幕間
どこぞの学者 2
左手にビール5箱分、計30本を入れたビニール袋を下げ、もう一方の手で最近話題になったどこかの学校の文化祭で撮られた魔法少女の戦闘を収めた映像を見ながら、寂れた雑居ビルのやけに蹴上の高い階段を5階目指して上る。
エレベーターがあればと思うが、生憎、ここに入居しているのは、奴のほか一人も居らず、メンテナンスや清掃等が入るのを見たこともないので、エレベーターがこのビルに設けられることはあり得ない。
そうこうしていると5階に着いたので、ここ唯一の入口であるノブが外れかけ、立て付けの異様な悪さで開けにくくて仕方ないトビラをこじ開け、奴のラボに入った。
「メーレヒュケッヘ、ビール買ってきたぞ」
俺が奥の方に向けて声をかけると、メーレヒュケッヘはのそのそと壁際に置かれたソファから立ち上がり、俺の前に顔を出した。
「おぉ、ジェイズ。毎度、毎度悪いな。」
「本当だ。お前が変身すれば済むだろうに。」
「おいおい……馬鹿言うなよジェイズ。エコルシェみたく無駄を廃した固く柔いボディに、漆器のようにツヤのある顔の造形。この俺の完成されたフォルムをわざわざ人間みたく取り繕う必要がどこにある?」
そう言いながら、赤銅色の自分の肉体を見せびらかすように羽織っていた白衣を脱ぐ。
お前が取り繕うべきはナルシストで傲慢なところだと言いたくなる。
それにまず、お前の頭は口と、後ろに流れるように生えた2本に正面の額のデカいのの計3本の角以外に何も凹凸のない面じゃないか。造形とはどこにあるのだ。
まぁ、何を言ったところで奴の性格が少しでも丸くなることはない。
話が進まなくなるので、適当に頷いてやる。
「そうだ、ジェイズよ。お前に聞かせたい話があってな。つい最近、俺たちと同じ力を発現させた人間のこと………知ってるだろ?」
「ああ、勿論。」
名前も姿もまだ知らないが、つい先日、ヴェイグリアの能力を人間ながらに開花させた人間が現れた。
風土研究をしている身としてはまず絶対に見逃せない事象だ。知らない訳がない。
「俺はこの話を聴いて、一つのアイデアを思いついた。」
酒を水のように一気に飲み干したメーレヒュケッヘからミミズのはったような汚い字で書かれた設計図を手渡された。
読めん。
「そこに書いてある通りだ。魔法少女とヴェイグリアの能力、その相反する2つを兼ね備えたニンゲンのデザイン………どうだ、まさしく独創的で意欲的、俺の天才的な閃きよ。」
ガハハと豪胆に笑い、一気にビール3缶を口に流し込む。
こいつは、人の手間を考えず………
「そんなのに協力する人間なんて居るか?」
「その点は抜かりない。良いニンゲンを見つけたんだ、力に対して並々ならない執念を持っててな。」
「ほぉ、そりゃまた随分と酔狂な人間も居たもんだ。」
「それでだな…ジェイズ、お前にも俺の研究を手伝ってもらいたくてな?なぁ、どうだ」
「答えは"いいえ"だ。俺の専門はこっちの世界の風俗・風土研究。お前のやってるのとは全く違うからな。」
そう答えて、オンボロ扉の方に回れ右して帰ろうとすると
「けっ!連れねぇなぁ、お前は。向こうにいた時も、こっちにいる今もよぉ。」
愚痴か文句のような何かを飲み干した缶と一緒に背中に投げつけられた。
それを無視して、奴のラボから出る。
これだから酒飲みは嫌いなんだよ。
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