百童話夜行(1)

「セーンセェ!一緒に食べていい?」


今日も今日とて一番安いワカメそばを啜っていると、数少ない親しい生徒である南原さんが相席を申し込んできた。


「いいよ。」


「やった〜!」


私がオッケーすると、南原さんは嬉しそうに私の対面………ではなく横に座る。


多分、勘違いでないなら南原さんは私に気があるんじゃないだろうか。

まぁ、単に懐いてるだけかもしんないけど


一部を編み込んだ長い茶髪と、ひまわり柄の瞳に、綺麗な顔立ち。それに誰とでも簡単に打ち解けるような快活で溌剌とした性格………



すごく良い子だし、鈴香葦月メアリー・スーとは違うタイプの人気者だ。

そんな彼女が恋にしろ、懐くにしろ、それが私みたいな芋女なんて変わってるなぁ。


そんなこと考えてると、そばが汁を吸って伸びてきていたので、急いで啜ると汁の熱さでむせてしまう。


「センセェ、もー焦りすぎ。はい、これお水。」


「けほっ、げほっ、ありがと。」


手渡された水を飲み、ふぅーと落ち着く。

やっぱりこんな気が効く子に、芋女は釣り合わんでしょ。


「落ち着いたぁ?」


「うん。ありがと。」


「どーいたしまして。そーいえばさ、センセェ、『』って噂知ってる?」


「なにそれ?」


「なんか、夜の校舎とか学生寮で童話のキャラが出てくるんだってさぁ。まあ私は見たことないんだけど。」


童話のキャラねぇ、なんだか魔法少女っぽいなぁ。

一応、しっかり聞いといた方がいいかも。


「南原さん、その噂出来る限り教えてくんない?」


「う、うん。いいよ。」


パッと彼女の手を握ってそう言うと、南原さんは少し声を上ずらせながら、私から少し顔をそらす。


「えーと、同級生の長山さんが最初にヘンゼルとグレーテルを見て、次に中等部の子がカチカチ山、で大学院の人が夜遅くまで残ってた時に白雪姫と小人、でその次が金太郎で、次が……ブレーメンの音楽隊だったかな。」


成る程ねぇ。

しかし、それを百鬼夜行に準えて『百童話夜行』なんて名前つけた子、誰か知らないけど結構洒落てんなぁ。


後で牧さんとか美菜さんたちにも伝えてみるか……


「橘先生……少しよろしいですか?」


うげっ、メアリー・スー!

確かに頭には思い浮かべたけど、だからって直ぐ来なくてもさぁ。


「『百童話夜行』の件で。牧さんと美菜はもう呼んであります。今すぐ数学準備室へ来てください。」


せっかちか!昼休みじゃなくて放課後でいいでしょうよ。

そんな文句を言おうかと思ったけど、人を待たせるのは忍びないのですぐ蕎麦を食べ終え、立ち上がる。


「ごめん、南原さん。急用で。また今度、良かったら一緒に食べて。」


「あ……うん、お仕事頑張ってね、センセェ。」


南原さんは寂しそうな顔をしたあと、すぐに笑顔で私に手を振る。


いやぁ申し訳ないことしちゃったなぁ。

少し後悔しながら、数学準備室へ急いだ。

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