百童話夜行(2)
「橘先生、葦月ちゃんが強引でごめんなさい。」
数学準備室へ入って椅子へ掛けると、美菜さんが小さくペコリと謝って来た。
ホントだ、強引過ぎだと喉の奥まで出かかった言葉をぐぐっと呑み込み、大丈夫だよと返事する。
「今回は噂になってる『百童話夜行』のことで、橘先生と牧さんをお呼びしました。」
「『百童話夜行』?なんです、それ?」
「ああ、それね……」
首を傾げる牧さんへ、南原さんの受け売りで説明する。
「それで、鈴香さん。私と牧さんを態々呼んだってことは、これが只のオカルト騒ぎじゃなく、魔法少女の仕業だと思ってるってことだよね?」
「はい。全てでないにしても何らかの形で魔法少女が関わっているかと。先生、知る限りで何かこの騒動を起こすような能力の魔法少女の報告は受けていますか?」
「いや、受けてないね。だから、魔法少女が原因なら、相馬の時みたいに名乗ら出てない生徒が犯人になる。」
「……そうですか。」
「まあ地道に探してくしかないね。放課後、見た生徒に話聞きに行こっか。」
「はい!」
「分かりました!」
「了解です。」
ーーーーーーーーーー
放課後になり、私たち4人は第一の目撃者である長山さんへ話を聞きに行った。
「踏んだら何だったと思います!?パン屑だったんですよ!しかも周りにも等間隔的に落ちてて。それで、追っていったら子供の兄妹にお菓子の家!!私が見たのはヘンゼルとグレーテルだったんです!!」
長山さんはよほど印象に残った光景だったのか、興奮気味に当時の様子をつらつらと語っていく。
彼女には悪いが、その語り口の熱さに私は若干引き気味だった。
「……そうなんだ。お話ありがと。で、長山さんに聞きたいんだけど、ヘンゼルとグレーテル以外に誰か人見なかった?
「え、うーん。誰も居なかったと思いますけどね。」
「そっか。ありがとね。」
「いえいえ、どういたしまして!また聞きたくなったらいつでも言ってくださいね。」
………申し訳ないけど、もう聞きには来ないかなぁ。
ーーーーーーーーーー
それから目撃者を順々に訪ねてゆき、金太郎を見た六人目まで話を聞き終わったが未だ収穫ゼロ。
いやぁ長くなりそうだなぁ。
そんなことを思っていると、牧さんがやけに難しい顔をしていた。
「牧さん、どうしたの?」
「その……魔力の残滓を全然感じないんです。」
「え?どういうこと?」
「分かりません。普通ならよっぽど時間が経ってない限り、魔力の残滓を感じる筈なんですが……それが今のところ、ほんの少しも。」
えぇ、じゃあもしかしてマジなオカルトなの、これ?
というか……もしそうだったらこの仕事、全くの無駄な労力になるじゃんか。
うわー……………
かなりやる気を無くしつつ、七人目のブレーメンの音楽隊を見た生徒、
溝呂木かぁ、そう考えると少し足が重くなるが聞かないわけにもいかないので、溝呂木の居る教室へ向かい、本を読んでいた彼女へ声をかける。
「おや、橘先生、どないしはったん?うち、補習なんか受ける成績やないけど?」
「……ブレーメンの音楽隊の話を聞きたいの。」
「え、ブレーメンの音楽隊?そりゃあ、ロバとイヌ、ネコ、ニワトリが家から泥棒追っ払う話やないの。先生、呼んだことないん?」
「そうじゃなくて」
「アハハ、冗談、冗談。堪忍してや。分かっとるて、『百童話夜行』の話やろ?」
はぁ………溝呂木紙織、ショートボブに、エメラルドグリーンの瞳をしたこの生徒は、鈴香葦月と並んで大の苦手な生徒の1人だ。
いかんせん、その冗談や悪戯好きでとっつきやすそうでいて、腹の底が見えないミステリアスな彼女は私が苦手とするタイプこの上ない。鈴香葦月を翠蘭のメアリー・スーとすれば、溝呂木紙織は翠蘭のチェシャー猫だろう。
何にせよ、生徒の好き嫌いは置いておいて話を聞くがブレーメンの音楽隊以外には誰も見てないという。
「うーん、ほかに何か知ってたりすることある?」
「そやねぇ、あぁ、『百童話夜行』って名前、うちが考えたんよ。なかなか洒落てると思わへん?」
「……それはまぁ、確かにお洒落だと思うよ。」
「生徒と距離取る、お堅い橘先生に褒められるなんて嬉しいことやねぇ。」
こういうところが何というか癪に触って、好きになれないんだよ。
まぁ、何にせよ収穫は結局ゼロだった。
無駄に終わった苦労に肩を落としながら、3人と数学準備室へ戻ろうとすると、
「どうしたの?」
「いやぁ、渡し忘れとったプリントがあって。ほら、これ。」
手渡された書類を見ると魔法少女になったことの届け出書で、そこには溝呂木の名前と童話を現実にする能力、そう書かれていた。
ニタニタと笑みを浮かべる溝呂木。
本当に嫌いだ、この猫め。
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