洒落たカフェと相談は苦手

「梔子さん、あなた何飲む?」


「………ウーロン茶。」


相談したいことがあるからと、最近知り合った茉莉さんに連れてこられたカフェは、ボクみたいな免疫の無い人間には酔ってしまいそうなほどにお洒落で、居心地が悪い。


「店員さん、ウーロン茶と……私は…このブレンドコーヒーで。」


「かしこまりました。」


少し場の雰囲気に縮こまるボクとは対照的に、茉莉さんは良くこういったカフェに来るのか、カチッとこの店にはまっている。


「それで……相談って何?」


「私の妹のことで……」


「妹、いるんだ。」


「ええ。これが妹の美菜。姉バカって思うかもしれないけど可愛い子でしょ?」


スッと顔の前に差し出されたスマホを見ると、姉妹のツーショットが写っていた。

左の女性が妹さん……妹さんは端正な顔立ちの茉莉さんとは対照的に、柔和な印象を受けるような感じで確かに可愛いと思う。


「うん。可愛いと思うよ。」


「でしょう?ふふ、もう一枚見る?これね、美菜が文化祭で」


妹さんを褒めると、茉莉さんは自分のことのように嬉しそうになる。

ああ、確かに姉バカって感じだ。


「可愛いのは分かったけど、それでボクに何を相談したいの?」


真面目に聴き始めると終わりそうにない妹自慢を遮って話を続ける。


「ああ、ごめんなさい。妹は私と同じ翠蘭学園の中等部に通ってて、学生寮で暮らしてるんだけど」


翠蘭学園……ここらの私立じゃ偏差値トップの名門だ。

姉妹揃って秀才かぁ。

学業に関して低空飛行のボクにとって、偏差値68なんてどんなものか判断もつかない。



「先生によれば妹は真面目で、交友関係でもトラブルは無かったらしいんだけど、2週間前から急に妹が部屋に引き篭もるようになってしまって……」


五月病……?

いや、今はもう7月だし違うか。

何にせよ、心の問題は解決しようがないね。


「ボク、文学部だし、臨床心理学の講義も受けてないよ。」


「いや、おそらくだけど魔法少女の能力が関わってるの。」


「あー………魔法少女……」


心理学は専門じゃないからってことで断ろうとしたけど、魔法少女のワードを出されると何となく断り辛くなってしまう。


「梔子さん、あなたのその見る能力で妹にどんな能力の影響を受けているか、確かめて欲しいの。お願い!」


頭を下げ、茉莉さんはボクの手をぎゅっと握る。


あぁ、断れないなぁ。説得するだけ骨折り損のくたびれ儲けになりそうだし。

はぁ……山井さんとか吉永さんならこんなシチュエーションになっても平気で断われるんだろうけど。


そんなことを考えながら、ボクは頷いた。


ーーーーーーーーーー


「ここが妹の部屋よ。」


次の日、すぐに見てほしいということで茉莉さんに連れられ、妹さんの部屋を訪れることになった。


ボク的には、部外者の大学生であるボクがこんな簡単に寮に入れるのか不思議だったが、寮母を根負けさせるほど茉莉さんが頼み込んだらしい。

すごい妹愛だ。


「美菜、入るわよ。」


ノックして部屋に入ると、妹さんはベッドの中に丸まって潜り込んでいた。


「お姉ちゃん!お姉ちゃん!」


布団の中にいた妹さんは茉莉さんを見ると、布団から飛び出し、茉莉さんに抱きついて嗚咽する。

その体は身震いしていて、顔色も悪い。

相当怖い思いをしているのだろう。


「大丈夫だから。お姉ちゃんがついてるからね。………梔子さん、お願い。」


「うん。」


ーー緑園寺 美菜ーーーーー学園中等部を通いーー魔法少女に目覚めて日は浅くーーーーー


妹さんも魔法少女なんだ。

確かに見る限り、トラブルに当たりそうなことは見えてこない。


ーーーーー2週間前より幻覚の能力を受け、幻覚に悩まされておりーー


「分かったよ。確かに茉莉さんの言う通り、魔法少女の能力だった。幻覚かけられてるみたい。」


「そう……それで幻覚をかけた相手は」


茉莉さんの言葉を遮るように、ノックがした。

その音に、妹さんはベッドへ逃げ込む。


「あのぉ、向井だけれど。美菜さん、お加減は大丈夫?」


ノックの主は返事が無いのが心配になったのか、再度扉を軽く叩く。


「向井さん、今開けます。」


どうやら茉莉さんの知り合いらしい。

茉莉さんはすぐに扉を開けると、幾つか果物の入ったカゴを持ってムカイさん?が入ってきた。


「誰?」


「この人は向井 すうさん。私のクラスメイトで寮長さんなの。」


「ええと、初めまして。寮長の向井です。茉莉さん……こちらの方は?」


「梔子 真白さん。私の知り合いで、美菜の、妹の心配をしてお見舞いに来てくれたの。」


「……そうだったのね。寮長の向井 雛といいます。この度はご足労ありがとうございます、梔子さん。」


向井さんはお辞儀する。

ボクからしたら、仰々しいぐらいに礼儀正しい。


「これ、いくつかフルーツを持ってきたの。美菜さん、食欲が無いようだから。茉莉さんから食べさせてあげて。」


「向井さん、ありがとう。」


「いいのよ、だってあたしたちはクラスメイトでしょ。それにあたしは寮長なんですから。助け合うのは当然よ。」


「ありがとう。私、あなたとクラスメイトで良かった。」


「…あたしもよ。」


茉莉さんのセリフに向井さんは微笑む。

良いクラスメイト像だ。

ただ……一瞬、向井さんに間があったように感じた。


「それじゃああたしは戻るわ。茉莉さん、美菜さんの側へついていてあげて。きっと心細いでしょうから。………梔子さんも美菜さんをよろしくお願いします。」


………やっぱりどこかボクに対してぎこちない。

そう思い、出て行く彼女の背中を見た。



「ねぇ、今の向井さんって人……お見舞い、よく来るの?」


「ええ。2日に一度は来てくれるわ。きっと妹のこと心配してくれてるのね。」


「………そうじゃないみたいだよ。」


「え?……どういう…こと……?」


困惑する茉莉さん。

それもそうだと思う。ボクもこの能力じゃなきゃ信じられないだろう。

すごい演技力だ………あんな強い嫉妬心を相手の前で隠せるなんて。


「あの人、魔法少女みたいだよ。能力は…幻覚だってさ。」

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