第3話 コスプレ

 二つの国の女王が忽然と消えた。女王が失踪すれば大事件。大きなニュースになっているかな。テレビを確認したけれど失踪に関する話題は無い。何故かな。

「憑依すると、憑代に関する記憶は書き換わるのだ」

「初めから存在しないことになっておるのじゃ」


 早く教えてほしかったかな。

「質問されておらんのだ」

「初めに認識阻害について伝えたじゃろ」


 人前に出てもすぐに問題になることは無さそう。

 せっかく大人になれたから出掛けてみたいかな。

「何故歩くのだ? 飛行で移動すれば良いのだ」

 飛んだら目立つかな。

「認識阻害すれば見えぬのじゃ。それに、転移すればすぐに着く。何故歩くのじゃ?」

 人間は無駄なことをしたい生物だからかな。

「理解できぬのじゃ」

「我は賢いから理解できるのだ」


 ドッドッドッド。車が低音を響かせて通り過ぎる。すぐに後方から同じ音が近付いてくる。嫌な予感——私たちの真横にぴったりとくっつき、窓が開く。

「お姉ちゃんたち、楽しいところに行こうよ」

 いくら人生経験が少ないとはいえ、関わってはいけないことくらいは本能的にわかるかな。

「貴様らはなんなのだ?」

「耳障りじゃ」

 悪魔には本能が無いのかな。面倒なことに巻き込まれたくないから刺激しないでほしいかな。

 案の定、車から男たちが降りてきて囲まれる。

「あん? 調子こいてんじゃねえぞ!」

 腕を掴まれ、またたく間に車に引きずり込まれる。


 この後、何をされるかくらいわかる。扉を閉められてしまったら助からないかな——

「助けてー!!」


「何故突然大声を出すんじゃ?」

「ゴブリンごときに騒ぐでないのだ」

 ナンが指を鳴らすと男たちは忽然こつぜんと消える。

雑魚ざこを始末しても経験値は入らぬのだ」

「リヤン、奴らの所持品を確認するのじゃ。エネミー【Enemy】を倒すと金品の所有権を得られるのじゃ」


 多くのゲームがそういう仕様になっている。だからそのルールを抵抗なく受け入れられた。お金はいくらあっても困らないから全て回収。要る物は——持っていないかな。でも、車と運転手の免許証だけ貰っておこうかな。


 私自身は年齢が足りていないから運転免許証を所持していない。運転経験も無い。でも、ゲームでは様々な方法でスキルを習得できる。もしかすると——

「他人の技能を貰うことはできるかな? この車を動かしたい」

「是。じゃが、動かしたいだけなら所有者を使役し動かさせれば良いじゃろう」

 ナルが指を鳴らすと先程消えた運転手が出現する。

傀儡かいらい化しとるから命令すれば従うのじゃ。好きなように使うと良いのじゃ」


 殺したと思ったかな。

「転移させただけなのだ。悪魔は命に触れられんから直接殺すことは無いのだ。神や天使と一緒にするでないのだ」


 気になるところがあったら止めてもらえば良いかな。街中を適当に走るよう指示する。窓の外を眺めていると、公園の人だかりに目を奪われる。

 カメラを構える人が大勢居る。レンズが捉えるのは可愛い衣装を纏うコスプレイヤー。案内看板には『ワールドコスプレパーティ』と書かれている。


「あそこに行きたいかな」


 運転手は最寄りの路肩に車を止め、扉を開ける。

 車を降り、入場口を探してみたが見つからない。ウロウロしていると、スタッフと書かれた腕章を付けている人を見つけた。

「入場手続きはどこで出来るかな?」

「コスプレイヤーとカメラマンはコンビニで参加チケットを購入し、そこの階段を降りたところで受付けをします。一般の方は無料ですので、そのままお入りいただけます」


 地下に降りると地上よりも大勢のコスプレイヤーが居て、カメラマンの行列が乱立していた。カメラマン以外のほぼ全員がコスプレをしている。みんなアニメからそのまま出て来たようなクオリティの高さ——


「我の格好は馴染んでおらんのだ」

「衣装替えが必要じゃ」

 衣装を買えるお店を知らないかな。

「心配無用じゃ。変えたい服装をイメージしてくれれば、その通りに変えられるのじゃ」

「我にかかれば容易いのだ!」


 公衆の面前で突然服装が変わると目立つ。三人で車へ移動し、言われた通りにナルとナンのコスプレ後の姿をイメージする。

 目をつむれとは言われていないけれど、なんとなくつむった。だけれど開けるタイミングがわからない。

「開けて良いのだ」

「衣装替えは一瞬なのじゃ」

 目を開けると二人は私が思い浮かべた通りの姿になっていた。


 羨ましい——


「次はリヤンの番じゃ」


 対価に魂を返せとか言われるのかな。

「何を言うておるのだ。もう貰ったのだ」

「お返しをせねばならんのじゃ」

 二人は嬉しそうに衣装を見せびらかせてくる。


「じゃあ、お言葉に甘えようかな」

 一瞬で思い浮かべた姿に変わる。


 衣装に着替えたのでコンビニに移動し、三人分のコスプレ参加チケットを購入する。

 受付けに渡すと参加証と交換してもらえた。


「我も周囲に馴染んだのだ」

「衣装替えして良かったのじゃ」


 コスプレイヤーを近くで見たいけれど、行列は撮影者専用のよう。カメラを持っていないから並ぶことが出来ない。ウロウロしていると、カメラマン参加証を首から下げている人に声をかけられる。

「写真撮らせてもらっても良いですか?」

 大きなレンズを付けた黒いカメラを持っている。


 立派なカメラで写真を撮ってもらった経験は無い。緊張するけど、せっかくだから撮ってもらおうかな。

「はい。よろしくお願いします!」

「あはは。初々しいね、もしかして初参加かな」

「はい。撮っていただくのも初めてなので緊張しています」

 失礼が無いよう、使い慣れない敬語を並べる。


 カメラマンは一人ずつと三人での写真を撮った。

 SNSのアカウントを持っていれば、撮った写真を送ってくれると言われた。SNSアカウントどころかスマホすら持っていないことを悔やむ。写真を見られなくて残念だと漏らすと、名刺を手渡された。

「SNSに写真を上げても良ければイベント終了後、ここに書かれているIDに写真を載せるよ。ネカフェとかからでも見れる」


 三人で撮ってもらった写真を見たい。

「ありがとうございます。お願いします」


 カメラマンは一瞬遠くに視線を移す。

「次の人が待っているからそろそろ行くね。撮らせてくれてありがとう」

 人気のカメラマンなのかな。良い思い出ができた。時間を割いてくれたことに感謝し手を振り見送る。


「写真お願いします」

 今撮ってもらったばかり。どういうことかな?

 声の方を向くと、三人各々に行列が出来ている。

「我の列が一番長いのだ!」

「貴様の目は節穴なのじゃ。我の列はあそこまで続いておるのじゃ」


 一人あたりの撮影時間は五分程度の短時間。

 でも、撮影が終わるとすぐに次の撮影が始まる。

 かれこれ一時間、絶え間なく続いている——


 いつ終わるのかな。このままずっと続くのは辛い。


 ナルが行列に並んでいる人に向けて声を放つ。

「休憩したいから、この三列を今並んでいる人までで止めてもらいたいのじゃ。それと、申し訳ないが撮影枚数を一人五枚までにしてほしいのじゃ」


 ごめんなさいを言えなかった、あのナルが『申し訳ない』という言葉を使えた。それがなんだか嬉しい。


 後方の並び始めて間もない多くの人は去ってくれた。残ったのは各十人程。長時間待ってくれた人達だから、あと少し頑張ろうかな——


 ようやく三人とも最後尾の人の撮影が終わった。

 飲み物が欲しい。コンビニを目指して歩く。


 思考を操作すれば言葉を発せずとも行列を解散させられたのに、ナルがそうしなかったことが意外。何故言葉で伝えたのかな。

 ナルが参加証を手に取る。

「見るだけなら認識阻害すれば事足りるのじゃ。じゃが、リヤンは皆と同じように参加することを望んだ。じゃから不用意に能力は行使せん」

 ナルが能力を使わなくても、ナンは使える。

ナンは何故能力を使わなかったのかな。

「悪魔の役目は願いを叶えることなのだ。強制的に解散させることは、待ってでも撮りたいという願望と相反するから不適切なのだ。それにきょうがれるのだ」


 二人は初めてできた頼れる友人。

 もしも一人で来ていたら、私はコスプレをしようとは思いもしなかったかな。それ以前に、一人だったらここに来ることもなかったかな。


 二人と一緒だから楽しめている。

 もっと楽しみたいかな——


 買ったお茶を飲みながら少し休んだ後、最初に目を惹かれた芝生の広場へと移動する。屋外でコスプレをできる機会は無い。違法ではないけれど白い目で見られる。だからこの機会に堂々と闊歩かっぽしてみたいかな。


 地下は周りが見渡せない程、大勢の人で埋め尽くされていたけれど、広場はベンチや芝生に座って談話している人が多く居てゆったりとしている印象。空いている芝生に三人で座る。風が心地良い。


「写真撮らせてもらっても良いですか?」

 ここは撮影会場でもある。カメラマン参加証を持っている人は、撮影するために来ている。


 でも、撮りたいのはきっと私ではないかな。

 小さな劣等感を感じていた。


 ナンは魔王。ナルは堕天使。衣装は二人をイメージしたもの。立居振舞たちいふるまいが様になっている。はたから見れば二人は役になりきっているようにしか見えない。

 でも、私は魔法少女ではない。

 ただ衣装を着ているだけ。緊張や恥ずかしさによるぎこちなさが自覚できるほどに滲み出ている。


 だから、撮りたいのはきっと私ではないかな。


 ナルは私の腰に手を回し、カメラマンに向けて押し出す。

「初参加で不慣れなんじゃ。可愛く撮るのじゃぞ」

 カメラマンはにっこりと微笑む。

「任せてください!」


 彼は私にポージングを求めない。指示は「その場でぐるぐる回って」、「この範囲を上下にジャンプしながら動いて」、「もう少し髪を振って」というもの。

 先程までの撮影ではポーズをとり、カウントダウンとともにシャッターを切られていた。カメラの知識は無いけれど、動いていたらピンボケすることくらいは知っている。


「良いと言うまで止まっていて」と言われて止まっていたら、レンズの前でペンライトを振り始める始末。


 私なんか、ちゃんと撮る価値が無いのかな——


 しかし、彼が切り取った世界を見せられて驚嘆きょうたんする。私が見ている世界と全く別物。

 昼間なのに、私以外は明け方のように薄暗い。私だけが浮き出て舞っているように見える。

 思わず振り返る。後方には大勢の人が居る。それなのに写真の中には存在していない。ここにある全てが私を彩るためだけに存在する色となっている。


 私のためだけにあるような世界——

 小さな画面の中に広がるその世界の虜になる。


「すごい……魔法かな」

 ナルが後ろから覗き込む。

「美しいのじゃ、我も撮って欲しいのじゃ!」

 ナンもナルの隣から覗き込む。

「綺麗なのだ。我も撮って欲しいのだ」


 カメラマンは快く応じる。ナルとナンの撮影が終わると、カメラマンが背負っているバッグからタブレットを取り出す。

「大きい画面の方が見やすいよ」

 画面には今撮影した写真が表示されている。

「見やすいのじゃ」

「すごいのだ!」


「持ってきた甲斐があったよ」

 カメラマンがタブレットの画面を指で触ると写真の色や明るさが変わる。瞬く間に映画の一シーンのように変貌へんぼうしていく。

 写真を編集する過程を眺めていると質問される。

「この後の予定は? 良かったら落ち着いた場所で撮影の続きしない?」

 色々な人に撮ってもらうのはもう満喫した。綺麗な写真をもっと撮ってもらえる方が嬉しいかな。

 うなずくと、カメラマンは手際良く機材を片付ける。


 目的地に向かって歩くカメラマンから離れないようくっついて歩く。初めて来た場所だから、はぐれてしまったら迷子になる——


 建物の中に入っていく。ここが目的地なのかな。

 入ってすぐの場所に部屋を選択する画面があった。カメラマンは慣れた手つきで流れ作業のように選択ボタンを押し、廊下を奥へと進む。

 開けた扉の向こうには先程見た部屋がある。


 カメラマンは備え付けの冷蔵庫から飲み物を三本取り出し手渡してくる。

「疲れたでしょ、準備する間休んでいて」

 飲み物に薬を入れられるというのをテレビで見たことがある。だから冷蔵庫から取り出すところから見ていた。飲み物に何かを入れたり細工はしていない。

 飲んでも大丈夫かな。飲み物を受け取ると、彼は休むことなくバッグから機材を次々に取り出しコードをコンセントに差し込んでいく。


「そこに座ってもらえる?」

 準備ができたのかな。言われた通りに座る。

 彼はカメラ越しに私を見る。

「うん。足をカメラに向けて伸ばして上半身を後ろに反らせてみて」

 足を伸ばし身体を反らせた瞬間、カシャっという音とともに眩しい光に包まれる。


「あっ、忘れてた」

 思い出したようにそう言うと、充電していたタブレットを持ってきて私の正面に置く。

「カメラで撮る内容がこの画面に映し出されるよ」

 ナルとナンにはイベント会場で見せてもらっていたタブレットが渡される。

「これで、えーと……」

 私の顔をチラリと見るカメラマン。

「リヤンなのだ」

「リヤンさんと同じ内容を確認できるよ」


 丁寧に作り込まれた部屋が写真を彩る。

「三脚があれば……」

 残念がるカメラマン。

「三脚とはどういう物なのだ?」

「カメラや照明、タブレットを固定できる道具だよ」

「どこに固定したいのだ? 我に任せるのだ」

 私を照らしている照明を手に取り、頭の位置で固定するカメラマン。

「助かる。この辺りで持っていて」

「わかったのだ。手を離して良いのだ」

「良いのだじゃないよ。離したら落下するでしょ」

「浮遊魔術を掛けたから落ちないのだ」

 ナンはタブレットを宙に浮かせて見せる。

 恐る恐る手を離すと照明はその場に浮き続ける。

「すげー! マジシャンなの?」

「違うのだ! 我は魔王なのだ」


 ナンが評価されていることを不快に感じるナル。

 照明を再現した光源を魔法で作り出し浮かべる。

「我の方がすごいのじゃ。光らせるだけなら道具すら不要じゃ」

「すげー! 色合いと光源の大きさを変えられる?」

「容易いのじゃ」

 魔法で作られた光源の一つを指差す。

「これの赤みを増して、大きさを三倍にしてみて」


 ナルは光源の色を少しずつ変化させる。

「ストップ」の合図で変化を止める。


 ナルはピカッと光るストロボの挙動も難なく再現する。カメラマンは役割を失った機材を片付け、ナルが操る光源を活用し撮影を再開する。


 素敵な写真をたくさん撮ってくれた。

 だからこそ引っかかることがある——


「カメラマンさん。何故私たちを誘ってくれたのかな。あなたが撮る写真は素敵だから、きっとみんなが撮って欲しいと思うかな」


 言いたくなさそう。

 きっと何かある。話し始めるまで待つかな。

「このホテルの部屋は内装が作り込まれていて、イベント会場から近いから昔からスタジオ代わりに使っているんだ」

「うん。私も素敵だと感じているかな」

「有名なレイヤーさんをいつも通りにここで撮影しようとした。ただ、場所が場所だから誤解されてSNSで変態カメコと拡散されてしまった。それ以来誰も撮らせてくれなくなっちゃった」

「あなたはその人に何かしたのかな?」

「何もしてないよ」

「あなたはその出来事を無かったことにしたいかな? 悪魔は願いを叶えられる。もしもあなたが望むなら助けられるかな」

「無かったことにしてほしい……」

「わかった。ナルかナン、好きな方を選ぶと良いかな」


 選ばれたナルが口上こうじょうを述べる。

「汝の願いを叶えてやる。我が名において契約を締結しようぞ」


 契約内容に不備があってはいけない。

「願いは具体的かつ正確に述べることを勧めるかな」


 彼は望む。

「三年前。僕に貼られた変態のレッテルと、それに起因する全ての事象を無かったことにしたい」

「代償には何を差し出すのじゃ」


 三年間も苦み続けた彼に失うことを求めるのは酷。

 結果と起源はつい——

「彼に代わり私が答えるかな。その事象の起源、変態であると拡散した者の全てを差し出す」

 

「うむ。契約成立じゃ」

 ナルは忽然こつぜんと消え、女性を二名連れ戻る。

「離せよ! うちが何をしたって言うんだよ!」

「うちにこんなことをして、どうなるかわかってるのかよ! 覚悟しておけよ」

 二人は拘束を振り解こうと暴れている。


 何故二人居るのかな——

「こやつらは共謀きょうぼうし、陥れる目的で虚偽きょぎの情報を拡散しておったのじゃ」


 胸糞悪い——不快——怒りは一気に沸点に達する。

 悪魔一体を召喚するには十分な負のエネルギー。【ナニカ】を書き殴り、床に置くと漆黒しっこくのモヤが立ちのぼる。現れた悪魔はサキュバス【Succubus】。


 裁くのは神、刑を執行するのは天使。悪魔ができることは契約に基づき願いを叶えることまで——


 ただし、命令には従う。


「この二つを共用憑代とし、夢の中で行っていることを実体にて遂行せよ。活動内容は全てこやつらのSNSにて発信せよ」

 サキュバスは「御意ぎょい」とだけ返事をし、二つの憑代とともに消える。



「あとは、あなたの記憶を消したら完了かな」



 カメラマンの記憶から、私たちは消える——

 出会いは変態のレッテルに起因し生じたもの。起因が無ければ接点を持つことは無かった。だから契約に基づき消失する。

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