第15話 精霊召喚


 とまあ勢いに任せて宣誓してしまったので、早く彼女を見つけてしまおう。

 そう思い礼拝堂を後にした私は彼女、テレーサを探しているのだけれど一向に見つからない。

 教会を隅々まで捜索しては見たものの、影も形もない。となればもう既に調査に出てしまったのだろうか?

 時間的には安全とはいえ、流石に見失ったままというのは格好がつかない。

 しかし、この広大な街を一人で探すというのは使徒とは言え少し手間、そんな時に一つの魔法を思い出した。

 【精霊召喚】。

 この世界とは別に存在する精霊界から今の自身に必要な精霊を呼び出し、自分の代わりに働いてもらう魔法である。

 あっちでも悪魔召喚とかランプの魔神とか似たような話があるけれど、この魔法は悪意のあるデメリットや回数制限はない。

 対価は自分の魔力。込めた魔力の量で召喚できる精霊の数と質が決まる。

 そして、この【精霊召喚】も【聖炎】などの魔法と同じように詠唱によってある程度指向性を持たせることができる。

 今回はこの街中を瞬時に移動できる素早さ、獲物を見逃さない動体視力、そしてこの広大な街の全てを余すことなく見回ることができる数。その点から考えるなら鳥型の精霊が最適だろう。

 教会から出て、人気のない裏路地へと入る。

 この魔法は少々目立つため、人に見られると無駄に騒ぎが起こりやすいからだ。

 聖杖を壁に立てかけ、両手を胸の前で組み、唱える。


「鋭き眼光、疾風の如く飛翔し、獲物を狩る者よ。今、我の願いに応え、この場に顕現せよ。【精霊召喚】!」


 唱え終わると同時に両手を前に突き出す。

 すると突き出されたその先の地面に、見たことのない幾何学的な円形の紋様が光とともに現れる。

 これは召喚陣と呼ばれるもので、女神様が彼らをあちらへと転生させた際に用いたものもこれと同じ部類に入る。要は物や人を送るものが召喚陣ってわけなん……だけ……ど?


「……んん?」


 そして召喚陣には一つ特徴がある。それは【精霊召喚】を発動した際に現れる召喚陣はこれから現れる精霊によって魔法陣が異なるのだ。

 炎の精霊ならば火の魔法陣、水の精霊ならば水の魔法陣、獣の精霊ならば獣の魔法陣、火の獣の精霊ならば火と獣が混じった魔法陣になるように、全ての精霊に個別の魔法陣が存在する。……存在するのだけれども。


「え、何これ?」


 私の眼前に現れた魔法陣は知識の中には存在しない模様をしていた。

 いや、普通はもっとこう。属性に関する文字とか、記号が書かれているのだけれども。

 今目の前で光り輝いているこれは……控えめに言って幾何学的な何かである。

 細かい四角形が幾つも不規則に折り重なり、それが大きな円を形作っている。

 属性を示す文字も記号もない、ただ図形のみで表されたこれは魔法陣と言うよりは円形のQRコードに近い感じがする。

 やばい。何が出てくるかさっぱり見当もつかない。

 罷り間違って邪神の眷属が出てきたらどうしよ? 世界を救うはずの使者が世界を滅ぼす原因になったとあっては加護を下さった神々に合わせる顔がない。

 そんなことを思っている間にもその魔法陣(?)は光を増し、未知の魔力を吐き出し始める。完陣の向こう側とこちら側が完全に繋がった証だ。こうなってはもう魔法を止めることはできない。

 強制中断……いや出てくるのが邪悪な輩とは限らない上にそれをしたら反動でしばらく召喚魔法を使えなくなる。この急いでる時にそれは無理無理。

 じっと息をひそめ、相手が出てくるのを待つ。

 すると、薄らと煌めく何かが魔法陣から現出し始める。重力が揺らぎ、周囲の石やゴミが宙に浮かび始める。

 魔法陣より現れたのは、私よりも巨大でありながら頭と翼以外の部位が存在しない一頭身の怪物だった。

 空気抵抗を最少にするように洗練された流線的な形状フォルム、鋼よりも頑強で光を反射する外装、触れるものを切り裂き音よりも速く天を駆けるであろう四枚の翼、何よりも異様なのはその顔面の九割を占める巨大な単眼の怪物だ。

 その瞳は木々の年輪のように幾重もの円が重なり合い、そのどれもが絶え間なく伸縮を繰り返している。

 その巨大な水晶体はまるで夜中に窓ガラスを見た時のように困惑している私の間抜け顔を写している。

 その姿は一種の芸術のようで、時間と場所が許せば何時間も眺めていられるほど美しい。

 …………美しいのだけどさ。


「いやこれどう見てもドローンだよね? なんで出てきたの? これ【精霊召喚】だよね??」


 そう、目の前にあるそれは明らかに機械部品100%の科学技術の塊なのだ。

 それも現代技術では再現不可能なプロペラに頼らずに飛行するタイプ。周囲の重力場に異常が検知されていることから恐らく反重力発生装置を搭載しているのだろう。やばい、夢にまでみた近未来SFドローンだ。触りたい愛でたい……じゃなくて。


「おっかしいなぁ……なんでドローンが出てきちゃったんだろ? 何か間違えた?」

「違うわ。珍しいけどこれも暦とした精霊よ」

「!? 女神様、見ていらしたのですか?」

「ええ、ずっと見てたわよ」


 くすくすと笑い声が聞こえる。そういえば見守ってるっていってたっけ? すっかり忘れてた。

 ていうかさっきの間抜け顔も見られていたのか……恥ずかしいなぁ。


「あなたの国にもある概念だけどね。付喪神、精霊信仰とか色々あるけど今は置いといて、機械にも機械の精霊がいるってこと。精霊界は全ての世界と接する特殊な世界だから、科学が異様に発達した世界の概念も当然流入してくるわ。その結果生まれたのがその子ね」

「そうなんですか…………。しかしなんでこんなのが出てきちゃったんでしょうね? 私的にはフクロウとかカラスとかを想像していたのですけど」

「はわ? 気がついてないの?」

「え? 何にですか?」

「そりゃもちろん【精霊召喚】は詠唱によってある程度対象を絞ることはできるけど、それでものだから当たり前よね」

「えっと、それは、つまり?」


 聞きたくはない。聞きたくはないが、ここで聞いておかないと後々に支障が出る。


「あなたは機械使徒なんだから、機械の精霊が呼び出されるのは当然の結果よねってこと」

「……Oh」


 つまり、私が呼び出す精霊は全てSF基準になると言うことか。

 どこまでも私を捉えて離さないSFの呪いに、私は膝から崩れ落ちた。

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