第16話 従魔契約


 ツンツン、と誰かが私の肩を叩く。

 ゆっくり顔を上げると、そこには器用に羽で私の肩に手を置いているその子ドローンの姿があった。


「ああごめん、やることやらなくちゃね……。えっと君を呼び出した理由だけどさ、この街の中から女の人を探して欲しくて。顔以外に鎧をつけた金髪の女性なんだけど……できる?」


 言っておいてなんだができるのだろうか?

 私のイメージ的には小さな使い魔が多数現れるように詠唱したつもりだったけど、結果はこの巨大なドローン一体。どこかで詠唱を間違っただろうか。


[了解しました。対象を捜索します]


 どこから声を出したのわからなかったが、そんな機械音声が流れるとその子の体が

 まるで無重力空間に放たれた水の玉のように不規則に揺らめくと、端の部分から次々と小さな水滴らしきものが本体から遊離し始める。


[群体モードへ移行、これより対象の捜索を開始します]


 本体から離れた水滴のようなものが次々と小型のドローンに形を変え、四方へと飛び去っていく。

 わーすごい。分裂なんてできるんだ……。あ、しかも飛んでった先から姿が消えてる。もしかして光学迷彩? すっごい最先端技術……。ここファンタジーだよね?

 そんなことを考えていると、目の前に残った野球ボールサイズの一体がふわふわこちらへ近づいてくる。


[観測映像、展開します]


 その子の瞳から光が照射されると、それは私の胸のあたりの高さで半円形状の画面が姿を表す。

 半円形状の画面内はさらに四角の画面へ細分化されていて、その中にこの街を空から見た光景が映し出されている。

 うわぁ、空間に映してるのにこの高画質やばいね。しかも見たい画面をタッチすればその映像を拡大できる。

 ……あ、掴めばその映像だけ自由に動かせる。左右だけじゃなくて上下にも。もうどういう仕組みなのか検討もつかないや。


[対象候補を七名発見しました]


 そんなふうに遊んでいると、その子から報告が入る。

 私が手に持っていたのも含め、その他の画面が下方へ移動し、七つの画面が拡大されて私の前に並ぶ。

 その一つ一つに目を通す。

 ……いた。右から三つ目の映像にテレーサが写ってる。その他の映像には鎧、というか簡易な防具を纏った女性の警備兵が映っている。意外に多いと思ったらこれが検索条件にひっかかったのか。


「この人は今どこにいるの?」


 そう尋ねると他の映像が全て消え、代わりに彼女の画面の側にこの街の上空映像が映される。

 そしてすぐに街の一点に赤い点が現れる。少しずつ移動していることからこれが彼女の現在位置を示しているのかもしれない。

 位置は墓場じゃない。これは住宅街……あ、古びた家に入った。……そういえば帰ってくるのも久しぶりなことを聞いたような気がするし、あれが彼女本来の家なのかもしれない。

 じゃあ昨日教会に泊まったのは何故だろう?

 ざっと考える限り親代わりの人と会いたかったから、久しぶりの帰宅なので掃除ができていない、私がいたから一緒に泊まってあげようと思ったからとか? まあ考えても仕方ないしどうでもいいのでここまでにしよう。


「ありがとう。位置は覚えたしもういいよ」


 そう言うと映像は消える。

 家に入ってすぐ出てくるなんてことはないだろうし、ちょっと距離はあるけど走ればすぐかな。


[………………]


 散り散りになった端末が再集合し始める中、その子はじっと私を見つめている。

 感情のないカメラレンズでは何を考えているのかわからないから、少し不気味ではある。


[チリーン、演算終了しました]

「え、何急に!?」


 急に鈴のような音が鳴ったかと思えば、何やら計算をしていたらしいその子が話しかけてきた。


[当方と召喚者の魔力適合率87,34%。理論上の最高値に近く、質量ともに極めて良好だと判断。故に、あなた様に【従魔契約】を申し込みます]


 言い終わると同時にその子の瞳から光が照射され、それが空中に手形のついたパネルのようなものを映し出す。

 【従魔契約】とは、召喚魔法にて呼び出した魔物や精霊と契約を結ぶことによっていつでも自在に呼び出せるようになる魔法のことだ。

 契約者は対価として通常の召喚よりも少し多くの魔力を払い続けることになるが、その分呼び出した生命との会話、視覚などの感覚の同調などより多くの特殊な魔法が使用可能になるという。

 しかし【従魔契約】はそう簡単にできるようなものではなく、まず第一に呼び出された対象との相性、次に呼び出された対象が契約を了承しなければ【従魔契約】は成立しない。

 ……まあ、普通は召喚主が申し込むのであって召喚された側が言い出すものじゃないのよね。ある種の逆ナンかな?


「はわ!良かったじゃない夜詩乃、機械精霊から認められるなんて珍しいんだから、チャチャっと手を置きなさいよ。ほら早く。」

「は、はい!」


 言われた通りに手を差し出す。

 空間に照射されたその手形に重ねるように置くと、すぐに指先から手首まで光の線が通り抜ける。いわゆるスキャンってやつかな。


[個体認証完了。主人名を登録してください]

「麗泉夜詩乃。麗しい泉に夜に詩に乃って書くのだけどわかる?」

[言霊から言語を検索、完了。惑星名:地球、地域:日本にてしようされる日本語と判断、日本語の文字をダウンロードします。完了しました。主人名:麗泉夜詩乃。登録完了しました]


 異世界の超技術半端ない!? え、言葉で言っただけでわかるの? わかるものなの??

 文字だけじゃなく場所まで特定してたよね今!? やばいっすね機械精霊、もしかしたら私よりも高性能かもしれない。


[次に機体名を登録してください]


 機体名? とりあえず名前をつけろってことよね?

 ボール? 大福? いやないない。うーん……。


「あ、白柄シロエ! 真っ白の白と|島柄長[シマエナガ]の柄から取ってあなたの名前は白柄ね」


 理由はぱっと見他感じが島柄長に似てるから。あの鳥も雪だるまとか大福とか言われてたし、ちょうどいいよね。そのまんまじゃ味気ないから取って混ぜたけど。


[機体名:白柄。登録完了しました。今後とも末長くよろしくお願いします。ご主人様マスター


 そう言い残すとその子、いや白柄は空中に現れた魔法陣の向こうへ消えていった。

 なんと言うか。物静かだった割に存在が嵐のような子だった。

 ツッコミと驚きと異世界ギャップに想像以上の体力を消費した。いやほんともうガッツリ持っていかれたわ……。


「あっ、早くテレーサのところに行かないと」


 用事を思い出したので彼女が移動しないうちに走って目的地へと向かう。

 幸いにも、彼女が丁度家を出たあたりで彼女と合流することができて、私たちはそのまま墓場へと直行した。

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