恋の邪魔者は馬に蹴られて何とやら(1)

「そうは言っても鈴香さん、どうして桐村さんだって思うの?部屋には三山くんも居なかったし。」


まぁ、確かに怪しそうではあったけど。


「………正直言って証拠は何一つありません。勘です。」



勘!?メアリー・スーがそんなあやふやなこと言うなんて驚きだ。


「でも勘じゃ、桐村さんをこれ以上追求できないでしょ?」



私の発言にメアリー・スーは難しそうな顔をする。

本人もそこがネックなのは勿論理解しているのだろう。



「……彼女の周辺を探すほかない……でしょうね。何にせよ、三山君を探しだす以外に彼女を止める手立てはありませんから。」


確かにそうだ。

いくら追求しても、三山くん本人の証言がない限りは彼女は誘拐を認めはしないだろう。


ちらりと振り返る。

等間隔に並ぶ単なる扉はいずれも、どこか重々しさに満ちているように思えた。



ーーーーーーーーーー


それから、私たちはひとまず数学準備室へ戻り、明日から桐村さんの身の回りを調べよう、そう決めて解散することとなった。


「それでは、また明日よろしくお願いします。」


「うん。よろしくね、鈴香さん。じゃあ、また明日。」


彼女が部屋から出るのを見送り、電気ケトルでお湯を沸かし、袋を手に取り、マグカップへスプーンで安いコーヒーの粉を目分量で入れる。もう3日目だけどまだ手にスプーンの感触がしっくり来ない。



それもその筈、私自身はいつもは缶コーヒーしか飲まないわけで。

じゃあ何で粉コーヒーをと問われれば、間が悪いことに自販機が壊れてしまっていて、しかも新しいのが来るまでに1週間もかかるからだ。


コーヒーは徹夜のお供だ。無いと困る。

かくして買ったわけだが、正直言って安かろう悪かろう、そんな感じだ。粉もなんだかきっちり溶けきんないし。


「うー、不味い。」


1人言葉を漏らして、カップを自分の机へと置くと、見覚えのない封をされた手紙があった。



誰からだろうか。

気になったので封を切ってみる。

中には、そっけのない白い紙が一枚、折られて入れられていた。

取り敢えず開けてみる。


『親愛なる橘先生へ。明日の放課後、地理教室でお待ちしております。』



文章はそれだけだった。名前も書かれていない。

でも差出人は分かった気がした。




頭に彼女の笑顔が浮かぶ。

もう見納めになるかもしれないと思うと悲しい。

でも…自分の矜持は曲げられない。


「………不味いなぁ。」


コーヒーを一口含み、私は溜息を吐いた。



ーーーーーーーーーー



「来てくれたんですね、センセェ。」


手紙通りに動くと、教室には南原が少しづつ日の暮れていく窓の外をじぃーと見ながら佇んでいて。


私の足音に気付くと、いつもより他人行儀な言葉でこっちを出迎えた。


「うん。南原さん。用件は………告白、だよね?私の自意識過剰じゃなかったら。」


「………はい。」


「私なりに考えたから、答え。今から言うね。気持ちはホントに嬉しい……でも、私と南原さんは生徒と教師だから…その気持ちに応えることはできない。ごめん。」



私は精一杯、昨日考えた言葉を伝える。

多少上擦ってしまったかもしれない。


「そう……なんだ。分かった。」



俯きつつ、南原さんは小さく呟く。

分かってくれたんだ。




そう思ったのは間違いだった、それに気付いたのは彼女がキッと表情を強め、左手にを持っているのが分かった時だった。


「やっぱり愛ちゃんの言う通りだ!センセェは私なんかどうでもいいんだ!!」


そう怒鳴るように吐き捨てて、南原さんは右手をリストカットし始める。


「え?………ちょ、ちょっと何してるの!?」


一瞬、頭が追いつかなかった。

すぐにハッとして止めるように言う。

でも彼女は瞳を潤ませ、感情を吐露させながら、リストカットを続ける。


次第にドロリとした赤に染まっていく南原さんの右腕。


「分かってるから!センセェは私なんかより鈴香さんの方が大事なんだって!!あぁぁぁあ!!!」


「何でメ、鈴香さんが出てくるの?兎に角やめて!」


「じゃあ選んでよ!!私と付き合ってよ!!学生と先生なんか関係ない!!!ほら!!止めたいなら付き合うって言って!!言ってよ、早く!!!」


泣き喚く様に暴れて自傷行為を続ける南原さん。


クソっ、どうしたら………。

ええい、ままよ!



私は近くにあった本を包丁向かって投げて、急いで走り、そのままバレーボールするみたいに手を伸ばして本ごと包丁を凍らせて地面にはたき落とすと、急いで包丁を手に取る。


「これ、没収だからね。速く保健室に「なにこれ、もしかしてセンセェも私と一緒なん?」


一緒……?一緒って…………まさか、南原さん魔法少女!


気付いたのが遅かった。先に気付いた南原さんは部屋から出ると、手から某ヒーローみたく糸を伸ばし、扉の前へとテーブルや棚を積み上げて、私を教室に閉じ込める。


くそ、不味い……


あの感じだとメアリー・スーの元に向かう筈だ。

すぐに彼女へ電話をかける。


「もしもし!鈴香さん、気を付けて!魔法少女に狙われてる!!」


『………分かってます。もうですから。』


少し息が上がったような声でややぶっきらぼうな返答が返ってきた。



南原さん?いや、今出たばっかりだ。早すぎる。


まさか……



「……桐村さんが」


『ピンポーン。あたし、桐村愛ですよぉ。ふふっ』


通話がスピーカーモードにでもなっていたんだろう、少し遠くの方からか、桐村さんの不敵な笑いが耳に入った。

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