第10話 城郭都市 グーリル


「到着!」


 飛行すること十数秒、私は件の街の上空に辿り着いた。

 この街の名前はグーリル。城郭都市グーリルである。……ちょっと美味しそうな名前。

 街としての歴史は比較的浅く、おおよそ五十年前に造られた。

 当初は北にあった国家に対する抑止力として建設されたものの、その後に起きた侵略者たちの騒乱で難民を受け入れ続けた結果、街としての面が強くなり、現在のような大都市として発展を遂げることとなった、らしい。……私が降り立ったあの廃村の元住人たちもここにいるかもしれないね。


 ……上から観察した限りだと、平原に造られた普通の城郭都市のように見える。

 街を囲む巨大な六角形の壁、その周りを囲むように流れる河川、街の中央にある立派な屋敷はおそらくこの街の領主と思われる。


「ん〜?」


 おかしい。見れば見るほど普通の街で、何の異変も感じ取れない。

 魔物が徘徊しているわけでも、ゾンビが跋扈してるわけでも、殺人鬼が彷徨いているわけでもない。

 確かに所々項垂れている人はいるけれど、それよりも元気な人が多い。

 空からの観測じゃ限界があると言うことだろうか?

 ……まあ推定地下にいる相手なのだからどの道一度は街に入る必要があったのには違いない。

 こっから不法侵入してもいいけど無駄に危ない橋を渡る必要はないし、正面から堂々と入った方が大手を振って操作できるよね。

 そうと決まれば即実行。近くの森林内へと着地。装備は……天翼は隠しておくとして、聖杖と聖具足だけでいいか。

 天翼を姿見代わりにして、身なりを整えて、すぐに偽装を使って隠す。

 今度はちゃんと天翼の大きさを変えて、今は私の背中のあたりの小さな金具に見えるようになっている。

 問題ないことを確認して、私は森から出て都市へと近づく。

 近づくに連れて空からも見えてはいたが、城壁に設置された門とそれに並ぶ人々の列が目に入る。

 どうやら人々にはこの街で起きている異変について知らされていないのか、特に警戒している人などはみあたらない。

 とりあえず前の人に習い、私も列に並ぶ。


「次の者、前へ」


 そうして並ぶこと数十分、いよいよ私の晩が回ってきたようだ。


「おや修道女さんでしたか、身分証はお持ちですよね?」

「ええ、はいどうぞ」


 ウェストポーチから小さな金属の板を取り出して、門番に渡す。

 左右二人いた彼らのうち私から見て右の人がそれを受け取り、内容に目を通す。

 すると急に目を丸く見開いたかと思うと、私とそれを何度も見比べた後に、もう一人の門番に指示を飛ばし、自分は直立不動の姿勢でやや上ずった声でこういった。


「こ、これは失礼しました! 聖騎士の方でしたか、どうぞお入りください!」


 思ったよりあっさり許可が出たので、門番たちに会釈をしてさっさと中に入る。私が完全に門の向こうへ消えるまで見送ってくれていたことを見るに、彼らからすれば聖騎士はそれほどに敬意を払うべき存在ということかな。流石は宗教国家、末端の兵士まで信心深いのか。

 大きな門を潜ると、中は中世あたりの外国か世界遺産に登録されたような街をイメージすれば大体あっているような、レンガ造りの建物が広がっていた。

 あ、露店って初めて見たかも。あっちにあるのはパン屋さんかな、一度食べてみたい。

 奥の方にあるのはアクセサリーショップとみた。ああいうのって地方によって特色とか出るみたいだし事案があれば寄ってみよう……じゃなくて!!


「【探知】」


 観光気分はここまでに、私は地下に向けて魔法を放つ。

 【探知】とは文字通り自身の周囲を探知する魔法で、怪しい場所や探し物の場所を調べるために使われる魔法である。基礎属性のどれでも使用できることから多くの魔法使いに愛用されているらしい。

 足の裏を通じて、地面をソナーのように早く深く伝播する。


「……ここじゃないか」


 流石に出入り口の近くではないらしい。あるとすれば中央か、人の来ない外れの方?

 とりあえず私は魔法を発動したまま、街を徘徊することにした。

 門から大通りを持ち沿いに領主館(推定)まで歩く。……ハズレここじゃない。

 次に館を大きく回り反対側へ向かう。……ここの付近でもない。

 ならばとそのまま時計回りに外周を回る。大体時計で例えるなら三時付近のところまで来たが反応はない。強いていうならばこの付近に真新しい教会堂がある程度。結局そのまま六時のあたり、つまりは最初に入ってきたところにまで戻ってしまった。

 仕方ないのでそのまま進む。

 ……進む。

 …………進む。


「…………みーつけた」


 九時付近の箇所へと到達して、ようやく反応があった。実は何もないのじゃないかと疑い始めていたから、もう少しでこの街には何もないと判断して帰るところだった。

 周囲を見渡す。人気はない。というかここ墓地だ。

 景観のため植えられたであろう木々は枯れ、亡くなった人を弔うための墓石もひびが入ったり欠けたりして長い間手入れされていないことが窺える。

 人気もなく、怪しい何かをしていても気が付かれない場所。確かにここは打って付けだ。


「おいあんた! そんなところで何しとんのじゃ!?」


 もう少し詳しく調べようかと思った時、背後から声をかけられた。

 振り返ると、そこに居たのは杖をついた白髪のご老人だった。


「何じゃ教会の人じゃったか……。見ない顔じゃが、新人さんかの?」

「はい、今日ここに来たばかりでして……ここには何かあるのですか? 随分と手入れされていないようですが」


 丁度いいのでこの人に色々と話を聞いてみよう。地元の人なら何か知っているかもしれない。


「ああ……。あそこに古びた教会があるのが見えるかの」

「ええ、見るからに使われていなさそうな教会があります」


 彼が指差す先、墓場の奥の方に小さな教会があるのが見える。


「あれはこの街ができた時に建てられた教会堂でな、昔は皆が心の拠り所にしとった。何より当時のシスターが絶世の美少女でのぅ。街の男衆は礼拝と称して皆彼女の姿を拝みに行っておったものよ」

「はあそうですか。……しかし、この街の教会は反対側でも見かけました。新しく建て直したにしても、なぜ古い方をあのように放置しているのでしょう?」


 このままこの人の昔話を話してもらってもいいけど、さっさと本題に入ってもらおう。もうそろそろお日様が傾いてきたから宿を探さないといけないし。


「あのまま平和に過ごせればどれだけ良かったことか……じゃが、三十年前にあの忌まわしい事件が起きてしまったのじゃ」


 その後お爺さんの口から語られたのは、とある修道女と一人の男の悲恋の物語だった。

 …………あ、結局長くなりそう。



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【ちょこっと解説のコーナー】

「おおよその時系列」

五十年以上前 グーリル建設完了 

       侵略者の発生、グリールに難民が流れ込む


四十五年前  侵略者騒乱、終結 北部に封印される


三十年前   旧教会にて忌まわしい事件発生

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