第17話 聖女の日記 その1


「ん〜。見事に何もありませんね」

「本当にね。死霊どもが湧いて出たんだからそれらしい呪物や魔力の残り香があってもいいものなんだけど、旧教会堂ここ含めどこにも痕跡も何もないじゃないか」


 テレーサと合流し墓場を調べたものの、痕跡が見つけられなかった。

 なので今度は旧教会堂に何かないかと文字通り床下まで調べてはいるものの、怪しい物は何も出てこない。

 ……地下の反応は相変わらず微弱だけど。

 これはもしかして出入り口はここじゃなくて別のところ? めんどくさいなあ。


「一応まだお昼までには時間もありますし、もう一度調べてみますね」

「ああ、私も墓場の方を見てみるさ」


 そう言って建物から出ていく彼女。まあ、この近距離なら何かあってもすぐに駆けつけられるし、大丈夫でしょ。

 私も今度はもう少し丁寧に旧教会堂を探索し始める、具体的には住居スペースあたりを。

 この部屋、オフィーリアの私室は一度魔法でも調べてみたけど、ここには怪しい痕跡はない。それはテレーサもわかっていた。

 なので今回は一見関係なさそうな本とか日記とかもしらみ潰しに探すことにした。

 しかしこの部屋、さっきも入った時に思ったけれど、三十年も放置されたから窓ガラスも全て割れていて、中も埃まみれで衛生的にもとてもよろしくない。よろしくないので顔の下半分に布を巻きマスクの代わりに、両手に聖甲手をはめて手袋代わりのお掃除スタイルに着替えよう。

 聖甲手で埃を触ると穢れ扱いされるのか、触れた側から浄化され消えていく。便利だねこれ。

 取り敢えずまずは探すとするなら本棚かな。そう思って本棚から適当に本を取り出して流し見する。


「これは過去の経営記録……ハズレ。冠婚葬祭の記録……ハズレ。薬草の本? ……普通の本、ハズレ。調合した薬品リスト? ……ハズレ、て言うかこれ説明見る限り媚薬の類では??。効果的なロープの縛り方?? 読むまでもなくハズレ、てか紙一枚だし。てかなんでこんなのあるの??」


 流し見し終わったものは近くに重ねていく。

 というかここ本当に彼女の私室? 聖女らしからぬものがどんどん出てくるんだけど。

 虫か何かを乾燥させた物、干からびた薬草らしき物、水分が抜けてカラッカラになった木の実。

 ポーションでも作ったのかな? と思いたいが媚薬作ってた痕跡があるから信用できない。

 変な気分になりつつ部屋を漁っていたその時、ふと何気なくベッドを持ち上げてみる。

 明らかに埃まみれで誰も触れた痕跡はない。邪魔なベッドはとりあえず廊下に出す。


「おや? これって、床下収納?」


 埃の下に何かないか? と適当に聖甲手で浄化していくと、床に怪しい凹みを見つける。

 気になって指を差し込んで持ち上げてみると、そこには一冊の本が収納されていた。

 タイトルはないが、裏表紙にオフィーリアと書かれている。ということはこれは彼女の日記かな? 何か書いてあるといいけど。


【今日も礼拝、だるくて死にそう】


 日記を閉じた。

 …………おっかしいなぁ? 初っ端から聖女とは思えない言葉が飛び込んできたんだけど??

 きっと気のせい。白柄のことがあって疲れてるのよ、きっと。

 そう思い直して日記を開く。


【今日はパン屋のジジイが嫌な目で見てきた。早く死ねばいいのに】

【おい酒屋のおっさん、てめえ結婚したばっかだろ。こんなところでたむろってないで早よ帰れ】

【近所のクソガキどもが偶然を装って体を触ってくるのがクソキモい。いい加減出禁にしてやろうか】

【最近は礼拝の時間も視線を感じる。不敬だぞあの野郎ども。儀礼の時ぐらい空気読めクソが】

【年上のおっさんが告ってきた。死ね。せめて体重を半減させてから言えデブ】


 日記を閉じた。

 頭痛がしてきた気がしたので眉間をつまむ。

 今私は読んではいけないものを読んでいる気がする。知ってはいけない深淵に触れている気がする。

 やべーすっな聖女。外面では完璧だったのかもしれないけど、内面は真っ黒の黒じゃないですか。

 これはどうしよ? 読み進めても何もない気がしてきた。

 ……いや、何事も決めつけは良くない。良くないよね?

 彼女は悲劇の犯人と密な関係だったわけだし、手がかりはきっとある。

 現在まで続く事件解決の糸口になるような情報がきっとある。……ってドラマでやってたし。


【今日、運命の出会いがあった。教会に駆け込んできたあの人。見た目は浮浪者並みに見窄らしかったけど、その顔! その瞳!! その声!!! 全てが私の好みど真ん中の理想そのもの!!! ああ修道女続けて良かった! ああ、メルダ様! 今日という日に感謝します! 生まれて初めて全霊で感謝いたします!!】


 文字がうるさい。今までは荒い文字ではあったけど、ここに来て一段と酷く書き殴られている。

 あれか、あのお爺さんに聞いた第一容疑者の男の人との出会いのことだろうか?

 こんな人でも一目惚れはするのか。人間ってわからないものよね。まあ微笑ましいけど。


【同棲してしばらく経った。最初からなのだけど、彼がどうも余所余所しい。もっと仲を深められないものか……】

【あれから十日経った。進展はない。どうすればいい?】

【一応彼が出ていく気配はない。けどこっちから仕掛けないといつまで経っても彼をモノにできない。だけど、私に恋の駆け引きなんてできないんだが】

【とりあえず彼を食事に誘ってみた。了承をもらいとりあえず行ってはみたものの、周囲の男どもがウザいくらい騒ぎ立てたので普通の失敗だ。天罰降れアイツら……】

【彼と一緒に花を植えてみた。喜んでくれるといいが】


「おお、やればできるじゃない!」


 彼が登場して以降の日記は彼女の甘酸っぱい恋模様が綴られていた。

 若干口が悪いけれど、それはもう気にならない。そんなのは人それぞれだから。


【半年たった。進展はない。恋仲にすらなれていないこのザマ。無様すぎる】

【知り合いから特殊な薬草の調合本を手に入れた。今日から実験しよう】

【軽い媚薬程度じゃ彼に効果はない、もっと効果があるものを】

【……くっ。なんで薬ってこんなに面倒なんだ。しかも味が苦くてすぐバレるだろこれ。……逃げられないように拘束用の縄も用意しないと】

【調合が上手くいかない。薬草の量を間違えた? 次はもっといいのを】

【材料が足りなくなった。また内緒で栽培しないと】

【次の薬を】【次のを試そう】【チョイ成功。次】【次に賭ける】【大失敗】【失敗】【次】【次】【次】【次】【略】【失敗】【もっと効果のあるのを】【失敗】【ふざけるな】【次】【諦めない】【女神様、私に力を】【次だ】【できた】

【長年の努力の結果最高の媚薬が完成した。明日は私の誕生日、二人でお祝いしようと彼を誘ってある。私の部屋には鍵をつけた。拘束具も用意した。あとは……ふふ。明日がすっごい楽しみ】


 日記を閉じた。ダメだこいつ早くなんとか……できないね。もう死んでるし。

 ええ……。なんでこんな風に突っ走っちゃったのこの子。ダメな方に全力疾走しちゃったよ。

 猫被りの男女から肉食獣に進化するとは思わなかったよ本当。

 聖女じゃなくて性女じゃん。これが修道女で本当によかったのか……。

 なんかもう精神力がガリガリ削られているような感じがあるけれど、日記はまだ続いているので読む。読むしかないんだよな……。


【昨日は人生で最高の日だった。あの薬を酒に混ぜて飲ませたらもうイチコロ。恥ずかしいから詳細は省くけど最高だったとだけ。けど彼が起きた時に何か思い詰めたような顔をしていたのが気になる。問い詰めないと】

【なんで!? あの人が急に出ていくと言い出した。取り敢えず説得はできたけど、本格的に対策を考えないと。絶対に逃さない】


 ……ほう。この辺りもお爺さんに聞いた邪悪な魂関係の話かな。

 確かに見た目だけは美人だった彼女と親密な関係を持ったのなら惚れてもおかしくはない。

 ……続きを読もう。


【深夜、勝手に出て行こうとしたので後ろから酒瓶で殴りつけた。手足を縛って今床に転がしてるけどどうしよ?】

【彼が目を覚ましたので尋も、じゃなくて何が不満なのか聞き出しているけど、あまり上手くいっていない。私の何がいけないのか? それがわからない。こんな絶世の美少女を惚れさせておいて何が不満なのか】


 すごいなこの肉食聖女、行動もそうだけど自身のことについて全く疑問を抱いていない。


【監禁二日目、泣き落としてみるけど効果はイマイチ】

【監禁三日目、根気よく説得してみるけど時間がかかりそう】

【監禁四日目、もう一度薬を盛ってみた。さらに塞ぎ込んでしまった。なぜ?】


 なぜ?じゃないが。ていうか監禁日記になっちゃったよ。世が世なら普通に捕まる案件……いやこっちでも普通に捕まる案件じゃないか。よく結婚まで持って行けたよねこれで。

 パラパラと数日分の日記を読み飛ばす。似たようなことしか書かれていないから。


【監禁十七日目、彼がようやく話してくれた。どうやら彼はとある一族の生き残りらしい。その一族の呪われた血が嫌いで子孫を残すはなかったが、私に惚れてしまった。今までは恩があるので我慢していたが、この前ついに我慢の限界が来て襲ってしまったのを気に病んでいるらしい。気にしなくていいのに】

「いや貴女のせいでしょうに何をぬけぬけと!?」


 思わず叫んでしまった。いやでも流石にこれは突っ込まざる得ない。

 日記を叩きつけたい衝動にかられるけれど、大事な証拠……証拠を壊すわけにはいかない。

 ………………続きを読もう。


【彼の全てを聞いた。確かに彼の一族は忌まわしい過去と能力をその血に秘めていると言って間違いない。彼の覚悟は尊重するべきなんだろう。常識に則るならば私とは別れて一人になるべきなんだろう。……今日はもう寝よう。流石に決心がつかない】


 流石に、ちょっと可愛そう? いやいやいや、本来ならこんなに拗れるはずなかったのだから半ば自業自得のような……。

 この続きの出来事はキリよく次のページに書かれているようなので、捲る。


【一晩考えた結果、また盛っちゃった!】

「なんで!?」

 

 衝撃的すぎて一瞬思考が止まった気がする。

 本当に訳がわからない。何をどうしてそうなった。なんでそこで罪を重ねるような真似を??


【考えても仕方ない。血とか生まれとかはもうどうしようもないので諦めた。なので彼の意見は全無視して私に依存させる。はい決定!異論は聞かない!】


 ここから長々と彼との生活が書かれてるけど、あまりにピンク色すぎるので飛ばす。

 ……全部読んだらこの日記焼き払ったほうがいい気がしてきた。彼女と彼の名誉のために。


【ようやく彼が折れてくれた。これ以上だとマジで万策尽きるところだったからギリギリの勝利だった。全く本当に可愛らしい人。苦労した甲斐がある。けど彼の血の呪いは今後本当にどうにかしないといけないのよね……どしよ?】

【さて、一応できる限り彼の一族について調べてはみたけれど、碌な噂がない。人喰いの一族だとか、不老不死の化け物たちだとか、夜な夜な羽が生えて牙を剥き出しにし人を襲うとか。……まあほんとのことだけど】

【彼の衝動を抑える方法は今の所はない。彼が気力だけで抑えられているのが奇跡って感じ。よく私死ななかったよね。……あと数年は猶予がありそうだけど。もたついてられない。街の人の手を借りる? いややめよう。アイツらが知れば彼を追い出しかねない。内密に調べないと】

【流石に今回は薬に頼って解決する事態じゃない。……いや衝動を抑える薬なら欲しいけど、そんなの貴重すぎて手に入らない。どうやったら材料の聖女の血って手に入るの? 無理じゃん。私で試してみるか? 無理な気がするけど】

【マジかいけたわ。予想外すぎて気がつかなかった。代用できるのかこれ。生臭聖女とは言え聖女は聖女、本物には劣るけどその血があればしばらくは抑えられるのか。だから彼はここ数日発作が来てないって……。となれば時間ができた。本物の聖女の血を手に入れるには時間がかかる。ていうか会うことすらできないかも】

【まあ悩んでいても仕方がない。急ぐ必要がなくなったので早速結婚式だ!日程は一ヶ月後! 大々的に宣伝したのでもう彼も後には引けない。それ以前に血のこともあるから私から離れられない!! ああ女神様、貴女様はなんて慈悲深いお方なのでしょう!! 私みたいな不良娘にあんな愛おしい方をくださるなんて! しかも私から離れられない保証つき! もうこれからはより一層真剣にお祈りを捧げます!】


「冤罪よ!!」


 ついに我慢できなくなったのか天より女神様の声が届く。

 

「ええ、わかっています。おそらくこの人の勘違いなのでしょうけど、偶然って怖いですね。まさかたまたま出会った女性が自分の運命を変える人だったなんて」

「はわぁ……そうよね。私もオフィーリアって名前には聞き覚えあったけど今の今まで思い出せなかったのよね。でもこの日記ではっきりしたわ。2回だけ強烈な祈りを神域にまで届かせた子よ。緊急のそれじゃなかったからほっといたけど、まさか聖女だったとはねぇ……。世の中わからないものだわ」

「聖女って、そんなに簡単になれるものじゃないですよね? どうして彼女が」


 不思議だ。こんなので聖女になれてしまったら世の中聖女まみれになる。


「はわ、それは彼女がきちんとした聖職者だったからよ。毎日祈りを捧げ、民の信頼を一身に受け、悪事に手を染めなかった。人は本来それだけで聖人になれるの。皆の想いが彼女を聖女にしたのね。けどその方法で聖人になっても力が弱いから皆大抵は気付かずに死んでいくわ。彼女の場合、日々の生活が修行そのものみたいなものだったから、少しではあったけど聖女として成長できていたのが大きいわ。だから特効薬たりえたのね」

「なるほど、彼女の外面を保つための生活が巡り巡って彼女を助けることになるとは。情けは人の為ならずというけど、まさにそれかな」


 しんみりとした気持ちになっていたところ、ふわりと吹いた風が日記のページを捲る。

 その後のページが真っ白だったが、裏表紙の見返しのところに何か殴り書きしてあるのに気づいた。


【なんだこの日記は、冷静になってみてみれば恥ずかしすぎる。興奮しすぎて彼の名前すら書いてないし……。この日記は封印しよう】


 あ、冷静になってくれてよかった。私もみなかったことにするから、ちゃんと後で燃やしてあげるから安心して成仏してほし……い!?

 この文章の下にはもう一つ短く願いが書き込まれていた。それそのものはありふれたものなのだが、が問題だった。


【どうか、私たちが永遠に幸せでありますように。聖女オフィーリア、アームレット】

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