百童話夜行

道標のパン屑

「う〜わっ、やっちゃったよ。」


絵画展に出す油彩画を仕上げている最中、誤って黄色のインクをブレザーへ飛ばしてしまった長山 咲は、深く溜息をついた。


「はぁ、トイレ、トイレっと。」


仕方なくブレザーを右手に、懐中電灯を左手に携え、トイレへ向かう。

学生寮の廊下は最奥の非常灯以外、10時の消灯時間になると全て消されてしまう。そのため、学生寮に住まう学生にとって懐中電灯は必需品であった。


「うーわ、全然落ちないじゃん。うん?」


ブレザーについた黄色のシミと10分近く格闘していると外から何か声が聞こえた。

やけに高い、暗い廊下には場違いな声。


もしや幽霊か、それとも学生同士の相引きか、長山 咲は好奇心にかられ、ブレザーをほっぽってトイレから廊下へ出ることにした。


辺りを見回してみるが、誰の姿も見えない。

しかし、その代わりに曲がり角の先から辿々しい足音が聞こえた。


長山 咲は意を決して、そちらへ小走りで向かう。

その最中、何か柔らかいものを踏んだ感触が足に来た。


足を退けて、懐中電灯で足元を照らす。


「なにこれ……パン屑?」


踏んだのはどうやら千切ったパン屑らしかった。

誰か食いしん坊が外でパンでも食べたか、そう長山 咲は思ったがすぐにそれは検討外れと分かった。


なんと、今になって気付いたがパン屑が点々とこれまでの道のりにも、そして先の方にもほぼ一定の幅で落ちているのだ。


「イタズラ?それとも、やっぱり幽霊?」


これが同じ生徒のおふざけか、幽霊なりのオカルトか判断しかねたので、長山 咲は取り敢えずパン屑を追ってみることにした。


パン屑は曲がり角を曲がって、そのあと上の階へと続いていた。

それを辿っていくとどんどん足音が近くなってくる。


そうして、長山 咲は足音の主に追いつき、パッと懐中電灯で足音の主を照らした。


「へ?」


その正体と、彼らの前にある奇天烈なモノを見た長山 咲はあまりに予想外だったために妙ちくりんな声を上げてポカンとしてしまった。


足音の主は子供の兄妹で、兄弟の前には廊下ぎりぎりの寸法の家があった。

壁はクッキー生地で、屋根はチョコレートだろうか、そこへ様々なスイーツの装飾が施されている。


長々と語ったが、つまるところ長山 咲はを見たわけだった。

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