第16話 散歩


※散歩


その日。

この不思議な実験が始まって、四日目の朝を迎えたが、何事もなかったかの様な風景が広がっていた。


「行ってきます」


僕もお母さんもいないのに、父は玄関を出る時にそう言った。

これまで黙って家を出る事はなかったから、尚更言いたかったのかも知れない。

 

「いってらっしゃい」


その言葉が聞こえて来ない事が、空しく思えているだろう事は明らかだった。

まるで「行ってらっしゃい」とでも言うかのようなタイミングで、ハナとコージが吠える。


「ワンッワンワンッ」


元気よく、チワワのハナとコージを連れて、父である晃が家から出てくる。


「おいおい、元気だなー!お前ら」


父が子供の様に、大はしゃぎしているようにも見えた。


液晶に写る父と犬たちを見て、まるで父がハナとコージに散歩されているように見えて笑えてきた。

司は声も立てずニヤニヤと笑っている。


「ワンワン」


ハナとコージは久しぶりの散歩が嬉しいのだろう。

ワンワン吠えながら、尻尾を降り、落ち着きなく暴れまわっている。


ハナはメスで茶色と黒のチワワだ。

コージはオスで黒い毛並みのチワワ。

ちなみに二匹に親子のような血の繋がりはないーー。


ハナとコージがマーキングの為に足を止めたその時。

ぼやくように晃が言った。


「ごめんな。お母さんが今入院しててよーー」


ボロボロと涙を流す晃。


「ーー俺、アイツに何もしてやれねーや」


話を聞いているのか。

ハナとコージは足を止めたままーーワンッと吠えた。


「それにな、今この街には良く分からないウイルスが流れているらしいーーそれで病気になって入院しようと考えてたのに。病気になんてなりもしない。何だかすべてがおかしくなってきちまってよ」


ぼやくようにそう言ってたのに、先ほどまでのシリアスさが、まるで嘘のように晃は大笑いし始めた。


「あはははは」

「あはははは」


晃は腹を抱えて笑い転げている。


ーーさっきまでの語りは一体、何だったんだろう?

言葉と行動が伴わないってこう言う状態だったんだろう。


「ーーでも、お父さんも寂しかったんだ」


液晶画面を見ながら司が呟く。


※タケルとの未来


タケルと司。

二人で話しているのは、布団の中だった。

ほかの子供たちはもう深い眠りの中に入っている。


「ーーねぇ、タケル」


司がその名前を呼んだ。


「ーー何ですか?」


「ーーこの実験は、大人たちが緊急事態にどれだけ耐えられるのか?ーーそれを知る目的でやってるんでしょ!?」


「ーーはい」


「ーー僕のお父さんはどんな緊急事態であっても、外にいるし、泣いてはいてもお母さんの事を思ってる。それでも僕は残り三日間ーーこの実験が終わるまで、この実験に参加しないといけないの?」


「ーーそれは一週間、参加してもらうと言う条件での参加でしたので。」


「僕ね、、この実験に参加して本当に良かったよーーお父さんの強さや、優しさがわかったから」


司は笑った。

今は両親が近くにいないーーそんな状況にも多少は慣れてしまった。


「ーー司くんは、強い男の子ですね」


タケルがそう言って、司の頭を撫でる。


ーーえへへへ。

得意気に司が笑っている。


「タケルくん、、僕らはこの先もずっとこうしていられるよね?ーーずっと友達だよね?」


期待の眼差しがタケルを捕らえた。


「ーーそれは...」

 

タケルが珍しくうつむいて、そう言った。

司は黙ったまま、タケルの次の言葉を待つ。


※友だち


「ーーそれは......」


司の期待の眼差しがタケルを見つめる。


「ーーそれは??」


「私にも分かりません。」


「ーーどうして??」


不思議そうに司はタケルの事を見る。

午後の日差しが、窓越しに司の頬を染めていく。


「ーー我々uiは、その実験の為に作られたものであり、その実験が終了した後の事は何も知らされていないのです。もしかしたら消されてしまうかも知れないし、もしかしたらこのまま司くんの側にいられるかも知れない。どちらにしても、後三日もしたら分かるでしょう。」


タケルと出会ってから、初めて彼がぶっきらぼうな顔をしている様に見えた。


「ーーそう......なんだ」


司は分かりやすく肩を落とした。


ーーずっと僕の友達でいてくれると思ってたのに。


司の中にあるマイナス思考が、頭の中を占拠する。もしかしたらーーそんな思いはどこかにあるけど、寂しい気持ちになった。


ーーもし、タケルが消滅したらどうしよう?


そんな事ばかり考えてしまう。


「ーー大丈夫ですよ。例え私が消滅したとしても、司くんーーあなたの事を見ていますから。それは約束します」


「ーーそうだね。ありがとう!!」


おそらく気持ちとは裏腹なんだろう。

司の表情がひきつっているのを、タケルも感じた。


突如、ブザーが鳴り出した。

それは紛れもなく、緊急事態を知らせるものなのだろう。


※緊急ブザー


突如、ブザーが鳴り出した。

それは紛れもなく、緊急事態を知らせるものなのだろう。


ーー今度は何が起こったのだろう。


※黒煙


山の方では至るところから、黒い黒煙が上がっている。

これは、火事だろうか。

そもそも実験なんだろうか?それさえも分からないが、映像の中は黒煙があがっていて、大人たちは騒いでいる。


消防なのか?警察なのか?救急車なのか?よく分からないけれど、それに似たサイレンが、街中に響き渡る。


ーー何があったんだろう?


「えー!ただいまー山火事が発生しております。近隣の住人の方は、速やかに避難してください」


行方不明者などの捜索の時などに、使われる広報で山火事の情報が、繰返しアナウンスされた。


ーー近隣って、、どこで起きてんだ?山火事。。??


晃は階段を降りて、下の階に行き山川さんの家のインターフォンを鳴らした。


「こんにちは」


「ーーあぁ、斎藤さんどうも!どうしました?」


「今の放送、聞いてなかった?」


「あぁ、、すいません。今、俺ウトウトしてて。何て言ってました?」


「ーー山火事らしくてさ。。近隣の人は逃げろ、ってゆーほーそーだったんだけどさぁ。どこで山火事が起きてるのか、聞こえなかったんだよね。どーする?逃げますか?」


「山火事でしょ?ーー大丈夫ですよ!このまま家にいましょ。俺もう一回寝るので。」


「そうだな。起こして悪かったな」


ふわぁ。


彼はアクビをしながら、玄関の扉を閉めると、すぐに玄関のカギをかけた。。


晃はゆっくりと部屋へと戻っていく。


※これは……


ーー大丈夫だろうか。


一度は諦めて家に帰ったはずだ。

だが、山火事が燃え広がってきたら、家もやばいんじゃないだろうか??


だが、深く考えても仕方なかった。

晃は少しの間、一人で悩んで結局家にいる事にした。。


「ーー山火事が発生中です。。近隣の方は早急に避難してください。ーー急いで避難してください」


繰り返されるのは、緊迫感があるアナウンス。

晃は外を見てみた。


黒煙が酷い。。

ここに近い山で家事が起きてるのかも知れない。

晃は改めて、黒煙の酷さに気づき、下の階にいる山川さんの家のインターフォンを押す。


今度は彼の反応がない。

もしかしたら深く眠っているのかも知れないと晃は思った。

何度も何度もインターフォンを押していると、山川さんの家の隣に住んでいる鈴木さんが顔を出した。


「ーー山川さん、、今買い物に出ていったわよ!!」


ーーそれならいい。


「とにかくここは危険です。早く逃げましょう!!」


普段、ほとんど関わっていない鈴木さんの手を取ると、急いで家を後にした。


「ーー急いで!!」


外に連れ出した。

外はもうすごい黒煙が広がっていた。

今だに燃えているのだろう。この黒煙はやばい。


ハンカチを口に当てながら、二人は先を急いだ。

この煙や、炎から、少しでも遠く離れたところにーー。


※これは現実です


子供たち。


「ーーねぇ、山火事が起きてるみたいだよ?お父さんやお母さん、大丈夫かなぁ?」


食い入るようにして液晶画面を見つめながら、子供たちは不安そうな顔をしている。


タケルも子供たちの不安そうな顔を、ただ黙って見つめていた。


ーー心配ないよ。どーせこれも実験だよ?


司が冷めた口調で言った。


「ーーそうだよね。今までのすべての事も実験だったしね!!」


他の子供たちもそれに同調する。


「それに、この映像では動物たちがいなくなってるの、なんでだろう??」


不意に司がタケルに聞いた。


「ーーこれは……現実です!!」


悲しむように顔を揺らしながら、タケルが言った。


「ーーえ?じゃあ、お父さん達はどーなっちゃうの?」


「それは分かりません。彼らが命を守る行動さえ出来てさえいれば、或いはーー」


タケルはそっと見守っている。


「ーー僕、お父さんの事。助けたい!!」


しかし、司の思いを聞いていても、今回ばかりは連れて行く訳には行かない。

どうしても……。


なぜならば、連れて行く事自体が、司の命を危険に晒す事になるからだ。


※本当の危険


「ーー僕、お父さんたちの事、助けたい。」


司は言った。

だが、今度ばかりはどうしようもない。。


「助けに行く」事はつまり「死ぬ危険がある」と言う事なのだ。

タケルも今回ばかりは、危険な場所に司を連れていく訳にはいかなかった。


「ーー司くん、ごめんなさい」


タケルが深く頭を下げた。


「どうして僕はお父さんたちを、助けに行っちゃいけないの?ーーねぇ、タケルくん、どうして??」


司はタケルの腕にしがみつきながら泣いた。

でも、今のタケルには返す言葉も見つからない。


「ーー今回ばかりは命が危ないからです」


「ーー僕、助けたいんだよ!お父さんたちを。。」


必死の言葉。

その思いは痛いほど分かる。

だけど、こればっかりはどうしようもないーー。


「ーーあなたたち、子供を守るのが私たちuiの役目です!」


「ーーでも」


※助けに行きたい、行けない。


「ーーでも」


司はまだ粘っている。

でも、次に何て言えばいいのか。

その言葉が見つからない。


「司くん、今は彼等おとなたちを信じてみましょう。彼等もこれまでの長い人生をずっと生きてきたんですから、大丈夫ーー!」


俯いている司に、タケルはそう言って元気づけた。

だが、司は大人たちが信じられず、俯いたままーー。

これで父や母が助からなかったら??

僕はどうやって生きていけばいいのだろう。


自分に言い聞かせる。


ーー大丈夫。

ーーきっと大丈夫。


だが、不安ばかりが心を支配して行く事を止められない。

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