第14話 聖騎士テレーサ・アーネット
「…………もう少し塩を足すべきだったかな」
食事を終え、今回の料理について反芻する。
教会に備蓄されていたパンと今さっき壁の外から採ってきた山菜を煮込んだスープとサラダと言った具合に作っては見たのだけれど、味付けが少し物足りなかった。
できる限り質素に、けれど貧乏臭くないように心がけたつもりではあったけれど、味のことを失念していたのは不覚としか言いようがない。調味料が貴重だったせいであまり使うことができなかったのが原因で間違いない。時代的にというかこの世界の物流事情から鑑みて仕方ないのかもしれないけど。
パンはまあ硬いのは仕方ないとしても、サラダはもう少し味付けしてもよかったかもしれない。
一応、他の人からは好評だったみたいなのでそれでいいとしても、食事というものは自分が納得して初めて料理として完成するので、やはりもう少し精進するべきだろう。
そんなことを考えてながら廊下を歩いていると、ふと前方にて楽しげに会話している二人の姿が見えた。
一人は昨日墓場で出会った女聖騎士のテレーサ・アーネット、もう一人は……初めてみる顔だけれども修道服を纏っていることからこの街の神父だということだけは理解できる。
「あらヨシノ、もう出かけるのかしら?」
「ええ、また死霊が湧かないうちにある程度墓場を調べようかと思いまして……ところで、そちらの方は?」
同じようにこちらに気づいたテレーサが話しかけてきたので、素直に用事を言ってから少し気になっていた男のことを尋ねる。
「ああ、こちらはアルフレッド神父。メルヴィン神父の後輩で、私の育ての親でもあるの」
「初めまして、アルフレッド・マクローリンと申します。お会いできて光栄です聖騎士様」
「こちらこそ初めまして、聖騎士のヨシノと申します」
軽く自己紹介をして互いに握手する。取り敢えず今は苗字は隠し、下の名前だけで通している。わざわざ偽名を使うほどのことでもないしね。……将来的には必要かもしれないけど、今はいい…………ん? あれ?
握った彼の手に違和感を覚える。
人の感覚には間違いないのだけれど、それとは別に獣の気配。獣人?
顔をよく見てみるが、獣人の特徴である牙や毛並み、ケモミミは見えない。
「あの、これを聞くのは少し失礼かもしれませんが……もしかしてご家族の中に獣人の方がいらっしゃいませんでした?」
気になったので取り敢えず聞いてみる。
その問いを聞いた二人は驚いていて、テレーサなんて口に手を当ててわかりやすいポーズをしていた。
「おお! 流石は聖騎士様と言ったところでしょうか。ええ何を隠そう私には獣人の血が流れているのですよ。と言ってもそれは八分の一程度のものでして、他の混血児たちに比べて外的特徴はほどんどなく、常人よりも少し力が強いくらいにしか恩恵には与れていないのですけれどね」
そう苦笑するアルフレッド神父。
「いやでもすごいわねヨシノ。彼のことを一目で獣人の血が混ざってるなんて見抜いたのは貴女が初めてよ。みんな大抵同じ
「ええっと、そうですね。私は昔からそういう感覚が鋭かったからわかっただけですので。テレーサこそ昨日の【聖剣】は見事なものでしたよ。ムラもほとんどなく、きちんと剣に光を纏わせることができていました。あれは相当な時間をかけて神聖術の修行を積んだ証と言えるでしょう」
すいません。昔から勘は鋭い方だったけど使徒化した時にそういう感覚も更に鋭くなっちゃったみたいなんです。
……うん、多少のお世辞は混じっているかもしれないけれど、自分がやったことを褒められるというのはやはり嬉しい。
しかし褒められ慣れていないのと、これ以上突っ込まれと余計なことを話しそうだったので、話の矛先をテレーサに向けさせてもらう。
彼女の魔法【聖剣】は一瞬しか目にできなかったが、それでもそれが生半可なものでないのはわかる。
これは全ての魔法に共通することだけれど、覚えたての魔法を使うとどこかしらに揺らぎが起こりがちなのである。
例えば初めて炎の玉を作る魔法を使ったとすると、通常ならば球体状の炎が掌の上に現れるのだが、楕円形だったり円柱状に近くなったり、あまつさえアメーバのようになってしまうこともある。
これは魔法をつかった人物の問題で、初めて魔法を使った場合に魔力のコントロールがうまくいかないことがあり、正しく効果を発揮できなかった魔力が形となって現れているのだ。
それを踏まえて彼女の魔法を思い出してみると、綺麗に剣の周囲を光が覆っていた。ブレることなく波打つこともない。それはつまり魔力の流れを完璧にコントロールしていたということに他ならない。
「……そう言ってくれると嬉しいわ。これでようやく姉さんの仇を討てるもの」
おや? 少し物騒な言葉が聞こえてきたぞ?
「ええっと、それは一体どういう?」
「……ああ、ごめんなさい! ただの独り言よ、気にしないで」
急にハッとした彼女は急ぎ足でこの場を離れていく。おそらく無意識に発した言葉だったのだろう。
「少し、時間はあるかい?」
彼女の姿が見えなくなった途端、アルフレッドが私に尋ねてくる。
「ええ、構いませんが……もしかしなくても彼女のことでしょうか?」
「はい、あなたもどうやらこの街の怪事件を追っているようなので、できれば彼女のことについて知っていて欲しいのです」
「それは、私が聞いてもいい話なのでしょうか? 本人から直接聞いた方がいいような……」
「できれば私もそれが望ましいのですが、彼女は話さないでしょう。彼女は少し、頑固なところがありますから。それに事件を追っていれば何れ耳に入ること、早いか遅いのかの違いでしかありません」
「……なるほど、でしたらお聞きしましょう」
「では此方に」
彼に連れられて、私は礼拝堂の元の世界で当てはめるなら懺悔室もしくは告解室と呼ばれるような室へと入る。それは元の世界にあったそれと作りは同じで、人二人が座って入れる長方形の小部屋を面会室のように気で編んだ編み目のさくで区切っていて、さらに相手の顔が見え辛いように薄暗くしてある。
彼が信者の側、罪を告白する側へと入ったので私は教会側の部屋へと入る。
そこに設けられた簡素な椅子に腰掛ける。
「……あれは今から二十年ほど昔のこと、彼女がまだ幼い赤子だった頃にまで遡ります。漸くオフィーリアの事件が落ち着きをみせていた頃に、五歳子供と幼い赤子を連れた女性が移住してきました。それが彼女の姉と母親です。彼女、テレーサの母親は気配りが上手な美人で、皆も独り身で子育ては大変だろうと何かと気にかけていました。当時まだ少年だった私から見ても皆から好かれるような人だったには違いありませんでした。……今思えば、それが良くなかったのでしょうね。この街に来て僅か半年が過ぎたあたりで例の行方不明者となってしまったのです」
「お待ちを、二児の母だったとしたのなら彼女の年齢は二十歳以上なのでは?」
「? いいえ、あの事件の時丁度十八になったばかりだったと思いますが」
若!? え、待って十八歳の母−五歳の姉ってことはつまり十三歳頃に初産!? さすが異世界ぶっ飛んでるなぁ……。戦国時代でもそんなの稀だよ。
「話を戻しますが、彼女がいなくなった後子供たちは孤児院に引き取られることになりました。幸いにもこの街にある孤児院は名前だけで子供がいなかったので、彼女たちを養うのにそれほどの苦労はありませんでした。当時神父となったばかりの私は比較的歳が近かったこともあって、彼女らの教育係となったのです」
そう言えば、教会といえば孤児院とばかりに良く聞くけれどこの近くには見かけなかった気がする。
確か新設されたのは近年って聞いたし、あるとしたらそっちか。
「その後十二年間、彼女たちはすくすく育ち、姉の方は母親そっくりの麗しい美少女へと育ちました。性格もまるで彼女の生き写しと言われたほどです。だからこそ、皆は恐れました。今度はこの子がいなくなるのではないかと」
誰だってそう思う。私もそう思ってるもん。
「皆は話し合いを重ね。どうすれば彼女を守れるか検討し合いました。……これまでもなんの対策もしなかった訳ではありませんが、今度こそ彼女を守ろうと死力を尽くしました。ですが、彼女の十七歳の誕生日の夜に……」
急に彼が黙り込む。まあこの先は言うまでもないのだろう。
何をどうしようとしたかはわからないが、結果として彼女の姉は消えてしまったと言うことに違いない。
「それで、テレーサはどうして聖騎士に?」
話が進まなさそうなので、別口から切り込んで見よう。
「姉が消えてからの彼女は正に死人のようでした。来る日も来る日も部屋に閉じこもり、日に日に憔悴して行きました。しかしある日何を思ったのか、『聖騎士になって姉の仇を討つ』と言ってメルヴィン神父に頼み込んで聖騎士となる修行を始めたのです。当時の年齢は十二歳になるかならないかと言ったところ、適正年齢からやや外れ気味ではありましたが、彼女の執念が身を結んだでしょう。僅か三年後には聖騎士見習いとして認められ、聖都へ修行できることとなったのです。そして五年後の今日、彼女は帰ってきたのです。この事件に終止符を打ち、母と姉の仇をとるために」
「……なんと、そのようなことがあったのですか」
やばいね。ゼロの状態から三年で聖騎士見習いとは、並々ならぬ執念を感じる。
彼女の技の冴えもきっと同じ、この事件の犯人を倒すために今日まで磨き上げていたのだろう。
「彼女の年齢は今年で二十歳、行方不明者たちの年齢からは外れてはいますが、彼女は母や姉とそっくりに育っていました。血は繋がってはいませんが、彼女は私の子供同然の存在。私は何もできませんが、どうか彼女を守ってほしいのです」
「ええ、我が女神様に誓って、テレーサは必ず守り通しましょう」
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