三 友達の真相

 それからまたしばらく経った後、わたしはお盆で久方ぶりに実家へ帰省しました。


「――あ、そうそう! 子どもの頃、おとなりって洋館だったじゃん」


 その頃にはイマジナリーフレンドの話もすっかり忘れてしまっていたのですが、何気におとなりに建つアパートを見た時、ふと思い出してわたしは母親に話しました。


 なかなか素敵な建物だったけれど、いかんせん古い建物のせいか買い手も借り手もいなかったらしく、ずっと空き家だったあの洋館はしばらく前に取り壊され、今は三階建てのアパートが建っているのです。


 景観的にも、わたしとしては洋館のままの方がよかったのですが、まあ、持っているだけでも維持費とか固定資産税とかかかってくるし、地権者としてはそうも言っていられないのでしょう。


「でさあ、まだ保育園行ってた頃にその洋館でわたし、サヨちゃんっていう同い年くらいの女の子とよく遊んでたんだけど、お母さんはその子見たことある?」


「………………」


 ほんとに〝サヨちゃん〟が空想の産物なのかどうかを確かめる意味もあって、わたしは母に訊いてみたのですが、母は驚いているとも怪訝にしているともいえるような、なんとも奇妙な表現を浮かべて固まっています。


 この反応、やっぱりイマジナリーフレンドだったみたいだな……まあ、いきなりこんな話切り出されたら、そういう顔にもなるか……。


「ああ、心理学部の友達がいうにはね、どうもイマジナリーフレンドってのみたいなの。空想上の友達っていうのかな? 小さな子どもはけっこうみんな、そうした友達を持ってるらしいんだよね」


 わけがわからないといった様子で変な表情のままでいる母に、わたしは慌てて友達の受け売りの説明をしました。


「へえ、そうなの……そんな不思議なこともあるのね……」


 しかし、説明をしても母は生返事をするばかりで、あまりよく理解していない様子です。


 まあ、わたしだって最初は俄かには信じられなかった話です。むしろ、「幽霊の友達だ」と言われた方がすんなり受け入れられるかもしれません。


 あるいはその頃のわたしがサヨちゃんの話ぐらいはしたことあったんじゃないかとも思ったのですが、母はまったくの初耳だったみたいです。それとも、わたしが話しても子どもの戯言だと聞き流し、ただ単に憶えていないだけなのか……。


 ともかくも、せっかくわたしが思い出して興味深げに話を振ってみても、対する母の反応はイマイチかんばしくはなく、その話はそれっきりで終わってしまったのですが……。


「――おい、おまえ、ほんとに憶えてないのか?」


 やはり帰省していて家にいた兄が、わたしと母が話しているのを傍らで聞いていたらしく、後でわたしが一人でいる時に声をかけてきました。


「憶えてないってなにが?」


「だから、そのサヨちゃんって子のことだよ」


「え? もしかしてお兄ちゃん、サヨちゃんのこと知ってたの!? ひょっとして、あの頃、わたしから話聞いてたりとか? じゃ、じゃあ、サヨちゃんがイマジナリーフレンドだったってことは?」


 思いがけない兄の言葉に、わたしは少々興奮気味に訊き返しました。


 兄は意外と頭がよく、けっこう鋭いところもあるので、わたしにイマジナリーフレンドがいたことをじつは以前からわかっていたのかもしれません。


「違う! あれはイマジナリーフレンドなんかじゃない! あの子は確かにあの洋館にいた・・んだ」


 ですが、兄はさらに予想外のことを口にし始めたんです。


「え? ……ちょ、ちょっとどういうこと? サヨちゃんはわたしの空想じゃなくて、実在する友達だったってこと?」


「やっぱり何も憶えてないんだな。まあ、まだ保育園児だったからな……あのとなりに建ってた洋館、あそこで何があったのかは知ってるか?」


 幼い頃の友達が空想上の存在だと言われたと思ったら、今度は逆にやっぱり実在するのだと反対のことを教えられ、もうジェットコースターの如く乱高下するわたしの心情など無視するかのようにして、なおも兄は奇妙な話を続けます。


「何があったかって……どういうこと?」


「あの洋館は昭和の初めに建てられたものらしいんだけど、戦後の混乱もようやく落ちつきを見せ始めた頃には実業家の親子三人が住むようになっていてな。でも、ある日の夜、強盗が押し入って幼い娘が殺害される事件が起きたんだ」


 その新事実にわたしはまたしても驚かされました。まさか、おとなりでそんな凄惨な事件が起きていたなんて……。


「両親も重症を負ったけどなんとか命は取り止めたそうだ。でも、愛しい一人娘が殺された家にはやっぱりいたくなかったのか? すぐに引っ越して、その後はずっと空き家のままだ。そりゃあ、今風にいえば、殺人事件の起こった事故物件だからな。好き好んで住もうなんてやつはいねえよ」


 そうか。それでずっと、あの洋館は空き家のままだったんだ……。


「所有者はその実業家だったのか? 俺達が子どもの頃になってもそのままずっと放置されてたわけなんだけど……そんな時、おまえが変なこと言い出したんだよ。あの洋館で〝サヨちゃん〟っていう友達と遊んでるって……」


 そして、いよいよ兄の話は肝心な〝サヨちゃん〟と繋がり始めます。


「当時はそんな名称も知らなかったけど、最初は父さんや母さんもいわゆるイマジナリーフレンド的なおまえの空想だと思ってたみたいだ。ところが、おまえの話が妙にリアルだったし、その内、父さんに母さん、それに俺まで、真夜中にあの洋館の窓からこっちをじっと見つめている赤いワンピースの女の子を目撃しちまったんだ」


 赤いワンピース……それは、わたしの記憶しているサヨちゃんの服装とも一致しています……でも、真夜中に空き家であるはずのあの洋館の中にいたというのは……。


「そこで、父さんが図書館で古い新聞調べたりなんかしてわかったことなんだが……その強盗に殺された実業家の娘の名前っていうのが、案の定、〝小夜さよ〟だったんだ」


「サヨ!? ……ちゃん……」


 わたしはその驚きと衝撃に、頭をガツン! とハンマーで殴られたような感覚に襲われました。


 ……まさか、まさかあのサヨちゃんが、その殺された女の子の霊だったとでもいうのでしょうか!?


「おまえが忘れてるようだったから、さっき母さんははぐらかしていたけど、もう、おまえが娘の霊に取り憑かれたって大騒ぎさ。有名な霊能者の人にお祓いしてもらって、魔除けの水晶の数珠をおまえに着けさせたりしてな。そしたら、ちょうど小学校に上がって生活環境が変わったことも幸いしてか、おまえも徐々にそのサヨちゃんの話をしなくなっていったんだ。記憶が曖昧なのもそのお祓いの影響なのかもしれないな」


 確かに、わたしがサヨちゃんと会わなくなったのは小学校に上がった頃からです……それは、彼女が違う学校へ通っていたからでも、それがわたしの空想の産物だったからでもなく、そのお祓いによってサヨちゃんが見えなくなってしまったからだったのでしょうか? ……そういえば、小学校低学年の頃、常に数珠みたいなブレスレットをしていたような気がします。当時はビーズか何かのおもちゃだと思っていましたけど……。


「で、相続したその実業家の親族が不動産業者に売り払ったのか? 事情はよく知らないけど、ようやく最近になってあの洋館が取り壊されて今のアパートが建ったわけなんだけどさ……」


 今になって知る〝サヨちゃん〟の衝撃的な新事実に、わたしが唖然と呆けている内にも兄はさらに驚くべきその後日談を付け加えます。


「これ、ネットとかでウワサになってるようなんだけど、今でもとなりのアパートで目撃されるらしいんだよ……赤いワンピースを着た幼い女の子の幽霊が……」


 ……そっか……サヨちゃん、まだ、おとなりにいるんだ……。


 その話を聞いたわたしは、今も現れる彼女の幽霊に恐怖を感じるというよりも、むしろどこか嬉しいような感情を抱き、思わず口元には自然と微笑みを浮かべてしまいました。


 実際にはどこにもいない、ただの空想の産物だと思い込んでいた幼い頃の友達が、たとえ幽霊であろうと本当に存在してくれていて、その上、今もそこに居続けていてくれるのですから……。


                  (イマジナリーフレンド 了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

イマジナリーフレンド 平中なごん @HiranakaNagon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ