第6話 リアルと現実の混同

※リアルと幻覚の混同


父の背後から迫ってきた、ゾウに父は吊り上げられている。その映像から分かる。

それは、ゾウの鼻は、すごく力強いようだ。

父はその鼻から離れられず宙吊りになっている。


「ーーお、お父さん」


心配そうに、画面に釘付けで見ていると、タケルが言った。


「ーーコレハジッケンデス」


「タケルくん、、このままじゃお父さんが死んじゃうよ」


司は大騒ぎしている。


「ーー大丈夫デスヨ!これはウイルスの副作用で、ゲンカクが見えているのでしょう。そのゲンカクと同じ映像がウツサレテイルにスギマセン」


「どーしてリアルと、ゲンカクがコンドウしているの?この国はどうなっちゃってるの?」


だんだんと司は、この実験が怖くなってきた。


「ーーお父さんが心配だよ!僕、、もーこのジッケンやめる!!」


そのまま、僕は席を立った。


「司くん、、外はキケンデス。ここにイテクダサイ」


タケルが僕を止める。

だけど、僕はもうーー。


ツカサに感化されるようにして、後に続いたのはあの村田俊哉だった。


「ーー僕もこんな実験、もーやめる!」


一斉に子供たちが「実験やめる」と言い始めている。

このままでは、本当にやめてしまい兼ねない。


「ーーミナサン、オチツイテ」


タケルが身振り手振りで、子供たちの気持ちを押さえようとしているが、どうにもこうにもおさまらない。このままじゃ子供たちが一斉に辞めてしまいそうだ。実験期間、後5日なのに。


※実験やめる


「ーー僕、もうやめる。こんな実験なんか辞めて家に帰る」


司のその声が反響する。


「ーー僕も」


村田俊哉もその意見に賛同した。

その他大勢の子供たちも手を上げ、それに賛同の意を示した。


そんな時。


「ーーちょっと、これ見てよ!!」


液晶をチラリと見てから、俊哉が言った。

向こう側の世界では先程まで父がゾウにクビを持たれ、宙吊りになっていたが、そのゾウの後ろにはライオンが迫っていた。


ーーガオォォォ。


遠吠え。

ライオンが遠吠えしている。


その声に驚いたのか。

ゾウの鼻の力が抜けたらしい。。


父は地面に落とされ、思いっきりシリモチをついた。


ーーこのライオンは何をしにきたのだろう。もしかして......。


それ以上は考えたくない。


実験だと知っているツカサが、その先を真剣に考えているのに、そんな中、当事者である父だけは違っていた。


※呑気な父


ゾウの鼻に持ち上げられ、振り落とされた挙げ句、シリモチをついていた。

その当事者である父が、大声で笑っている。


ーーあはははっ。


この人には、危機感、というものがないのだろうか?


こんな状況でありながら、笑っている父を見て、ツカサは少しだけ父の神経を疑った。


なおもライオンが迫ってきているのだ。

それなのに父は、腹を抱えて笑っている。笑っている場合ではないはずだ。


一体、何がそんなにおかしいのだろう??

これまでの父は、ほとんど笑わない男だったのに、こんなにも笑っているなんてーー。

大人たちの過ごす場所は、すごく楽しい世界なのかも知れない。


司はウキウキしていた。

大人たちが住んでいる方に出てみたくなる。

実験の目撃者となるだけのこの場所より向こうの方が楽しそうだ。


ライオンが父の方に歩き始める。

シッポが伸びている。


「お父さん、、危ない」


子供たちが液晶に釘付けになっていると、また新たな事件が訪れた。


――――――――――――――――――――――


第3の事件だ。


ガオォォォォーー。

ライオンが父に迫っていく。


だが、ライオンは父に何かをする訳でもなく、笑うかの様にガオーっと吠えた。

ライオンのクセに、口元が笑っている様に見えるのは気のせいだろうか。


あはははっ......。

あはははっ......。


何がそんなに面白いのか、自分でも分からないけど、笑いが止まらない。


ライオンも横でニヤッと笑っている。


「ーー何でこんな時代になっちゃったんだろーな。」


そんな独り言をぼやきながら、笑っている姿を見るのは、遠目に見ると大分怪しいんだろうな、と思いながらも、笑いが止まらないものはしょうがない。


もうどうしようもない。


父の後をついて回るだけで、ライオンは何もしようとしていない。

ライオンもニヤニヤと笑っているらしい。


まるで腹の底から笑っている父に、動物たちもつられて笑っているように見える。


※違和感


「ーーオトウサン、ダイジョウブ。。ジッケン、ツヅケル。。」


普段はもっとスムーズに話しているのに、なぜか今日は、片言でタケルが言った。


「ーー」


司が黙っていると、タケルが更に続ける。


「ーーソト、アブナイ。ーーココ、アンゼン」


ーー僕たちだけがアンゼン?

子供だから、守られている?

大人たちは危険に迫られているのに??


ーー何か、おかしい。

ーーこんなの何かおかしい。。


「どうして、こんな実験をする事になったの?」


タケルに司が聞く。


「大人たちが、どれだけ緊急時に耐えられるのか?ーー政府がそれを知りたい。という事から、この実験は始まりました」


僕はその話の先を待った。


「実は、動物を外に逃がしたのも我々ですーー」


「ーー何でそんな事を...」


司が力ない声でぼやく。


「政府が恐れているのは、近々、実際に起こりかねない緊急時に大人たちが何も出来ずにいるのではないか?ーーその時、子供たちを守るのは誰か?それを心配しているんです」


タケルが言う。


「だからこそ、何の前触れもなく、こーゆー実験を行う事によって、大人たちが危険な状態の時に、どう行動するのかーー。そして、万が一の時に命を守れる様にするために!!」


ーー僕たちは、どんな時でも生きていかないといけないけど、この実験には意味がないんじゃないか?と思うその一方で、僕たちも考えなきゃいけないな、と思った。


万が一の時、自分を守れるようにーー。


※残り5日


タケルが映像を指差しながら、ツカサに言った。


「しかし、あなたのオトウサンは、動物達が居座る街の中に出た。外に出る勇気を持っていたーー他の誰もが動物達を恐れ、恐怖に戦く《おののく》中で、立派に立ち上がった。ウイルス(人畜無害だが)も出ているのに。」


「オトウサン、スゴいでしょ?僕も強く生きていけるよ!多分ーーだってお父さんの子供だよ?」


司は笑う。

実験やめる、って言っていた事も忘れるくらい、父の強さを信じたくなった。


「ーーあなたもオトウサンの様に、強くなる為に、後5日間この実験に参加できますか?」


一瞬、難しい顔をしたが、オトウサンはきっと大丈夫だから、僕ももうちょっと頑張ってみる。

オトウサンやオカアサンが居ないのは、少し寂しいけど。みんながいるしね。


司は実験を始めたばかりの頃の様に、明るく笑って見せた。


ウイルスも安全なものだと言う話だし、誰かが死んでしまう様な実験でもないらしい。

それならば、少しくらい我慢しよう。


司はそうやって心に誓った。

残すところ、後5日ーー実験はどういう風に続けられるのか?分からない。

そこに対する不安だけが心を支配していった。


※命を守る行動を


「ーー22時36分頃、地震が発生しました。なお、この地震により津波の危険性がありますので、命を守る選択をしてください」


突如、地震速報が流れる。


「ーー地震だって??」


玄関を開けて、真向かいの隣人も階段を降りようと外に出てきていた。


「ーーこれって避難しないと危ないかなぁ??」


ほとんど言葉を交わす事もない隣人が、ここぞとばかりに答えを求めてくる。

それは後に、誰かのせいにするためなのかも知れなかった。


「ーーどうなんでしょうねぇ?」


そんなやり取りを階段でしている。もはや、通行人の邪魔でしかないような井戸端会議だ。

その上、結局「答え」は人任せである。


「命を守る行動」が必要だって時に、「人の意見」ばかりに左右されていては、命を守れない。


政府が感じていた通り、世の中の大人たちは廃れていた。


ーー改めて、大人たちは自ら命を守る選択をしてください。


※正解はどっち?


ーー避難?

ーー家??


選択肢を間違えば、命が終わるーーそんな事は分かっていた。

だが、どちらが正しい選択なのか。

答えが見つけ出せない。


ーーこれまでどうしてきた??子供たちに、どちらかを選べと何度も伝えてきたはずだ。それなのに緊急時になると、自らが「答え」を選択出来ない。

今まで父である俺は何をしてきたのだろう。




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