第23話 孤独な夜

孤独な夜


晃は妻である貴子が入院した日の事を思い出していた。。


突然消えるようにして、司がいなくなった。

そして司の後を追うようにして、貴子が目の前から消えた。。


長い人生の中で、俺はこの時初めて、最大の孤独を感じた。

何もない。

空虚感とでも言うのか。

心の中に大きな穴が空いたような、そんなイメージだった。。


上手く行かない。

この人生は、一人ではとても生きていけない。


晃は心の中で、何もない現在に闇を感じていた。

貴子が退院しても、いつどうなるか?わからない。

そんな状況である事に変わりはないのだから。。


ーーあぁ、俺死んじゃおっかな?


これまでの姿からは想像がつかないが、晃がボソッと呟いた。


これまでの晃の人生、人に恵まれていたんだ、と言う事を始めて実感している。


※共に生きる


その頃、貴子は思っていた。


ーーこの先、どんな事があろうと最後の一瞬まで、晃と共に生きていこう。。


負ける訳にはいかない。


強く、、強く、、生きていかなくては。。


夫であるはずの晃の想いとは対照的だ。。

そんな時、晃はとんでもない行動に出た。

なぜか、荷物をまとめている。


「ーーあなた、どこに??」


貴子は普段通りに聞いている。


「少し山を登りたくなったんだ。一緒に行くか??」


「ーー山登りは始めてねぇ」


貴子もイソイソと準備をし始める。


「ゆっくりと山登りして、違う空気を吸ってこよう。なんだか、ウイルスだ、動物だって、いろいろありすぎて、気持ちが落ち着かなかったから、しばらくゆっくりしようか?」


「そうね。あなたがいて、ゆっくり出来ればどこでもいくわよ」


貴子はそう言って、二人は寄り添った。

こんな感覚、久しぶりだ。

思わず、晃は貴子を抱き締める。。


「ーー貴子、ごめんな。。」


「どうして謝るのよ?おかしー人ねぇ」


貴子は笑った。


「そうだな。俺、なんか可笑しいよな?」


晃も少しだけ笑って見せる。


ーー孤独なんてモノがなければ、俺もこんなバカな事なんて考えもしなかっただろう。

だが、俺は思い止まる事が出来た。

まだ俺は生きる権利を持っているだろうか?


※不安


液晶画面に写っている二人は、とても幸せそうだった。

まるで僕の事なんて忘れ去ったように。。


司は少しだけ父と母に、僕は嫉妬していた。


ーー僕がいないのに、二人だけでこんなに幸せそうだからだ。。


「ーーお父さんとお母さんのバカ!!」


司は大泣きし始めた。


「ーー司くん。。大丈夫ですよ。。お父さんもお母さんもあなたの事は忘れてませんよ!ただ今は、二人でいる時間を楽しんでいるだけです!」


ロボットなのに、司に気を使っているのか?タケルはそう言った。


「ーー本当に忘れてない?僕、帰る家がなくなったらイヤだよ?」


「大丈夫です!大人たちは子供の事を一番に考えているはずです!!」


タケルはそう言った後で、自信なさげに呟いた。。


ーー多分、と。


※信じる


ーー多分。。


これまでのタケルは全てにおいて、自信満々な顔で、宣言してきたが今回に限っては、どこか自信なさげだ。


大人たちに忘れられていきそうな恐怖感が、心を支配していった。


これまでずっと、お父さんやお母さんの事を信じてきたし、僕の事を忘れていくなんて事を考えたりもしなかった。。


でも、今こうして離れてみると、忘れられちゃうんじゃないか??

僕の存在は最初からいなかったかのように、

大人たちの中から、消えてしまうんじゃないか??


そんな不安と恐怖で、心が一杯になっていく。


ーー大丈夫だよね?

ーー僕の事、忘れたりしないよね??


心の中で、それを繰り返した。


家に帰った時、僕の居場所は残されているだろうか??

司はそれだけが気がかりだった。。

だが、後1日だから我慢しよう。。そしたら答えがわかる。。


今は大人たち、お父さんやお母さんを信じるより他ないのだから。


※居場所


そして、最後の実験の日。

夜を迎えた。


「明日から家に帰れるんだね。。」


ワイワイと子供が今、この瞬間を楽しんでいる。


「久しぶりに、お父さんとお母さんに会えるよ!!でも、動物たちは大丈夫なのかなぁ??」


俊哉が少しだけ不安そうな顔をしている。


「動物たちは、大人たちの幻覚と現実が結び付いているだけなので、明日にはいなくなってますよ!」


タケルが言った。


ーーあぁ、とても長い時間が流れたような気がする。

たかが1週間。。

この1週間いろいろ合ったけど、楽しかったな。。


司はそう思った。


「ーー明日の朝になって、親が忘れてたり、居場所がなかったりしたら、またここに集まる様にしましょう!!」


万が一の事を考えた提案だった。

子供の事を忘れてしまう親なら、いっそ離れた方がいい。。

タケルはそう考えていた。。


「それ、いーね!!」


子供たちはまたココに戻ってきたらいいと言う安心感を得られたからか、笑っている。。


そう。

これでいい!!

子供たちから笑顔が消えたらいけない。。


「お父さんやお母さんに会った時、司くんはまず何を話したいですか?」


タケルが突然聞いてきた。


「そうだなー!やっぱり、ただいま、かな?それで心配かけてごめんなさい!!かな?」


「そうですね。。あの時、手紙すら書いてこなかったですもんね。。書けば良かったですね。。」


今更ながら、と言う顔で、タケルが言った。


「もー終わるじゃん?」


司は笑った。

1週間が過ぎようとした時、子供たちは既に逞しくなっていた。

子供は成長が早い。


※最後の日


大人たち。実験最後まであと1日。


その頃、大人たちのいる場所でも、ウィルスww1512の効果は、薄れ始めて来ていた。


津波や地震からの避難も成功し、アレが本当の事だったとしても、誰一人被害者は出ていない事になる。。


それぞれの実験に大人たちは、二重丸の成果を上げた。。


これならば子供たちを守っていく事が出来るだろう。。


政府はそう判断した。。


そして、朝が来ると同時に、すべての危険回避の為の緊急事態宣言が、総理大臣の手によって、解除された。。


「お騒がせしております。。」


そう言って、総理大臣は軽く頭を下げてから、本題に入った。


「本日、緊急事態宣言を解除します」


その言葉を聞き、マスコミが問いかける。


「ウイルスww1512や動物たちによる危険はもうないと言う事でいいですか?」


「そう思って頂いて大丈夫だと思います」


テレビカメラが、街の様子を写し出しているのを、総理に見せた上で、マスコミの一人が問いただすように聞いた。


「どうして、大丈夫だと言えるんですか?ーーこの街を見てみて下さい。まだライオンやゾウなどの動物たちが居座ってますよ?これを見ても大丈夫だと思えるのは、どうしてですか?」


「その動物たちによる被害者は出ていませんし、、その動物たちは、悪さをしないと思います」


総理は説得力のない言葉で、国民にそう語った。。

そして、緊急事態宣言は強引に解除されたが、動物たちによるリスクと、ウィルスww1512によるリスク。。


それらのリスクに大人たちは震えながらの生活となった。


実験の終了まであと1日。


※ツカサの帰宅


緊急事態宣言の解除がきっかけとなり、大人たちは自由を手に入れた。


そんなタイミングだった。


司が帰ってきた。


「お母さん、お父さん、ただいま!!」


「どこに行ってたの、心配ばっかりかけてーー」


お母さんに抱き締められると、柔らかい温もりを感じる。

たった1週間だったのに、僕はとても懐かしい感じがした。


「ごめんなさい。心配かけて」


「司、無事で良かった!」


母は泣き出した。


「ちゃんと僕の事を覚えててくれたんだね!」


司は笑った。。


「ーー何言ってるの?大切なあなたの事を忘れる訳ないでしょ??バカな子ねー!!」


母は涙の粒を少し多く流しながら、しがみつくようにして、僕に抱きついた。


「そ......そうだよね。。僕、何言ってんだろ?」


司の大きな目からも滴が流れ落ちていく。


ーーホントにバカだな。。僕。。

ーーホントに。。


両親が自分を忘れてしまうんじゃないか、と言う不安から、解放されたその瞬間だった。

大粒の涙を流しながら、司は呟いた。

隣にはまだタケルがいる。


母は怪訝そうな顔で、タケルを見ると言った。


「ーーあなたは?」


「私はあの、、タケルと言います。。司くんの友達です」


精一杯、タケルは笑った。


「そうなの?あなたみたいな友達がいる事は知らなかったわ。どうぞ上がって。。」


母はタケルを室内に招き入れる。

僕はタケルの手を握りしめて、部屋に向かった。。


これからタケルと一緒に暮らしていけると思う。


あの壮大な実験が終わっても、タケルは消えていない。

つまり、僕とタケルはこの先も友達でいられると言う事だろう。

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