第4話 転生不能 その2


《悲しくは、ないのですか?》

「ふむ……なんというか……、まあ。実感がわかないというのが素直な感想なのかな」


 パフェを摘みつつそう呟く。

 何せここに至るまでの道中がすでに波乱の道のりだったのだ。

 バス事故で死に、異世界の手助けをするために転生することになり、挙げ句の果てに実は生きていて転生ができず籠の鳥のようにどこにも行くことができないときた。事態が二転三転しすぎて感傷が追いついてないのも無理はないと思う。

 ……いや、私って元からドライって言われていたし、元からこうなのかもしれないな。


「…………しかし、どうしようかな」


 こう、なんというか……、こう。

 仕事一辺倒だったサラリーマンが急に首を言い渡されたような、よくわからない感じがする。

 ここで一生、いや永遠に過ごすなんて言われても何をすればいいのかわからない。

 そもそも永遠なんて人間には縁遠い話だし、不老不死を求めて悲惨な目に会う話なんて山ほどある。


「……………………」


 まあ元より惰性で生きてきたようなものだし、今更特に未練はない。

 ……いや、私の寿命を奪ったあいつのことは少し気にはなるけど、どのみちもう違う世界の話だし、忘れるのが一番かな。

 ……あ。


「そう言えば、なんかあっちの神々と戦争になるようなこと言ってたけど、それは大丈夫なの?」

《はわっ? ……ええ、この場合だとあちらの存在に契約を妨害された形になるのであちらにも非があるわね。だから一方的に殴り込んでくるようなことはしないはずよ。ただ、それでもあちらとの関係に影響が出ないわけではないわね。ただでさせあちらにはこちらを良く思っていない神々もいるのだから……、しばらく距離を取る必要があるわね》

「そんなものなの?」

《そんなものよ。今はそれよりもあなたの処遇をどうするかの方がよほど重要なのだから。転生させることもできない、かと言ってそのまま魂が擦り切れるまで時間を浪費させるわけにもいかない。悩ましい限りだわ》


 oh,it’s the neet.

 なんて洒落はさておき。暗に何もできないし寝てるしかないと伝えてくれるとは優しいですね。

 ……いや、本人からすればそこまで考えてなさそう。少ししか言葉を交わしていなけど、この人が使命感に熱く人情深い女神様ってのは良くわかったし。


《おや、本当に何もできないのですか? いえ、ありますでしょう。私たちに与えられた特別な手段が》


 突如、地の底から響くような暗く恐ろしい声がすぐ近くから聞こえた。


「んん!?」


 驚きのあまり私はクッションから立ち上がってそのまま女神様の後ろへと駆け込み、その服にしがみついてしまう。

 急いで走ったためか手に持っていた空のグラスは床に落ちるが、幸いにも割れることはなかった。


《あなたは、なぜここに? あなたの管理世界はここではないはずよね?》


 女神がそれに向かって問いかける。

 私もつられてそれを目にして、心臓が止まるかと思った。

 そいつは人間ではなかった。

 人間ほどの大きさの大蛇が先ほどまで私が座っていたクッションの上でトグロを巻いていた。


《これはこれは異な事を、あなたも事態は察しているはず。その解決に向けて我らは大神おおみかみの使いとして参った次第にて》


 それだけでも恐ろしいのに、あろう事かその蛇は口を開けることもなく言葉を発した。そう、今私が縋り付いてる女神のように音波で伝わるようなものではなく、脳内に直接響く感じの言葉。

 それは目の前の大蛇は普通の大蛇なのではなく、神の一柱なのだと理解するのに十分であった。


《女神メルダ、確かに此度の件に関しては双方に落ち度があったのには違いない。しかしながらその結果大神の子が害を被るしかないというのはあまりにも理不尽ではないでしょうか》

《確かにそうね。しかし、今の私ではどうすることもできないわ。私に他世界の住人であった彼女へ新たな命を与えることはできないし、契約により使命を果たす能力を持たないまま転生させることも不可能。他に手なんて》


 そう言ったところで彼女の動きが止まる。

 まるで予想外の何かを思い出したかのような顔だった。


《思い至ったようですね。ええそうです。彼女を使徒にすれば良いのです。そうすれば彼女は定められた命から解放され、永遠の命とそれに耐えうる魂を獲得できるでしょう》


 使徒? 確かそんな言葉が外国の宗教に聞いたことがあるような気がするけど。

 なんて考えていると、すぐそばから女神の怒声が響く。


《正気!? ただの人間を使徒にしてしまうのはリスクが大きすぎる。英雄ならばまだしも彼女のような普通の女の子が使徒になっちゃったらすぐに私の神格に呑まれ、人格は消えてしまうわ! たとえ生きながらえたとしてもそれは彼女と呼べるような存在じゃない! ただの使い魔と同程度の存在に成り下がってしまうのよ! あなた方は自身の世界の子にそんな外道な手段を持ちいろというの!?》


 あまりの音量に耳をふさぐが、そもそも鼓膜から聞こえている音ではなかったからか全く効果がない。

 出来れば少しボリュームを落として欲しいが、私のために起こってくれているのがわかるので少し言い出し辛い。


《それこそまさかです。確かに彼女はただの女子おなごには違いありませんが、使徒にできないわけではありません。……麗泉れいせん夜詩乃よしの。こちらへ》


 急に名指ししないで、ビビるから。

 行きたくないなぁ。でもいかないと話進まないんだろうなぁ、と恐る恐る蛇神に向かう。


《素直でよろしい。では我らと大神の名において、汝に加護を授けましょう》


 そう言うと、突如跳ねるように蛇神の首が私の首筋目掛けて伸びてくる。

 あまりの速さと奇怪な行動に反応もできず、そのまま噛みつかれてしまう。


「痛!? ……くない?」


 思いっきり噛まれたはずなのに痛みは全くない。

 それどころか蛇神が引いた後に噛み付いた箇所を触ってみたが傷跡もないようだった。


《大神と我らの加護を彼女に与えました。これで彼女の人格が害されることなく使徒化できるでしょう。……ついでに変な権能も生えてしまうかもしれませんが、それはまあ、サービスということで》


 ちょっと、待って。今最後の方なんて言った??

 ていうか一般ピーポーに神様直々の加護とか恐れ多いのにも程があるんですけど。

 そう戦々恐々している私にかわり、女神が蛇神へと問いかける。


《随分と優しいのね。彼の大神は自身の子すら呪う冷酷な神とばかり思ってたけど》

《それは見解の相違というものですよ女神メルダ。大神にとって死とは怒りや恨みを晴らす手段ではありません。数多の天津神や国津神と異なり、黄泉の国の主である大神が現世の人間たちと直に触れ合うことなどありません。穢れに塗れた黄泉の瘴気、それも大神が纏うそれは見ただけで並の生命は狂死してしまうからです。母なる大神にとって死を与える行為は我が子の苦しめるためではなく、嘗て自身に屈辱を味あわせたより愛しい我が子たちを奪還する手段なのです》


 黄泉の国、伊奘諾尊、大神、穢れ、そして蛇。

 神道関係の人ならわかるやばいワードがずらずらと出てくる。そして与えられた加護が元の世界の日本でどれだけ恐れ多く、良くも悪くもやばいものだということを心底理解させられた。

 なるほどね。確かにその神様なら私のことを自分の子供扱いするし、蛇神の部下もいる。

 けどどうしてそんな雲の上の上のその又上に座すような神様が私なんかを気にかけてくれるのだろう?

 そう思っていると、私の考えを見透かしたかのように蛇神が、いや八雷神やくさいかづちのかみが答える。


《本来ならば彼女は普通の女性として一生を終え、死後は黄泉の国へ招かれるはずでした。しかし此度の一件により彼女は異界へと連れ去られたことを大神は甚く悲しんでおられました。幸いにも彼女には我らと大神の加護を受けるに十分な素質があるようだったので、異界へ渡る我が子への選別として加護を授けることになったのですよ。ですが、まさか肉体ごと転移した故に転生不可能な状態へ陥っているとは流石に予想外でしたが》


 クスクスと神様は笑う。いや笑い事じゃないが。


《でしたら先に転生した他の子達はどうするの? 彼らに加護を与えようにも既に転生して、いくらあなたでも他の世界の生命に干渉できるほどの力はないよね?》

《ああ彼らですか……。。彼らの死後は閻魔かキリストの管轄になる予定だったので。大神からすれば悲しいことですが、それも我が子の決めたこと。神道以外の道を選んだ子には大神の力は届かないので、我らから彼らに与えるようなものは何もありません》


 割とシビアですね、はい。

 けれどわからない話でもない。

 他の家に嫁いだ娘に変わらずぐちぐちと言うような親は嫌われるって言うしね。


《……ああ、そういえば。肝心の本人に意思を確認するのを忘れていました。麗泉夜詩乃、あなたはどうしたいですか?》


 唐突に話題を振らないで欲しい、ビビるから。


「えっと、確か私が使徒になるって流れじゃありませんでした?」


 思わずちょっと声が上擦ってしまう。

 幼い頃より教わった神話の神が目の前にいるのだから仕方ないっちゃ仕方ないが、少し情けない。


《それは使徒化があなたにとって最善の手段である、と言うだけの話です。あなたが永遠にここで暮らすことを望むのならば我らは何も言うことはありませんし、加護を取り上げるような真似もしません。使徒になるとあなたは女神メルダの眷属として扱われることになるでしょう。ある程度の自由や権能と引き換えに、あなたは今後永遠に近い時を女神の代行者として活動しなくてはなりません。ここで無意に時間を過ごすよりは有意義ではありますが、それが嫌なのならば使徒にならないと言うのも一つの手段ではあります》

「…………もし何もせずに強制的に転移したらどうなりますか?」


 最悪の場合としてはそれもありかと考えてはいた。

 まあ、寿命がないので転移した先で仮死状態の後に死亡か、ワンチャン生きてたとしても英雄さんと同じ末路になりそうだったから言わなかったけど。


《それは不可能です。契約を果たす能力を有していない転生は前持って封じたので。これが認められてしまエば極端な話、転生する百人の魂の内九十九人を生贄にして最強の一人を作り上げる外法なんてこともできてしまいますから》

「よくできてるなぁ……」

 

 蛇神の代わりに女神が答える。

 となると永久ニートか永久社畜の二択か、すさまじいな。

 ……。

 …………。

 ………………うん、決めた。


「不束者ですが、どうか私を女神様の使徒にしてください」


 私は女神様に向かい深々と頭を下げてそうお願いした。




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解説コーナー


・【八雷神】

とある女神が死後黄泉の国に渡り、そこで産んだ八匹の蛇の形をした神々。

それぞれが雷に関する現象を表したものとされている。

ここにいる蛇神もその内の一柱であり、浄化と回復能力を持つ若雷神である。

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