隠れ潜んだ彼ら。日記の彼の言葉を信じるならば、その集団の内一つが壊滅し、生き残りが彼ということになる。
一体何がったのだろうか? ちょっと気になってきた。
「彼らの特徴はね人並外れた筋力と俊敏さ。さらには吸血した対象の力を得ることができる【吸魔】、最後にどこの世界でも同じように不死身に近い再生能力を持っているわね。長く生きた存在になると体を小動物に分裂させたりできるわ。ここにいた吸血鬼がどのレベルかは知らないけど、今も生き延びているとしたら相当な実力者になってそうね。聖騎士一人じゃ相手にもならないかも」
《やばいですね、それ。ますます彼女から離れられなくなったじゃないですか……》
どうなるにせよ。彼が目の前に現れたら戦闘は避けられない。そうなった時まず間違いなく彼女は真っ先に斬りかかるだろう。そのために血の滲む想いで聖騎士になったのだから。……面倒だなぁ。
まあいいや。とりあえずこの日記は一旦回収して、次は彼の部屋に行こう。
彼女の部屋の隣、一見牢屋にしか見えない小窓がついた錆びた鉄扉に閉ざされたこれが彼の部屋である。
鉄扉が錆び付いていて動かなかったため、探索は後回しにしたのだけれど、ここが彼の部屋だったのなら話は別。最優先で家探ししないと。
「天刃:
天翼の外面に取り付けられていた短刀を一つだけ偽装を解いて右手に持つ。
小烏はこのように状況によって取り外しもでき、単体の武装としても使用することができるのが良いところ。ちなみにたとえ両手が塞がっていたとしても思い通りに空中を飛んで相手を斬りつけることもできるのだ! ……一昔前のロボアニメかな??
そんなノリツッコミは置いておいて、小烏で適当に上下左右に斬りつける。
手応えはほとんどなかった。まるで水を切っているような感覚だったにも関わらず、鉄の扉は細かく裁断され、その場に散らばった。
さすが神聖武装、切味がぱない。
小烏を元に戻し、足元に散らばった鉄片を蹴散らしながら中に入る。
扉と比べ、中は普通の部屋のよう。埃まみれのベッドに本棚、鉄格子がついた窓に足枷…… いや、普通の部屋に足枷はないな、うん。
まずは本棚を調べては見るけれど、普通の本しか入っていない。
同じようにベッドを持ち上げてみるけど、床下も鉄製で何か隠せそうな隙間はない…………ていうかこれ、床下から脱出できないように改装してない? 明らかにここの部屋だけ変なんだけど?
扉や鉄格子程度ならまあ小一時間程度でなんとかなるけど、床下まで徹底して改装しているあたり彼女の執念を感じる。
他には何かないか? そう思って周りを軽く捜索してみるけど、どうやらアームレットという男性はあまり物を持つような人ではなかったらしく、必要最低限の物しかない。日記もない。
「ハズレかなぁ……」
ここに何もなければもう本当にしらみ潰しに探すしかない。それはとても面倒なんだけど……ん?
「…………血の匂い?」
いや違う。正確には血の気配だ。とても濃い血の気配がする。
まるで何十人もの生き物を惨殺して、それらを小さく凝縮したような悍ましい気配。
それが窓の外から漂ってくる。
場所は……やば!? テレーサの直近!?
壁を蹴破り、すぐさま外へ。
「何事!?」
察知した彼女たちがいる場所を見る。
突如響いた轟音に驚いてこちらをみるテレーサと壮年の男性の姿があった。
薄汚れた黒いコートに黒い帽子、口元に無精髭を蓄えた随分とダンディな男の人だ。喫茶店やバーのマスターとかやってたら、きっと周囲のご婦人方あたりが毎日通うくらい男前である。
次にテレーサを見る。
剣も鞘に収まっているし、まだ戦うような状況じゃなかった? 彼女は気づいていないの? こんなに嫌な気配がするのに?
「それはあなたの感覚が鋭すぎるからね。使徒は他の生命体よりも優れた体と感覚を持っているから、普通の人相手ならこれでも十分に騙し切れるレベルなのよ」
《なるほど……。ならば急ぐ必要はないのかな?》
取り敢えず話を聞こう。そう思って彼女たちの方へ歩み寄る。
「ちょっと壁に虫がいたものでして、……すみませんがそちらの方は?」
ちょっと強引だけど、他に言い訳が思いつかない。
「ああ彼? 昔聖女様にお世話になった人らしくてね。久々に帰ってきたみたいで、ここにあるっていう彼女のお墓に挨拶に来たそうなの」
そう言ってテレーサは彼の方を向く。
「そう言えば、名前を聞いてなかったわね。私はテレーサ、あっちの子はヨシノって言うの。あなたは?」
「……名はとうに捨てた。今はただの名もなき浮浪者だ」
見た目通りに渋い声だ。……じゃなくて!
どう考えても普通の人じゃない。というか人間でもない。……ないけんだけどいきなり斬りかかるのもなぁ。
「そうですか。では私も祈りを捧げても?」
「ああ、構わない」
そっと墓石から退く二人の前に入り、彼女の墓の前に膝をつく。
汚れた墓石に、薄らとオフィーリアと刻まれている。
…………あなたの日記のことは一生秘密にしますので、どうか安らかにお眠りください。
「オフィーリア?」
「ん?」
一心に祈っていると、突如彼から声をかけられた。
「……すまない。祈る姿が一瞬彼女に見えてしまった。どうやら疲れているらしい」
「まあ、誰にもあることですよ。噂に聞いた聖女と間違えられるのなら私も光栄です」
実際には微妙な気持ちであるが、ここは言わないであげよう。
「……ああ、そうだな。そうしておこう」
意味深な言葉を溢す男。
……やっぱお前知ってるでしょ、彼女の本性?
………………仕掛けてみるか?
「ああそう言えば、彼女の部屋からこんな物が見つかりまして、おそらく彼女の日記だと思うのですが」
今まで魔法で隠し持っていたそれを二人に見せつける。
「本当に!? お手柄じゃない! これに事件の手がかりがあれば——」
「それを渡してもらおうか」
「——え?」
周囲の空気が一変する。
今まで静かだった彼が凄みのある声で私を威圧してくる。
それに驚いて動けないテレーサ。
「どうしてですか? 今私たちにはこれが必要なのですが?」
「いや、それには重要なことなど書かれてはいない。オフィーリアやあなた達のためにももう一度言う。それをこちらに渡せ」
「……ああ、やはりあなたがそうなんですね」
日記を左手に持ち、聖杖を彼に向ける。
薄々わかってはいたけれど、この反応で確信した。
彼女が日記をつけていることを知っていて、なおかつ彼女の本性を知っているような人物は一人しかいない。
「ちょっとお話を聞かせてもらってよろしいですか? アームレットさん」
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