ジェイズ博士の魔法少女問答
「梔子さん、着きましたよ。ここです。」
「……空き巣か何か?」
知ってそうな人物の居場所、そう言って案内されたのは裏路地の中でも奥まった位置にある、廃業したコーヒー店だった。
「いやいや、民俗学者さんですよ。まぁ、普通とは縁遠いですが。」
じゃあ入りましょうか、そう言って杉崎さんがノックをするも、誰も出てこない。
「……居ないの?」
「ノックしても出てこないのはいつものことですから大丈夫です。あの方は無愛想な方ですから。………ジェイズさん!杉崎です!急ぎで聞きたいことがあるんですが!ジェイズさん!ジェイズさん、申し訳ないんですが此方も急を要するもので!ジェイズさん、開けてくださいませんか!」
杉崎さんは中のジェイズ?なる民族学者が出てこないと見ると、扉の前で大声で呼びかけ始めた。
なんだか、応援団みたいだ。
1分程声を張り続けると、根負けしたのか、ゆっくり深緑色のドアが開いた。
「杉崎……外では進藤って呼べって言ってるだろ………それに喧しくしすぎだ。」
扉から出てきたのは、ポロシャツに身を包んだ、無精髭の目立つ30過ぎぐらいの痩せた男性で、杉崎さんの顔を見るなら、苦虫を噛み潰したような顔をして、鬱陶しげに頭を掻いた。
「はは、善処しますよ。さて、お邪魔させていただきますね。」
「……………かける言葉もないよ、お前には。………………誰か知らないが、お前も入るなら速く入れ。」
明らかに歓迎ムードとは真反対の態度の男性を押しのけ杉崎さんが店の中に入っていくのを、ぼおっと見ていると、ジェイズ?さんに入るよう促され、ボクも店に入った。
ーーーーーーーーーー
「悪いね……部屋が散らかってて。いかんせん、急な来客なもんだから。」
ジェイズさんはボクたちを席の一つに通すと、机に乗っている大量の資料やスクラップブックを丁寧にカウンターの方へずらし、コーヒーカップへ入れたお茶を乱雑にボクらに出した。
ジェイズさんなりの嫌味なのだろうけど、杉崎さんはどこ吹く風といった感じでお茶を啜る。
「紹介しますね。この方はジェイズさん。ヴェイグリアで、この世界についての民族学研究を行なっている方です。」
……ヴェイグリアだったんだ、この人。
オガワのように人間に化けているらしいが、オガワのようなぎこちなさ、胡散臭さが無いから気付かなかった。
さて、ジェイズさん。本題に入りますが」
「おい待て、まず隣に居る奴は誰なんだ。」
「おや、これは失礼しました。こちらは梔子真白さんですよ。」
「……こいつが…!……でかしたぞ、杉崎。クチナシマシロにはインタビューをしたかったんだ。助かった。じゃあもう帰っていいからな。」
ジェイズさんはボクが梔子真白だと知ると、徐に立ち上がり、そそくさとノートと万年筆を持ってきた。
「まず質問なんだが、名前の」
「いやいや、それはあまりにですよ。ジェイズさん。梔子さんと会う機会を提供したんですから私たちの用にも付き合ってください。」
つっけんどんな対応をされた杉崎さんが、質問を投げかけようとしたジェイズさんの言葉に割って入る。
「……まぁ、仕方ない。それで何なんだ、用事ってのは。」
ジェイズさんは杉崎さんの言葉に渋々、ノートと万年筆を机に置く。
「時間停止の魔法少女……ご存知ありませんか?」
「時間停止……時間停止ねぇ……………あぁ、停止じゃないが、時間の流れを遅くできる魔法少女なら第一世代にいた筈だ。確か、そっちの方に第一世代の魔法少女を纏めた書類があるから、後は自分で探せ。」
「流石はジェイズさん。ありがとうございます。じゃあ、梔子さん。探してくるので暫しお待ちを。」
杉崎さんは奥の紙やら雑誌やらが山積みになった方へ資料を探しに入った。
「さて、あのバカも居なくなったことだし、クチナシマシロ……インタビューをさせてもらいたい。」
「……いいですよ。」
……ボクからじゃ大した話なんて出てこないと思うけど。
「それじゃあまず質問なんだが……名前の漢字を教えて欲しい。」
「植物のクチナシの漢字に、下は真っ白って書いて真白です。」
「成る程………次の質問なんだが……梔子、君は"魔法少女"とはなんだと思う?」
魔法少女か………
「ヒーローとは違う、ロクでもない人間がなるもの………じゃないですか。ボクはそう思います。」
ジェイズさんはボクの答えをノートに書き写し、黙ってそれを見る。
ボクの言った言葉の意味を咀嚼しているのか、返答に困っているのか……じっと文字を見つめるだけ。
暫くして、ノートの文字列から目を離してボクを見た。
「面白い答えだ。今そこで資料を漁ってる奴や他の数人にも同じ質問をしたことがあるが、彼女らの回答とは一線を画す、イレギュラーな回答だ。これだけでもインタビューを行った甲斐があった。」
そうボクの答えに講評をしながら、ノートに何かを書き綴っていく。
その姿は確かにどこか学者然としている。
「さて、次の質問だが」
「ジェイズさんは………ヴェイグリアのジェイズさんには"魔法少女"がどう見えますか。」
話を遮って質問をした。
ヴェイグリアと話すのが初めてで浮かれてたからかもしれないし、ボクもボクなりに魔法少女が何であるかの答えを知らず知らずのうちに求めてたのかもしれない。
珍しく、ボクは能動的に人の話を聞きたいと思っていた。
「そうだな……俺は"魔法少女"はいわゆる免疫なんじゃないかと思ってる。別次元から来たヴェイグリアって病原菌に対して、こっちの世界が生成した獲得免疫。それが"魔法少女"。俺はそう表現するのが今のところ、一番適切だろうと考えてる。この回答にどう思う?」
「………………分かりません。」
実魔法少女は免疫だと言うのにしっくりきた所もあるし、少しも納得できない部分もある。
だから、ボクにはその答えが良いのか悪いのか、どうなのか分からなかった。
「そうだろうな。その反応が普通だ。魔法少女が免疫がどうだとか言われても普通は納得しないし、俺自身も自分の回答には合点がいってない。何せ、ヴェイグリアのボスだったゲールガウザーが日向 明日香って第一世代の魔法少女に倒されて以来、ヴェイグリアがこっちの世界に来る数はかなり減ったってのに、魔法少女は続々現れてるわけだ。免疫ってことなら説明がつかないだろ。
何にせよ、魔法少女に関しては以前として不思議としか言いようがないんだ。
おっと、話過ぎたな。それじゃあ次の質問だが」
「梔子さん、見つけました、見つけましたよ。」
長かった話に終え、次の質問に入ろうとした時、山積みの資料で見えなくなっていた杉崎さんが出てきて、机に埃の被った一冊のバインダーを置いた。
「ほら、このページです。」
開けたページには"
とは言っても、情報は昔のことだけで現在31歳だと言うことと名前以外には分からない。
「……確かにこの人っぽいね。」
「しかし、どうしてこの東さんって人は強い時間遅延の能力なんてこの女性にかけたんでしょうね?」
杉崎さんはバインダーの東さんの情報と、封じ込められた魔法少女の写真を交互に見る。
「ん?…この魔法少女、絹川 鈴だな。」
写真を覗いたジェイズさんが呟く。
「………知ってるんですか?」
「直接じゃないが、初期の第一世代では1、2を争う強さだったらしい。」
「これは……絹川さんで間違いなさそうですね。」
ジェイズさんがめくった"絹川 鈴"のページには当時の新聞か何かで撮られた顔写真が挟んであり、写真と瓜二つだった。
「これは大収穫ですよ。いやぁ本当に助かりましたよ、ジェイズさん。さて、探しに行きましょう梔子さん。ジェイズさん、それでは。」
杉崎さんは言うが早いか、さっさと店から飛び出していく。
ボクも杉崎さんに続いて店を出ようとすると、ジェイズさんに呼び止められた。
「梔子……君へのインタビューは尻切れ蜻蛉になったから、また今度続きをさせてくれ。それと、君はトラブルに巻き込まれやすいようだから言っておくが、ここ最近、ヴェイグリアの力を有した人間が現れた。ヒイラギ ミチカ、そんな名前だ。君も一応気をつけておけよ。」
「………はい。」
ジェイズさんの言葉に軽く頷き、ボクは店から出た。
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