第2話 二体の悪魔
お絵かきに夢中なリヤン。
【Rien】『何も無い』という名を持つ少女。
『絆』を意味する【Lien】と間違えて付けられた。
名前の通り、特出する才能はない。
毎日絵を描き続けているけれど絵心は育たない。
今描いているのは、ぐちゃぐちゃの【ナニカ】。
部屋を埋め尽くさんばかりに散乱する【ナニカ】。
いつものように描き終えた【ナニカ】を床に置くと
びっくりした拍子に両手を上げると、手の動きに合わせるように床から一気に
二体の足の下の【ナニカ】を取ろうと引っ張る。
「踏まないでくれるかな」
足元に視線を落とす二体の悪魔。踏んでいる物に描かれているのは
悪魔には召喚者と契約をする決まりがある。
二体は取っ組み合った状態のまま口を揃える。
「汝の願いを叶えてやる。我が名において契約を締結しようぞ」
契約前の定型文。全ての悪魔が同じ台詞を述べる。
私はそんなことよりも目前の問題を解消したい。
「とりあえず退いてくれるかな。喧嘩は
二体は要求に従い、その場で浮遊する——次の行動を待ってみたけれど何も無い。あるべき行動が無い。
「悪いことをしたら、ごめんなさいかな」
「対価に魂を」
お詫びのつもりかな。でも反省しているようには見えない。むしろ開き直っているような印象。物で解決しようなんて甘いかな。ちゃんと謝るまで許さない。
「もらっても使い道が無いから要らないかな」
「違うのだ! 我が貴様の魂をもらうのだ」
一体は反省しない。もう一体は応答すらしない。
この子たちには教育が必要かな。両手を伸ばし右手と左手で二体の
「何を言っているのかな? 悪いことをしたのは君たち。反省しない悪い子の魂は私が預かっておくかな」
「我が貴様の」
やっぱり反抗してきた。
「うるさい! 契約成立かな」
契約は成立の宣言をもって締結される。
リヤンが魂を
お絵かきを再開するリヤン。しかし落ち着かない。
両隣に
「君たちの
「
視界に入っても気にならない——丁度良い物を見つけた。部屋の隅に投げ捨ててある丸めた紙を指差す。
「その紙に憑依してくれるかな」
腕を組み、呆れたような態度を示す。
「魂があるモノにしか憑依できぬのだ。我のような高位悪魔の憑代は、相応のモノでないと崩壊するのだ」
否定することが当然のような偉そうな態度。
態度は気に入らないけれど、紙が崩壊して液状化したりすると片付けが面倒だから考えてあげようかな。見られていても不快にならなくて、可愛くて愛でたくなる相応のモノ——
「猫とかかな?」
「我の話を聞いておったのだ!? 契約者より劣る種族は駄目なのだ」
私よりも猫の方が尊い。『劣る』の判断基準が謎。私と同じなら文句を言わないのかな。
「人間なら誰でも良いかな?」
「契約者より
同じことに対する文句は無かった。でも何故私よりも上でないと駄目なのかな——
主導権を握っているのは私。
「君が主を超えるのはおかしいかな」
「上でなければ、下の悪魔に示しが付かぬのだ!」
偉そうな態度を取っているけれど、器は小さい。
「それは君の都合。私には関係ないかな」
「良い憑代に入ればより強い力を発揮できるのだ」
はぁ——ため息しか出ない。
「君はお願いしますという言葉を知っているかな? 願望を叶えたいときはお願いするかな」
「知っておるのだ。皆、我に
「で?」
「お願いするのじゃ」
無言を貫いていた方の悪魔が口を開いた。話すことが苦手な人のことは痛いほど理解できる。頑張って出来るようになったことを褒めてあげたいかな。
「よく出来ました。ご褒美として願いを叶えてあげようかな。憑代は面識がない人でもいいのかな?」
「
「我の憑代はそやつより良いモノにするのだ」
「
現れたときも喧嘩していた。少しでも差を付ければ喧嘩になることが目に見えている。誰が良いかな——誰でも良いのなら、すごく地位が高い人にしてみようかな。王と王妃だと王が優位だから駄目。双子でも、姉と妹の差があるから妹側が不服だと言い出すかな。
全く同じ条件の二人の別人——
「本国の王女さまと、隣国の王女さまはどうかな」
二体の悪魔は何も言わずに
どこに行ったのかは察しがつく。でも王女の警備は厳重。連れてこられるはずはないかな。
やっとお絵かきに集中できる——
悪魔は浮遊している。【ナニカ】を踏んだことで魂を取られた。流石に学習したのかな。
しかし二人の王女は、大切な作品を踏んでいる。
「踏まないでくれるかな」
二人が踏む【ナニカ】を引っ張る。
足が私を踏みつける。
「誰に言っているのかしら。
痛い。私を踏みつけているのは、誰の足かな。足の先にあるのは隣国の王女の顔。
パシーン!! 隣国の王女の
「頭が悪すぎて状況を理解できないのかしら」
声がする方に視線を移す。冷静を装っているけれど身体は小さく震えている。左手をぎゅっと握りしめ震えを抑えようとしている。
「ふはは! 我はこっちを気に入ったのだ」
偉そうな悪魔は隣国の王女の身体に憑依する。
「我はこっちを気に入ったのじゃ」
静かな悪魔は本国の王女の身体に憑依する。
二体の悪魔の好みが分かれ、即座に
「憑代の条件は同じ。だけれど今は私を踏んだ方が評価は下かな。評価はこれからの行動次第で適宜変えるから競い合うといいかな」
「すぐに我が上になるのだ。我が一番なのだ」
「我がずっと上じゃ」
憑代の条件を同じにしたのに、取っ組み合いが始まってしまった。犬猿の仲みたいだから仕方ないかな。見た目がグロテスクでなくなった分、不快感は大きく低減されたから良しとするかな。
そういえば、名前はあるのかな。
「我はサタンなのだ」
「我はルシファーじゃ」
私が読んだ
「我をこやつと一緒にしてほしくないのだ」
「それは我の台詞じゃ」
ん? 声に出していないのに何故応答するのかな?
「我は最高位悪魔なのだ。読心くらい容易いのだ」
「我が最高位じゃ。洗脳も容易いのじゃ」
性格は真逆なのにキャラは被っていて双子みたい。
二人の外見を寄せることはできるかな?
「我にかかれば容易いのだ」
「そういえば憑代がお主より上であることが不服そうじゃったな。年齢を下げてお主に寄せてやるのじゃ」
一度は寄せた二人の外見。しかしお互いに相手に似ているのは嫌だと主張し異なる見た目に落ち着く。
憑代の年齢を操作できたということは、私の年齢を上げることもできるかな? 大人になれると行ける場所が増える。
「容易いのだ。どこへでも転移させてやるのだ」
物理的な移動のみであれば転移で解決できる。だけれど中に入った後に排除されるかな。
「認識阻害すれば人目を気にする必要ないじゃろ」
見ることのみが目的なら良いけれど、参加して楽しむことはできないかな。
人間が能力を使えるようにすることもできるかな?
「可能なのだ。ただし対価はもらうのだ。使いたい能力があるのだ?」
私が行使する必要は無いかな。君たちを
「魂を返してもらえると思ったのに残念なのだ」
かなり凹んでいる。それだけ期待が大きかったのかな。サタンは正直者——
サタンとルシファーは誰でも知っているほど有名な悪魔の名前。人前では呼びにくいかな。
「
「そうじゃ、憑代の名前で構わんのじゃ」
それは君たちの名前ではないから不適切かな。
サタンはナン【None】、ルシファーはナル【Null】でどうかな。意味は私の名前と同じ。『何も無い』。私を含めて、私たちには上も下も無い。全員同じ。
ルシファーが先に受け入れる。
「……我はナルの名を貰い受けるのじゃ」
サタンも受け入れる。
「我はナンの名を貰い受けるのだ」
二人は躊躇う態度を示した。私と同じ名前は気に入らないかな? 嫌なら他の名前を考える。
「否。他の名ならば拒んだのじゃ。同じ名じゃから受け入れた。躊躇ったのは……名を付けた者には絶対服従しなければならんからじゃ」
「ナルにできることが出来ぬのは負けるようで許せぬから受け入れるのだ。名前に不服は無いのだ」
こうして二人の名はナルとナンに決まった。
憑代の見た目は変わった。この状態で二人が王女だと気付かれる可能性は無いのかな。
「人間ごときに我の認識阻害は破れぬのだ」
「認識阻害は全ての者に影響するのじゃ。憑代と別人と認識させることも可能じゃ」
人工知能とは知的行動を機械に行わせる技術。大量のデータを元に一致するか否かを判断する。
「困難なのだ」
「別の憑代を合成すれば一致はせんじゃろう」
合成する憑代も高位でなければならないかな?
「使うのは一部分だけじゃから何でも構わぬのじゃ」
猫でもいいかな?
「我の能力をもってすれば容易いのだ!」
「構わぬが、この世界には獣人が存在せんから目立つじゃろ」
何でも良いことだけはわかった。
そんなことよりも『この世界には』という言い回しが引っかかる。異世界があるのなら行きたいかな。
「
「魂を寄越す気になったのだ?」
なんだ、君たちには出来ないのかな。優秀な悪魔だから何でも出来ると思っていたけれど、買い被り過ぎていたのかな。出来ないものは仕方ないかな。
「ぬ……!」
「我に出来ぬ事は無いのだ! 待っておるのだ!」
首を長くして待っているかな。
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