大鎌

私は何が何だか分からずポカーンとしていると、竜胆が小さく笑う。


「じょーだんですよ、冗談。気にしないでください。……にしても、鉄アレイが飛んでくるなんて先生も付いてないですねぇ。」


竜胆さんはそう愉快そうに語りながら、恐らく20kg近い鉄アレイをお手玉のように左手で軽く投げては取ってと遊んでいる。



ホントに何者なんだ、この人。同じ人間とは思えない雰囲気だ。

まず魔法少女なのは間違いんだろうけど。


「あ、そうだ。先生の名前教えてもらっても良いですか?」


「あ、えと、高等部で数学教えてます、橘です。」


「高校数学!それはまたすごい、アタシ苦手なんですよね、微分積分とか、ベクトルでしたっけ?ああ、ゆうのッと!……ちょっと、ちょっと急じゃない?」


「なっ!?防がれた!?」


私が数学教師だと分かると、竜胆さんは空に数式を書くような仕草をして、自分の高校時代を懐古するように苦手だと語る。それに相槌を打とうと思った瞬間、竜胆さん目掛けて牧さんの回し蹴りが凄まじい勢いで飛ぶも、竜胆さんはそれを手の甲で受け止める。


「何者です、あなた!」


「いやいや、急に襲ってきたのはそっちなんだから挨拶はそっちからしなよ。もー、人が喋ってる間ぐらいちゃんと聞きなよ、社会人の常識よ、これ。ねぇ、橘先生もそう思いますよね?」


牧さんの怒涛の連打を、竜胆さんは涼しい顔でペラペラ喋りながら、全て手で捌いていく。


「やむを得ません……『朔月』抜刀!!」


素手では勝てないと踏んだのか、牧さんは手に魔力を大量に溜め、黒い刀を作り出す。


魔法少女課で聞いたが、あれは『顕在化』と呼ばれる特殊な能力だそうで、魔法少女なら誰でも使えるなんて虫の良い話ではないらしい。



しかし、なんて凄まじい戦いだろう。

見えてはいるけど、2人が何をしてるのかが分からない。それほど高度な戦闘なのだろう。


「君ね、素手の用務員に刀向けちゃ駄目でしょ。まずもって」


「話は後でじっくり後で聴きますよ!!」


高速で刀が振るわれる。

何回切ったのか分からんかった………マンガの表現って結構マジなんだなぁ。


「君、結構強いね。そのスーツ姿といい、魔法少女課の人なのかな。それなら、アタシみたいなブランクある魔法少女には手加減ありで頼みますよ。」


あれだけの攻撃を受けて無傷かぁ。

竜胆さんは余裕そうに大鎌の柄を肩に乗せる……………いや、待て。鎌!?え、ちょっといつ、どこから出してた!?


全く鎌を出す動きが見えなかった。

というか、動いたのかの判別すら付かない。


竜胆さんはさも最初から大鎌を持ってたように見える。


って、そんなこと呑気に考えてる場合じゃない!!


「ちょっと待ってください!牧さんもなに、急に攻撃し出すなんて考えてるんですか、この人は学校の用務員ですよ!」


「え?……いや、でも鉄アレイを持って橘先生を襲って」


「違います。違います。アレは鉄アレイが飛んできたのを助けてもらったんですよ。」


私の話を聞き、落ち着いたのか、牧さんの顔がみるみる内に青ざめていく。


「し、失礼しました!!」


すぐさま竜胆さんに謝りたおす牧さん。


「ああ、気にしないでいいって。牧ちゃんだっけ?別にアタシは実害受けてないから何も気にしないでいいよ。ほら、だから顔上げなって」


竜胆さんはヘラヘラとした感じで頭を掻きながら、頭を上げない牧さんにもういいと告げる。


「今ので、実害無しってホントに何者なの、竜胆さん。」


「何者って、ただの用務員ですよ。」


悪戯な笑みを浮かべて、ネームプレートを前に差し出す。

やってしまった。思ったことが口に出てたらしい。



「大鎌に………竜胆……まさか『薔薇の魔法少女』!?」


牧さんはネームプレートを見て、目を白黒させる。


「そのあだ名で呼ばれるなんて久しぶりだなぁ。牧ちゃん、若いのにアタシのこと知ってんだね。」


「当たり前ですよ………突然姿を消した第一世代最強の魔法少女、『薔薇の魔法少女』。課のもので知らない人間はいません。」



第一世代最強の魔法少女!?

それがこの学園の用務員に?


ちょっと、一体今年の私の運勢、どうなっちゃってんの!?

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