第9話 使徒降臨 その3


「……お、おはよう、君たち、いい朝だね」


 獣たちと見つめ合うこと数十秒。沈黙に耐えかねた私は思わず声をかける。

 いやまあこの行為に意味はないのだけれども、どうにも私を出迎えてたみたいだしこれくらいは「おはよう」しないと……ん?


「おはよう!」「おはよう!!」「はじめまして」「おはよう」「こんにちわ」「おはよう」「使徒様おはよう!」「おはよう!」「いい朝だよ!」「ようこそ!」「おはよう使徒様」「初めまして」「おはよう」「おはよう」「おはよう!!」「こんちわ」「ようこそ使徒様!」「おはよう!!」「ようこそ!」「おはよう使徒様」「初めまして」「おはよう」「おはよう」「ようこそ!」「おはよう使徒様」「初めまして」「おはよう」「おはよう」「おはよう!!」「こんちわ」「ようこそ使徒様!」「おはよう!!」「こんちわ」「ようこそ使徒様!」「おはよう」「おはよう!!」「はじめまして」「おはよう」「こんにちわ」「おはよう」「使徒様おはよう!」「おはよう!」「いい朝だね!」「おはよう!!」「「おはよう」「おはよう!!」


 獣たちがそれぞれ挨拶を返してくる。一瞬頭がおかしくなったのかとも思ったけど、そう言えば私は体からして別物になったのだからこれも多分そういうことなのだろう。もしくはこの世界の獣は言葉を話すとか……ないな、そんな世界だと肉食できなさそうだし。

 それにしてもまさか獣の言葉がわかるようになるなんて思わなかった。

 くっ、この力があれば猫カフェで無双できるのに……じゃなくて!

 今明らかに数匹、私のこと使徒って言ったよね? 何で知ってるの?


「えっと、君たち、私のこと知ってるの?」

「知ってるよ」「魂が覚えてるもの」「使徒様は使徒様でしょ」「神様の使徒さま」「偉大なる御使い」「尊きもの」「今思い出した」「楽園の守護者」「人の形をした使徒様ははじめてだけど」「前は鳥だったよね」「直ぐ死んだけど」「この世の生命は皆知ってるよ」「人はほとんど忘れてるけど」「人は難しいこと考えすぎ」「大地の声が聞こえてないから」「精霊も見えない」「女神様の代弁者」「神の声を伝える者」


 皆が一斉にしゃべるから聞き取りづらいけど、なんとか大まかに内容は理解できた、と思う。

 この世界の生き物は基本使徒のことを知っていると思っていい。けど人間だけは例外のようだ。となると彼らの前に出るときは少し注意したほうがいいのかもしれない。皆が皆この獣たちのように好意的にせっしてくれるとは限らないのだから。

 

「使徒さま使徒さま、今回はどれくらいいられるの?」


 すぐそばに降り立った小鳥がそう尋ねてくる。

 首を傾げながらそう話す姿はとても可愛く癒される。


「そうね、時々お空に帰ることもあるけど、基本的にしばらくはここで活動するつもりだよ」


 目線を合わせるようにしゃがみ込んでは見たものの、流石に小鳥ほど小さくはなれないのでどうしても見下しながら話してしまう。


 「やったー!」「わーい」「使徒様と一緒にいられるー」「今回は長いって!」「遊ぼ遊ぼ!」「お空の散歩しよ!」「一緒に狩りしよう!」「ずっといっしょだー!」「撫でてー!」「おんぶしてー!」「きのみ食べよー!」「抱っこしてー!」「撫でてー!」「背中に乗ってー!」「あそぼあそぼー!」

「ちょっと待って待ってステイステイステ、あー!?」


 どこが琴線に触れたのかよくわからなかったが、獣たちが一斉に私に向かって突進してきて、瞬く間に私は彼らにもみくちゃにされてしまう。

 ちょ、割と獣くさいってか顔舐めないで!? 頭に乗らないで!? 足を引っ掻かないで!? ああああああ!?

 この騒動は獣たちが落ち着くまで約十分くらいの間ずっと続いた。

 ようやく終わった頃には体のあちこちに土がついていたり、髪もボサボサになっていたりと、とても神の使徒とは思えない有様へと変わっていた。


「まったく、嬉しいのはよくわかったから次からはお手柔らかにね。【浄化】」


 自分に向けて浄化の魔法を放つ。

 浄化とは文字通り穢れを祓う魔法で、毒や病などの体の異常や呪いなどの魔法を退けてくれるだけでなく、対象の汚れなども消してくれる便利な魔法なのだ。

 服についた汚れが消えたことを確認し、天翼の装甲を鏡代わりに髪を軽く直す。……近いうちにヘアブラシをどこかで手に入れないと、手櫛だとちょっと落ち着かない。


「ねえところで君たち、ここから一番近い街……あっちの方向の山二つくらい超えた先にある街のこと知ってる子はいるかな?」


 何時迄も旅行気分でいるわけにはいかないので、ここから頭を仕事モードに切り替える。

 何事も最初が肝心、こんな程度で躓いていたは先が思いやられるからね。


「あっち?」「知らないや」「ここから出たことない」「知ってるー」「随分前に行ったかも?」「大きな街」「昨日行ったー」「しらにゃい」「人がいっぱいいるよね」「動くの面倒くさい」「知らない」「見たことない」「私ちょっと前までそこで住んでたー」「気持ち悪くなったよねー」「ねー」「どこそれ?」「街ってなに?」


 おお、思ったより知ってる子がいてびっくりだ。

 というか気持ち悪くなったってなに?

 気になったのでその発言をした獣、猫に近い獣に話しかける。


「何か、変わったことでもあったの?」

「んーとね。土の下から嫌な気配がするようになったの」「みんな暗い顔してる」「飯もまずくなった」「精霊も減った」「だから逃げてきたの」


 ほうほう。暗い顔をしてるのは失踪事件関連の人かもしれないが、土の下から嫌な気配ねぇ……。

 これ、もしかしなくてもほっといたらまずいパターンなのでは? 明らかに封印が解けてきたとか地下で怪しい儀式をしてる感じだよねこれ?

 となればここで無駄に時間を費やしているわけにもいかない。早いうちにそこへ潜入しないと。


「っとその前に、思ったより居心地良さそうだし荒らされるとちょっと困るよね。光魔法【聖域】」


 聖域は自分が設定した領域に結界を張る魔法。ただしその程度ならば他の魔法でも代用できる。

 聖域の効果は他にもあって、結界内の領域を外から見えなくしたり、その内部にあるもの全てに効果は少ないが浄化と回復の魔法と同じものが齎される。この魔法を施した領域内の物や生命は少しづつではあるけども、病は癒え、邪なるものは近づくこともできないと言う……らしい。知識でしか知らないけど。

 と言うことは、拠点になるここに聖域を張っておけば、内部は汚れないし、そう易々と発見されることもないという良いこと尽くめということになる。まあ、たまに張り直す必要はあるけど、それは仕方ない。


「じゃ、私はそろそろ行くね。天翼天刃全展開、ついでに【偽装】」


 天翼を広げ、備え付けられた刃天刃を展開する。開かれた隙間から私の魔力が噴出される。

 次に偽装を全身にかける。と言っても形を変化させるようなものではなく、ただ単に気配を消して周囲の景色と同化させる程度にとどめる。


「いってらっしゃーい」「頑張ってー」「帰ってきてねー」「次来たらあそぼー」「バイバーイ」「またねー」「いってらー」「また撫でてー」「根性が大事だよー」「危なかったら逃げていいよー」「またねー」「行ってらっしゃいー」「またねー」「がんばってー」「ほなまたー」


 獣たちの声援を背に、私は勢いよく空へと飛んだ。

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