第12話 死霊憑き


 私の挑発が効いたのかは分からないが、犬型死霊憑きがこちらへと飛びかかる。腐った肉体を撒き散らして進んでくる様はとても気持ち悪くて触れたくもない。


「【浄化】!」


 触れたくもないので聖針に浄化の魔法を込めてぶん投げる。

 【浄化】とは文字通り悪しきものを消し去る魔法。呪いや病、石化状態なども治し元の状態へと戻すことができる魔法である。

 似たような魔法に【回輝かいき】というものがある。こちらは主に怪我を治すのに使われる魔法であるし、病気にも効くことがある。

 一見似たような効果を持つ魔法だけれども、この二つには大きな違いがあって。それは死霊系魔物への攻撃性である。

 例えば回輝を死霊憑きへ放ったとしても効果は見られないことが多いが、浄化を放った場合だと死体に取り憑いた魂が浄化され、そのまま成仏させてしまうのだ。さらに強力になると腐り落ちた肉体は浄化に耐えきれず浄化されたと同時に土に帰ることがあるらしい。

 今回、私は浄化を聖針に込めて死霊犬に向けて放った。

 聖針は外れることなく死霊犬の眉間へと突き刺さり、そのまま墓石に突き刺さった。


「わぁ……」


 正直、想像以上の威力に少し引いた。私の知識によれば普通なら聖針が突き刺さってから浄化が発動するまで少しタイムラグがあるはずだった。それが触れた瞬間に浄化されたということは、それだけ込められた浄化が強力なものだったという事を示している。

 ……うん。神域にいた頃は全く実感がなかったけど、こうして効果を目の当たりにすると使徒という存在がどれだけ凶悪なものかよくわかる。使徒になれる人間が限られているのも納得。こんな力を持つやつをポンポン量産していいわけがない。


「【浄化】」


 まあそれはそれとして死霊憑きは全滅させるけど。こんなの残しておいてもメリットなんで欠片もないし。

 聖杖を触媒に浄化の魔法を強化して、それを人型の死霊憑きへ放つ。

 聖杖から放たれたそれは球体状の輝く光の球となって死霊憑きへ襲いかかる。

 死霊憑きは避けようとはしたが、その前に浄化が届く方が早い。


「AAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaa…………!!」


 浄化に包まれた死霊憑きは叫び声をあげる。

 その声は徐々に弱くなり、最後はその体諸共光の粒子になって消えていった。


「おお!? お主、修道女さんではなく聖騎士様じゃったのか! いやぁ聖騎士様を見たのは何年ぶりかのぅ……おお?」


 呑気な声でこちらに近寄ってこようとしたが、眼前の壁に阻まれて来れないようだ。


「聖騎士様、死霊憑きどもは倒したのじゃしこれは消した方がいいのじゃないかの? いつまでこのままじゃと聖騎士様もこちらにはこれんじゃろうし」

「いえ、女神の加護を受けた人々、聖騎士や修道士ならばこの壁は素通りできるので問題ないです。

「なんじゃと!?」


 死霊憑きを浄化したというのに瘴気全く消えない。となれば今のはただの様子見だったのか。

 元よりここは墓地だ。死霊が宿る死体なら文字通り腐るほどある。一、二体くらい使い捨てても換えはきくと思うし。


「ほらいらっしゃった。団体様のご入場ってとこかな」


 中々隙を見せない私に業を煮やしたのか、墓石を押し除け次々と亡者どもが這い出てくる。その数凡そ百近く。……いや予想より多いなおい。

 肉が溶け落ちそうな者から殆ど骨だけの者、更には真新しい死体などラインナップは様々だ。別にいらんけど。

 ……ふむ、強さ的にはさっきの奴らと同程度とみた。ならこの場合に有効な攻撃は、もちろんあれよね。


「尊くも慈悲深き我らが女神の名において、炎よ、眼前に蔓延る邪なる者どもを余す事なく焼き尽くせ。【聖炎せいえん】」


 両手で聖杖を掴み、天に掲げて祈りを捧げる。

 すると杖の先から魔法陣が現れたかと思えば、次の瞬間には天に昇り、この墓場全体を覆うほどの大きさとなって光り輝く。

 けれどそれは一瞬だけで、直後には幾十もの炎の雨を降らせ始めた。それらは導かれるように死霊憑きどもへと降り注ぎ、その身を燃やし清めていく。

 これが上位の光魔法【聖炎】である。放たれた炎は悪しき存在のみを焼き尽くし、生者には傷一つ負わせることはない優しい魔法。

 ……今目の前で燃えてる死霊憑きどもの苦しみようを見て優しいと思えるのは無理があるかな? いや成仏させてあげてるし優しいよね、うん。

 ちなみに一見無駄に思えるかもしれないこの詠唱するという行為にも、もちろん理由はある。

 魔法というものは基本的に魔法の名を唱えるだけで発動することができる。ただし、その方法で発動させた魔法は最低限の威力しか持たないことが多く。その威力は持ち主の才覚や込められた魔力の量によって左右される。

 だけど、魔法の威力を底上げする方法が他にないわけではない。それが触媒と詠唱である。

 触媒は私が使っている聖杖や聖符などがそれにあたり、それらを介して魔法を発動させることで魔法の効果が高まることが確認されている。

 次は詠唱。魔法名の前に文章を付け加えることで威力をあげたりある程度使い勝手を良くすることができる。

 詠唱には決まった形はなく、魔法の使い手の数だけオリジナルの詠唱が存在するのだ。

 今回は私が唱えた詠唱は威力を上げるもの、ではない。正直なところこれ以上威力をあげたとしても意味ないので威力じゃなくてを追加してみた、のだけど。


「あ、一匹取り逃がした」


 ……実はこの魔法、決められた範囲内に炎を振り撒くだけでどこにどれだけ落ちるかについては完全ランダムなのよね。

 だから詠唱に追尾的な意味を持たせる単語を含ませてこっちで一つ一つ操作してみたんだけど……ちょっと甘かったか。

 炎の雨から漏れた死霊憑きが私に背を向けて走り出した。

 あの先は……少し走った先に住宅街と墓地を隔てる壁があるのか。じゃあ浄化しけさないと危ないね。


「【浄……ん?」


 とりあえず聖針を四本くらい投げつけようとした矢先、死霊憑きの進む先に別の気配を感じた。

 この気配は死霊どもみたいな邪悪きたないものじゃなくて、むしろこっち側に近いような?


「【聖剣】!」


 瞬間、煌めく軌跡が死霊憑きの左肩から右腹部にかけて走る。

 途端に歩みを止めたかと思えば、その軌跡を境に体がずれ、そのまま地面に落下して動かなくなってしまった。

 ……あれは光魔法【聖剣】。身につけた装備に聖なる光を宿らせることによって邪悪なるものに対して絶大な殺傷能力を与えることができる魔法かな。


「ふぅ、危ないところだったようね」


 切り裂かれた死霊憑きの残骸を避けて、体全体に鉄の鎧を身につけた女性がこちらへと歩み寄ってくる。風体と使用された魔法からみるに恐らくは聖騎士だろう。

 手にはあちらでも何度かみたことのある両刃の剣、あっち風に言えば西洋剣が握られていた。おそらくと言うか確実にそれに【聖剣】を付与して、あの死霊憑きを斬ったのだろう。

 にしても、女性が雑魚とはいえ人間サイズの物体を一刀両断できるとか異世界ヤバいね。まじパナい。


「ええ、数が多かったので範囲攻撃のできるま、神聖術を使用したのですが、それでも撃ち漏らしがあったようでして、おかげで助かりました」


 そんなことは無いけれど一応話は合わせておこう。てかもう少しで魔法って言いそうなったわ、危ない危ない。


「貴女も災難ね。みたことない顔だけど、この街に新しく派遣された聖騎士かしら?」

「いいえ、少し用事があってこの街に立ち寄ったのですが、街中を散策していたら襲われた次第でして、あなたがこの街の聖騎士なのですか?」

「違うわ。でも私はこの街の出身でね。やっと長年の修行が身を結んでようやく聖騎士になれたから、心の整理も兼ねて一度帰ってきたのよ」

「あらそうなのですか。ならこの街の聖騎士は何をしているのでしょうね……」


 あんなに死霊憑きが蔓延してるなんて、この墓場の荒れ具合から察するに相当な年月放置されていたからに違いない。管理されない墓場な喉には死霊や邪悪な存在が集まりやすいと言うのに。

 年に一度掃除か地鎮祭、じゃなくて鎮魂の儀式でもやっていればこうはならなかったはずだ。


「……この街に聖騎士はいないのよ」

「え?」


 え? いないの? 街に最低一人はいるはずなのに?


「昔は何度か派遣されたこともあったそうだけど、皆逃げ出すか姿を消したそうよ。神聖騎士でもいれば話は変わったのかもしれないけど、あれは大災害クラスの魔物に対する決戦兵器のような一面があるからね。……こんな街のちっぽけな事件には派遣されないのよ」


 悲しげにそう呟く彼女。後半部分は小声で言ったつもりかもしれないけど、バッチリ聞こえてちゃったりしてる。


「ままならないものですね……あ!?」

「どうしたの? 敵?」

「いえ、そういえば私、今日泊まるところ決めてなかったことを思い出しまして」


 ふと空を見上げればすっかり陽も落ちてしまっていた。やばい今日泊まるところについて全く考えてなかった。

 どうしよ? 一応女神様から少しばかりのお金はもらっているけど、それ以前に今から行って空いてる宿はあるだろうか? 最悪野宿か、一度拠点に帰る必要があるよね。


「あら、それならいい所があるわよ」

「本当ですか!?」

「ええ、聖騎士ならメルダ教国だけじゃなく全ての教会で寝泊まりできるはずだから、そこを使わせてもらいましょう」

「そこで、ですか?」


 視線をオンボロ教会に目をやる。雨風くらいはしのげそうかな?


「違うわよ! あっちの新しい方の教会よ」

「ああ、なるほど」


 慌てて否定し、反対側の壁の方を指さす彼女。

 よかった。危うく朝日が登るまでに教会全清掃大会が始まるところだった。

 こうして、私は彼女について行き、新教会堂にて一夜を過ごすこととなった。

 …………あっちこっちに投げた聖針を回収してお爺さんが無事に帰るのを見届けてからだったけど。

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