第7話 使徒降臨


 メルダ教国とは、唯一神メルダを信仰するメルダ教を国教とし、国家元首やその周りの官僚に至るまで全てがメルダ教徒で構成され、国民のほぼ八割がメルダ教徒という凄まじい宗教国家である。

 その生活から女神メルダの教えを徹底させ、言葉を話し始めた幼児ですら女神の名前をいうことが出来るとかできないとか。

 領土は他の三国よりも少なくはあるが、平均戦力は逆にメルダ教国がトップクラスとされている。

 それはメルダ教国の兵士全員が聖職者を兼ね備えた特殊な戦士、聖騎士であることが大きい。

 聖職者は女神メルダに毎日祈りを捧げ、長年の修行を経てなることができる役職である。

 聖職者は通常の火、水、土、風、雷の基礎属性の魔法とは別に、光属性の魔法、教徒の間では神聖術と呼ばれるそれを全員が習得しているのだ。

 神聖術、もとい光属性の魔法は回復と浄化を得意としている魔法だ。

 つまりメルダ教国の兵士は全員が回復能力を備えた兵士ということになる。

 通常、回復能力を持つ魔法使いは百人に一人と言ったところでそう珍しくはないのだが、同時に戦闘能力を持つものはそうそういない。このことからしてメルダ教国の聖騎士が四国一の強さを持つ理由がわかるであろう。

 だがそれ故に修行は過酷と言われていて、聖騎士となった者はみな幼い頃から聖騎士となるための修行を受けていたものが多い。

 もちろん、幼い頃から修行を受けていたとしても全員が聖騎士になれるというわけではない。

 聖騎士候補の内六割が必要な強さや逆に神聖術の練度が足りないと判断され、教会にて聖職者となるか一般教徒としてその他の職業についている。それ程に聖騎士の門は狭いとされている。

 また聖騎士の中でも特にその強さを認められた者は神聖騎士と呼ばれ崇拝されるが、今は話さなくても良いだろう。

 ともかく、メルダ教国はメルダ教の教えが行き届いた宗教国家ということがわかればそれでいい。

 だがしかし、完全な国家、完全な仕組みというものは異世界にも存在しない。

 メルダ教国がいかに信心深い宗教国家だとしても、それが国民全員が狂信者というわけではないのだ。

 故に、このメルダ教国の外れにある廃村、そこに立てられた教会が今にも朽ちようとしているほどに寂れているのも不思議な話ではない。

 この村はかつては賑わいを見せてはいたが、先の侵略者との戦いで村民たちが全員避難し、そのままそれぞれが別の土地で新しい暮らしを始め、この教会ごと忘れらされてしまったのだ。

 しかし、人々が忘れ去ったからと言って、神すらも忘れ去ったわけではない。

 “それ“を見たのは人ではなく。この世界に存在する犬に近い生物だった。

 彼は今宵の獲物を求め、廃村に侵入した。廃村を選んだのには理由はない。ただ彼の野生の勘に従って獲物がいそうな場所を歩き回っていただけである。


「!?」


 その時、彼は感じた。空気が震えている。

 いやそれだけではない。周囲に隠れていた小動物や虫たちが姿を表し始める。目の前に自身を喰らう天敵がいるにも関わらず、それを無視して一心不乱に彼らは教会を見つめている。

 彼も不思議と彼らを喰らう気にはなれなかった。今この時において、命を奪うという行為が最もやってはいけないものだと感じ、動くことができなかったのだ。

 草木が光を放ち始める。夜遅くにもかかわらず、まるで昼のように明るく照らされる。

 次に動物たちが鳴き始めた。それぞれの鳴き声を合わせ、まるで讃美歌でも歌っているかのように、教会へ向けて鳴き続ける。

 そして、天より光の柱がが教会へと降り注いだ。

 その光は教会全体を包み込む。するとどうだ、今にも朽ちて倒壊しそうだった教会がつい近日建てられたばかりと見紛うほどに美しく清廉な建物へと変貌を遂げていた。 

 この光景をメルダ教徒が目にしていたならば神の奇跡とその場に跪き、涙を流しながら神に祈りを捧げただろう。

 やがて空が白みはじめた。日の光が当たった箇所から降り注ぐ光がか細くなり、徐々に消えていく。

 朝日が協会を照らし降り注いでいた光の柱が完全に見えなくなると、周囲の植物たちから輝きも消え、動物たちも沈黙し始めた。

 静寂がその場を支配する。

 誰も一言、いや鳴き声を発することもなくそれを見守っていた。

 このまま夜が明けるかに思われたが、突然何の前触れもなく扉が開く。


「……うおぅ、なんか獣がめっちゃいる」


 そんな緊張感の欠片もない言葉と共に、使徒は降臨した。

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