第21話 傷害事件

傷害事件


総理大臣が通りすぎた、その時。

俺の体は、総理に一直線に向かっていた。


不意に総理大臣がよろける。。


すべての大人たちの恨みを晴らす為に。

そして俺の幸せを守る為にーー。


「ふっざけんな!!国民には緊急事態宣言、家にいろ!?ーーそれで総理がこの様は何だ??ふざけやがって。。」


総理大臣の上に、馬乗りになり、思いっきり殴り付けた。

何度も何度もーー。


しかし、総理である彼は、何も言わなかった。ただ、されるがまま。。


「どーした?何でやり返さない?」


そう聞きながら、俺は彼を殴り続けた。

近くには、ケータイで動画を撮りながら事件だ、事件だ。と野次馬が沢山いた。


きっと遅くても、明日になれば事件は発覚するだろう。


もう覚悟を決めていた。

俺は俺の人生みちを行くーー。


ボロボロになった総理を横たえたまま、俺は家路を急いだ。。


翌日の朝にはもしかしたら、警察が来るかも知れないと怯えながら。。


※子供たちの応援


父である晃のそんな姿は初めてだった。

司はゲンナリする思いと父を応援する思いとが入り交じって、複雑な心境だった。


「司くんのお父さん、、頑張って!!」


子供たちが一斉に声援を送る。


晃は子供たちの期待だった。

今の晃は、大人たちの中の唯一の期待でもあるのかも知れない。


あの現場でそのまま、警察に通報されてもおかしくなかったし、あの時の野次馬が取った動画がニュースになっていても、おかしくないというのが、今の現実だ。


晃は布団にくるまり、震えて過ごしていたせいか、この日は眠れなかった。


いつもの様に、朝が訪れる。。

だが、昨日のニュースも何もなかった。

総理大臣は無傷でテレビに出ていて、何事もなかったかのように、いつも通りの朝だった。。


昨日のあれは一体何だったんだろうか?


まるで夢でも見ている様な気分で、俺は頬をつねってみた。


ーーあたたたっ。


自分でつねっても、痛かった。


これは......夢じゃない。。


※犯人は総理大臣


ネットの動画投稿サイトでは、その動画が上げられていた。


コメント欄には、、


「いいぞ!いいぞ!」


「よくやった」


「この凶悪な暴行事件の犯人は総理大臣だ」


などと言うコメントもある。

ほぼ、すべての大人たちがそうしたいと思っているようで、コメント欄には賛成的なコメントしかなかった。。


「俺は警察官として勤務していますが、、この犯人は総理大臣だと思います。国民を騙して軟禁状態にしておきながら、自分は外をフラフラと歩いているんだから」


どうみても暴行をしかけたのは、晃なのにそれを責める様なコメントは一つたりとも見つからなかった。。


俺も初めて、動画投稿サイトに動画を載せてみる。


「みなさん、俺への応援ありがとうございます。この国は、、総理大臣は、、無惨にも国民を殺し、それでも緊急事態宣言を解除しないのは、国民の為ーーそう言っていますが、すべてウソです。彼はただ総理としての自分を守りたいだけ」


誹謗中傷に当たるかと思われたこの動画は、意外と同じ思いでいる国民が多いらしく、特段の問題はなかった。


警察官が俺を訪ねてくる事も、今のところはない。かと言って、油断してもいられない。


テレビでも見よう。


※墓穴


たまたま付けたテレビ番組では、総理の中継がやっていて、総理がこの事件に対して国民に訴えるーーそんな内容になっていた。


「それでは総理、突然ですがインターネット上では総理が犯人だとの声もあったりしますが、どうお考えですか?」


唐突な質問ではある。


「確かに、国民たちの自由を奪っておいて、私たちがこの街を歩いているのは、問題だと思います。だけど、国民の安全を確認する為の行動であり、私に非はありません」


自身の行動を正当化する総理。


そんな屁理屈は国民に届くはずがない。

知ってか知らずか、総理はそう言った。


キャスターが詰め寄る。


「私たちキャスターは、こんな時代でも世の中の事件や事故の情報を送るために、街を歩いていますが、それが突然なくなったとしたらーー?」


突然、キャスターは口をつぐんだ。


「私なら多分、平常心じゃいられず、死を選ぶかも知れません。。そう言う意味じゃ、総理ーーあなたは殺人犯です!」


キャスターはそう言い切る。。


ドラマの中なら、ここから殺人事件に発展するようなそんな展開だろう。

だが、総理は冷静にそう言った。


「国民たちの命を守るのが政府としての役目であり、、それを守るためにはいくつかの犠牲はやむを得ない」


「ーー総理、それはないでしょう?あなたが言ってるのは、国民たちのいくつかの命がなくなるのは仕方ない、って事でしょ?」


司会者が口を挟んだ。

総理は黙ってしまった。

死んだ魚の様に目を大きく開いてーー。


やはり政府は、国民の事を何も考えていないのだと知らしめただけの中継だった。

生放送だから、後からカットする事も出来ない。


ーー自分の事しか考えていない総理。

ーー何もかも、後手に回る総理。


その番組での総理の発言が、国民たちの不平不満を解消するものにはならず、余計に国民たちの不平不満を増やしただけになったのは言うまでもない。。


※残り2日


ーーうわぁぁぁぁ。


男は跳び跳ねている。何かに怯えている様にして。。


液晶画面越しにそれを見ていた司が、不思議そうに口を開いた。


「ーーねぇ、タケル?このおじさんは何をしてるの?」


司が不思議そうな顔で聞いてきた。


「何かの幻覚でも見てるんじゃないですか?何せこの国で、今一番お騒がせしてる総理大臣ですから。。」


タケルが冷めた口調で言う。


「総理大臣?」


「司くんは知りませんか?」


「んとね、言葉は聞いたことあるけど、、?総理大臣って何する人なの?」


「日本って言う国を動かしている人ですよーー法律を作ったり、そーゆう事をしています」


ーーへぇ。


どこか、興味なさそうにして、司が頷いた。

タケルは思う。


「ーー総理大臣ねぇ、何もしないくせに!」


皮肉な言葉しか出てこない。

これまでの総理大臣は、一体何をしてきたのか?

対した実績さえ知らない。。

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