蜃気楼に追われて(2)
「ほらほら、早く止まってください。大学生の時間はせっかくの『狩り』時で貴重なんですよ。」
水面はどこか間伸びしたような声で、壁をすり抜けながら神出鬼没に現れては、物を投げつけたりしながら、切りかかってくる。
それを命からがら何とか避けながら、メアリー・スーと落ち合うために大学の方へ向かう。
それにしても『透過』の能力がこんなに恐ろしいとは思わなかった。
私にとっては曲がり角でも、彼女にとっては直線コース、これがまぁしんどい。
さっきから行こうとしているルートを、通り抜けを使った無茶苦茶な先回りをされてしまっているのだ。
もう足も限界だ。こんなに走ったの高校以来だっての。それを体現するように足が何度かさっきからもつれて、あわや地面とゴッツンコだ。
誰かぁ〜!早く来て〜!!
「橘先生!」
そう願った瞬間、向こうから大弓を構えた魔法少女姿の鈴香さんがいた。
スパンッ!!
風の威力が足され、凄まじい速度で打ち出された矢が水面へ飛ぶ。
「残念ですね。」
「なっ!?」
飛んできた矢を見た水面は、あえて立ち止まり ると少し顔を下へさげ、見せつけるように態と矢を自分の左目に通過させる。
「『朔月』抜刀!!」
間髪入れずに屋根を伝うように走ってきた牧さんが、魔力で刀を作り出し、水面へ切りかかった。
しかし、またもや透過の能力で刀は水面の体をすり抜けてゆき、逆に牧さんへカッターナイフを振るう。
それを華麗にバックステップでかわす牧さん。
「先生、案外仲良い人多いんですね。私が習ってたときは生徒とかとの付き合い悪そうだったのに。私とも仲良くなります?」
「……それはいらないお世話だよ。」
透過の能力に余程自信があるようで、牧さんと鈴香さん二人を前にしても特に変わらず、鷹揚とした態度で私に声をかける。
多勢に無勢、その筈が、場は完全にこの目の前の通り魔に支配されていた。
ーーーーーーーーーー
「まさかこんなに隙が無いなんて………通り魔を甘く見てましたね。」
少し息を上げながら、私を守るように立つ牧さんが一人心地に呟く。
それもその筈で、メアリー・スーは矢による遠距離攻撃だから、風の力である程度進行方向を曲げられると言っても、どこかの壁の中に入られればアウトだし、本人に透過が反映できてしま時点で、牧さんの刀もカッターナイフの嫌にギラギラ光る歯から私を守るばかりの産物になってしまっている。
どうにか虚を突くしかない。
それで何か弱点を探さないと。
はぁ……………嫌だけど、電話してみるしかないか。確か、家はここからすぐだったと思うし。
「ごめん、牧さん。ちょっと時間を稼いで!」
「わかりました!」
ーーーーー〈牧side〉ーーーーー
これがあの通り魔の犯人……水面彼方。
手強い相手です。ここに梔子先輩や杉崎先輩がいれば………
いや、ダメダメ!
せっかく、新人の私が橘先生や先輩たちから頼られてるんです!
自分の力でどうにかしなきゃ!
そうは言っても、一体どうしたら…………
ええーい、切ってダメなら突いてみろです!
「おっと。」
取り敢えず突きを一気に連打すると、途中、3突き目まで透過していた水面彼方が、次の突きをカッターナイフで私の刀を唐突に弾きました。
何で?何で今、わざわざ私の刀を弾いて………そうか!
「鈴香さん!水面彼方が一度に透過できるのは3つまでです!!」
「っ!…助かります、牧さん。」
これで透過の謎が分かりましたよ。
水面彼方も襲うのに及び腰になったでしょう!
でも、実際はそうはなりません。
彼女は不敵な笑みを浮かべ、カンガルーポケットから三本新しくカッターナイフを取り出すと、見事にジャグリングをし始めます。
「それが分かったところで、勝率なんてちょっと上がったぐらいですよ。お姉さん、それと橘先生。」
そう言いながら、彼女は器用にジャグリングをしながら、高速でカッターナイフを握り、連続で切りかかって来ました。
ーーーーー〈橘side〉ーーーーー
「だから、ちゃんとそれは約束するからさ。早く来てってば。こっちが危ないんだって!」
電話相手のアイツは中々首を縦に振らない。
あー、もう。本当に嫌いだわ。
チラッと視線を水面の方へやると、器用にジャグリングで手に持つカッターナイフを変えつつ、かなりの手数で攻めてくる水面に、刀一本で立ち向かう牧さんは少し苦しそうだ。
『はぁ、もう分かりましたよ。』
「本当に!?じゃあすぐ来て!!場所は」
ようやくアイツは重い腰を上げてくるようだ。
いやー、長かった。
そんなことを考えていると、ジャグリングしていたカッターナイフを突然、水面が上にぶん投げた。
急な行動に私も牧さんも一瞬、思考が止まってしまう。
「カッターナイフは5本持って来てるんですよ!」
なんと水面は牧さんの体を透過してすり抜け、ジーンズの尻ポケットから取り出した、5本目のカッターナイフを、勢いよく歯を迫り出させ、私目掛けて振り上げる。
ヤバっ。そう思った瞬間、私はすぐ近くの飲み屋の看板と場所が入れ替わっていた。
「はぁ!?」
看板へカッターナイフを突き刺したところで、水面は自分が何にカッターナイフを振り下ろしたかに気付き、初めて明らかに困惑の表情を見せた。
「悪いねぇ、通り魔のお姉さん。今のは、キャスリングゆうやつです。ここは鏡の国やから、チェスのルールに従ってもらいますで。」
だらしのないよれよれのTシャツに、団扇をパタパタあおぎながら、近くの花壇に腰掛けた翠蘭のチェシャー猫、溝呂木紙織がニヤニヤと笑う。
「誰だ、おまっ!いぎっ!?」
突然の溝呂木の登場に動きの止まった水面へ、素早く4発、直線上にいたメアリー・スーの矢が飛び、4発目が腕に突き刺さる。
カッターナイフを落とす水面。すかさず、牧さんが水面を取り押さえる。
「助かったよ。溝呂木さん。」
「せやで、ほんまに感謝しておくんなまし。あー、あと停学処分の短縮するって話、ちゃんと約束守ってや。」
「分かってるってば。」
「分かっとるならええわ。ほな、ウチ帰りますわ。」
溝呂木は団扇を適当に振りながら帰っていく。
ありがとね。そう彼女の背中に言うと、団扇を横にゆらゆら揺らした。
何にせよ、これでようやく長かった通り魔事件は幕引きを見た。
あー、やっと帰れる!私はぐっと背伸びした。
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