第5話 使徒
《傷の回復は終えました。後はあなたが祝福を施せば彼女の使徒化は始まるでしょう》
蛇神から雷のような光が私へと注がれたかと思えば、私の服や頭部にあった傷はまるで最初からなかったかのように消えてしまった。
《感謝するわ、
最後と言いうが、この確認だけでももう三度目になる。
よほど私を使徒にしたくないのか、と不安にもなるがそうではないのはちゃんとわかってる。
女神様の性格からして、私たちに無意に苦痛を強いるような選択をさせたくはないのだろう。
今回の契約も自分の世界だけでは対処できなくなったから決断せざる得なかったわけで、本当ならば他世界の私たちに迷惑をかけるような真似はしたくなかったはずだ。
だけれども、予想外の妨害に転生不能、残る道が彼女の社畜奴隷ルートしかないとくれば分かっていても止めたくなるのだろう。
「大丈夫ですよ。それともここまできて止めたら他の転生者たちや加護をくださった大神たちに申し訳ないです」
それに声には出さないが、せっかく異世界にいるというのに、私だけがお預けなんて面白くないし。
どうせなら私も異世界に行って、見て聞いて触れ合いたい。
小さい頃に見た絵本の中の存在を間近で感じたい。
そんな俗っぽい想いもあるが、他の転生者たちに申し訳ないのも嘘ではないので多分セーフ。
《わかったわ。ではこれより彼女への祝福を始めます》
女神様が錫杖を数度叩きつけると、周囲の風景が一変した。
真っ白だった空間から光が消え、代わりに満天の星空が輝き始める。
地面だった場所には薄く水のようなものが張り巡らされていて、そこには天に輝く星々が映し出されている。
シャラン、と音を鳴らしながら錫杖を振る。
音が鳴り響く度に天に輝く星々の一つ一つが彼女を中心にするように廻り始める。
《この世界の主神たる女神メルダの名の下に、あなたに我が力の一部を授けましょう》
水面が慌ただしく荒れ狂い、私を中心としてまるで竜巻のような激しい風が吹き始める。
《麗泉夜詩乃。あなたは今この時を持って人の身を捨て、新たな存在へと転化するわ。けれどこれだけは絶対に忘れてはだめ。例え永劫に近い命を得たとしても、人並外れた力を持ったとしても、あなたはたった一つの命に過ぎないの。決して思いあがらないように、いくら使徒とは言え限界はあるのだから》
そんなお説教じみた言葉が終わると、儀式が終盤に入ったのか周囲の光景も激しく変動し始める。
星々は通常の数倍の速度で軌跡を描き、私を囲む水と風の柱は天にも届かんとするほどに高らかに育ち、今なおその速度を早め続けている。
風が不可思議な音色を奏で、宙に舞う水滴が虹色の光を放ち始める。
《【転化】》
彼女の声はこんな嵐の真っ只中にいても不思議とはっきりと聞き取ることができた。
それをきっかけに、虹色の光も荒れ狂う風も私目掛けて収束する。
「まぶし!?」
あまりの光量に目が開けていられない。
少しの間目を閉じていたのだけど、すぐにフッと光が消えたのを感じた。
「……あれ?」
恐る恐る目を開くと、そこは一面真っ暗な空間だった。
手を伸ばすと、直ぐに壁に当たる。触ると荒い凹凸があるようだった。また、どうやら天井はないらしい。
察するに、先程の嵐の壁がそのまま物理的な壁に変化したのだろう。
「うん。こっから、なに、が?」
突然、力が抜けて立てなくなる。倒れるかと思ったけど、そもそもそんなに広くないので壁に背を預ける形で座り込む。
やば、すごくねむ。考え、まと、まら…………。
「お疲れ様でした。万事滞りなく、使徒化は完了したと言えるでしょう」
一部始終を側で見守っていた若雷神がメルダへと這い寄ってくる。
一方メルダは目の前にある柱、夜詩乃を包んだ竜巻が石化し、天高く聳える柱となったそれを見上げながら呟く。
「はわぁ……いつも思うけど、ここから何もすることがないのは不安なのよね。どんな使徒になるかは本人の資質次第なんて……もしも顔の形とか目や手の数とか変わってたらどうしよう。本人が見たらショック死しちゃいそうだわ」
「それはないでしょう。あまり経験がないようなのでお伝えしますが、人が神の使徒となる場合、本人のイメージした強い自分に沿った形に変化することが多いのです。夜詩乃は異種族への憧れなどは今まで持ち合わせてはいなかったので、ほぼ確実に人間に近い形の使徒となるでしょう。……まあ、最低限の変化として髪の色が変化したり、羽根が生えるかもしれませんが」
青い顔で震え出したメルダを励ますように優しく諭す若雷神。
「それならいいのだけど。……それにしても
「
「はわわ、十年か……。使徒化する際に魔力の使い方やこちらの一般常識とかも刷り込まれるから、他の転生者たちが独り立ちし始めるまでには終わりそうね」
なお、使徒化にとてつもない時間がかかることを知ったのは、彼女が目覚めた後の話である。
それについては永劫の時を生きる神々にとって十年とは人間に換算すると一日にも満たない短い間なので、彼女らの感覚では直ぐに終わる程度の認識でしかなかったのだ。
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【解説コーナー】
・とある黄泉の国にいる大神
日本最大級の災いの神にして創造神の片割れ
全ての生命の産みの親でありながら、死後の世界も支配するやばいお方
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