第7話 具現化された津波

ーーこの街は安全だ。


おじいちゃんの前のおじいちゃんもそう繰り返した。実際、津波などここに来た事もないし、台風すら甚大な被害を残す事もなく、通りすぎてしまう。


キャスターの言葉が悲しい余韻を残して消える。


「ーー22時36分頃、地震が発生しました。なお、この地震により津波の危険性がありますので、命を守る選択をしてください。何よりも自信の命を守る行動をお願いします」


キャスターは繰り返し言っているが、誰も逃げようとする素振りもない。

おとなしく家に戻ろうかとした、ちょうどその時ーー。


青い制服のようなものを着た若い青年に、声をかけられた。


青年は清々しいほどの丸ボーズである。肌の色は黒いが外国人のそれとは違っている。黒い肌の色がより1層、際立たせるような青い服の腕には、赤い「救助隊」と書かれた腕章がついている。


「ーー逃げた方がいいですよ!」


恐らく誰かの指示のもとだろうが、近所のみんなに避難してくれと言っている。もしも一人で避難できない方は、声をかけてくださいと。


まだ若いが、立派な青年だと思った。

自分の命を守りながら、その他の人の命を守るよう働きかけている。


青年は身長は高く180㎝を越えていそうだ。スポーツマンの様で、筋肉質に見える。


「ーー津波だぁぁ。早く高台に逃げろーー!!」


誰かの声がコダマする。

波の音はまだ聞こえない。


「ーー逃げろー!!急げー!!」


緊迫したその声の主はわからないが、とりあえず俺らのマンションは、みんなが屋上に上がっているから大丈夫だろう。


「ーー」


子供たちは目を塞いだ。

人が波に呑まれる。そんな想像をしたからだ。


「ーーダイジョウブ。コレ、ゼンブ、ウソ」


タケルが言う。

けど、目の前の液晶が、本物のように写し出しているから怖い。

子供たちにとって、トラウマもんの映像でしかないのは明白な事実だ。


「ーーコレ、ゼンブ、エイゾウで写し出したものを流してるだけ」


ツカサも今回ばかりは、タケルの言葉が信じられなかった。


「ーー僕、実験は続けるけど、実際にこの映像の場所に行きたい。ホントウに安全なのか、知りたい」


司が言った。


「実験を続けると言う条件でならいいですよ!」


タケルが言う。


ーーホントに??ヤッタァァァ。。


司が笑った。

しかし、心のどこかに不安は残っていた。

本当に津波が来ていたら……僕も呑み込まれるだろう。だがーー。


――――――――――――――――――――――


※津波実験


だが、実際にその場所へ行ってみると、津波など起きていなかった。


ーー1体、コレはどういう事なんだろうか?


タケルが説明した。


大人たちの飲み物にあるクスリを混ぜ、飲ませました。その効果はちょうど一週間。。

そして大人たちの脳内に、あらゆるリスクの映像と現実世界をリンクして送り込みました。その映像の一つがコレです。


タケルが指を指す。

それは、まさに今津波が起きている、と言う映像だった。


ーー彼らは今、本当に津波から逃げているのです。だけど実際には、何の変哲もない日常が転がっていますね?

もう、心配な事はないですよね?


タケルが聞いた。

僕は黙って頷く。もう心配がない事は明らかだった。


そんな時。

液晶の向こうから、恐らく緊急を知らせる為のブザーが鳴り響く。

その後でアナウンスが響いた。


「ーー津波が来ています。急いで高台に逃げてください」


遠くから男の声が響き渡る。


「ーーおーい!早くこっちにこーい!!」


どこの誰かわからないが、ちっこいおっさんが呼んでいる。

おそらく津波が迫ってきているのだろう。


もっとも彼らの頭の中でだけで、本当は何の変哲もない日常でしかないけど。


だが、僕ら子供の脳裏に植え付けられた記憶は、きっと生涯忘れる事はないだろう。


この実験の事もけして忘れないーー。


※大人たちもアンゼン?


ここに来てからは、みんなで一緒に眠っている。


もっとも、タケルがロボットだから二人、と言う表現もどんなもんかと思うけど。


この部屋では、まるで修学旅行のように子供たちが雑魚寝で眠っている。

賑やかな夜だ。

隣で眠っているタケルに司は聞いた。


「ーーお父さんたち、大丈夫なんだよね?」


「大丈夫です。大人たちにも危害は加えませんーーこれらはすべて実験の為に行われていますので、実際に大人たちに何かあっても困ります...」


タケルが真剣に応えた。


「ーーそうだよね」


「ただ、彼らの頭の中では、いろんな緊急事態に襲われてますがね」とタケルは付け加えた。


「頭の中だけか」


「ーーそれにしても司くん、あなたのお父さんはカッコいいですね」


「そうでしょ?僕、パパの事は好きだけど、ママは怒ってばっかりいるから、いつもケンカになっちゃうんだ!」


「ーーそういう事もありますね。司くん、この実験は……怖いですか?」


司は黙っている。


「ーー怖くないと言えば、ウソになるかな?」


ぼやくように司は言った。


ーーでも僕、パパとママの事を信じたいんだ。

どんな実験にも、きっと負けない。


司はそう言って笑ってみせる。


「ーーそうですね」


そうして僕らは力尽きるかのように、深い眠りに落ちていった。


※残り4日


朝、ツカサが目を覚ますと、すでにタケルは隣にはいなかった。

ぼんやりとした目をこすりながら、上半身を起こし、タケルを探す。


タケルは大人たちの映った映像を見ていた。


「タケルくん、おはよう!」


ツカサは声をかける。

その声に振り返ったつもりが、タケルは勢いよく首が回りすぎてしまったようで、首が90度回ってそこで動きを止めた。


「――あぁ、またやってしまった。ツカサくん、お願いがあります。私の首、直してください」


タケルが困惑した様子で言う。


――プッ。あははは。


ツカサのその大きな笑い声で、眠っていた子供たちが目を覚ます。


「どうしたの?どうしたの?」


子供たちが集まってくる。


「だってーこれみてよ。可笑しくなっちゃってさー」


ツカサが指差した方を、子供たちが見ると、そこにはクビの位置がおかしいタケルがいた。

僕らには到底マネ出来ないが、タケルのクビは真後ろで止まっている。


「面白がってないで、私のクビ、元に戻してくださいーー」


震える声でタケルが言う。


「あぁ、ゴメンゴメン。どうやって治せばいいの?」


「私のクビをゆっくりと右に回してください」


――わかった。僕、やってみる!


ツカサは覚悟を決めたように、小さな手をタケルのクビに乗せる。

ゆっくりとそのクビを回そうとした時、タケルが言った。


「――ちょっと待ってください。ツカサくん、そっちは……左です。そっちに回したら私のクビが取れてしまいます」


「取れちゃうって、タケルくんのクビ、ネジみたい」


そう言ったのは、村田俊哉だ。


「ほんとほんと」


子供たちが大爆笑している。

タケルが不機嫌そうに、子供たちを睨んだ。


「わかったよ!タケルくん、クビ治そうね」


ツカサがタケルのクビに手を乗せる。

そしてゆっくりと……今度は右側に回していく。


カタカタというような音を立てながら、タケルのクビが元に戻っていく。


「ツカサくん、治してくれてありがとう」


ようやくタケルのクビが治り、この実験は残すところ後4日になった。


そんな朝だ。


液晶の向こう側で、新たに一人。家から出てきた人物がいる。


「ーーあ、、お母さん」


そうぼやいたのは、俊哉だった。


「俊哉くんのお母さんも出てきたね。。」


液晶の向こう側で、俊哉くんのお母さんがぼやいている。


「......俊哉......トシヤ......どこに行ったの?」


相当やつれている。

俊哉くんのお母さんは、未だに戻らない俊哉を心配して、眠れていないのかも知れなかった。


「ーーお母さん、、僕、ここにいるよ」


液晶の画面に向かって、俊哉が言う。

届くはずのない声であると分かっているはずなのに――。


「お母さん、、僕は大丈夫だよ」


俊哉の目から頬にかけて、生温かい滴が滴り落ちた。

恐らくこれは涙だろう。

俊哉は両目から、頬にかけて流れる涙を手で拭った。


「ーー俊哉くん、お母さんに相当愛されてるんだね。。こんな状況なのに。」


司が言った。


ーーそう言えば、僕のお母さんはどうしてるんだろう?あれから姿も見かけない。

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