トップノート(2)

広田とのやり取りをしている間にも続々と参加者は増えていたらしく、気が付けば席は全て埋まり、スタッフが外から椅子を数脚追加していた。


「開始時刻の10時となりました。只今より主催のオガワから開始の挨拶をさせていただきます。皆さま、お手数ではありますがネームプレートをお付けください。」


ミネコからアナウンスが入り、スタッフからそれぞらにネームプレートが手渡される。

それを付けていると、壇上へ緑のスーツを着た男が上がった。

オガワだ。


「皆様、この度は『ストレイシープ』へお集まりいただきありがとうございます。このような」


形式的で少し堅苦しい挨拶を聞きながら、オガワを見る。一見して好青年そうなものの、どこか拭えきれない胡散臭さが漂っている。


「長くなりましたが、これにて挨拶を締めさせていただきます。それでは皆様、お楽しみ下さい。」


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「そこの、恋してることに対して捻くれてしまうサチの繊細な感情がとても良くて」


「そうなんですか。」


会が始まって一時間。

国語の教科書に出てくるもの以外で本を読んだ記憶がない程度に文学と縁遠いボクは、ひたすら聞き専に徹するばかりとなっていた。


「それで」


「ごめんなさい、少しお手洗いに。」


知らない話を聞き続けるのも疲れる。

一旦、休憩しにトイレにでもへ逃げようと廊下へ出るとトイレ側から戻るスタッフの一人とすれ違ったのち、山井さんと相澤さんと鉢合わせた。


「アンタ見たわよ、広田だっけ?ナンパされてたわよね。」


「へぇ、クチナシさん隅に置けないじゃん」


ニヤニヤする2人。

はぁ、見られてたと思うと嫌になる。

ただそれ以上に、丁度横を通りかかってナンパ話が聞こえたらしいミネコに顔をチラ見されたことが堪えた。


「それにしても…あの花瓶は無いわね、浮きすぎよ。やけに花の匂いも強いしね。」


「それはボクも思った。」


それから暫く話をして2人と分かれ、さっきとは別のスタッフと入れ替わるようにトイレへ入ると、さっき花瓶の話をしたからか、洗面台の奥の方へ置かれた、赤い花の挿された味気ない細身の花瓶に目がいった。


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そこからまた一時間が経ち、入れ替わり立ち替わり来る参加者の話に相槌を打つ作業に勤しんでいると、いつの間にか、ついさっきまで居なかったオガワが再び壇上に立っていた。

オガワは席を外していた山井さんが戻り、全員が居るのを確認すると、マイクに電源を入れる。


「皆様、楽しんでいただけているでしょうか。」


いいえ。そう心の中で答えると、それを見透かしたかのようにオガワはボクの方へ視線を向けた。


「クチナシ様、この会はつまらないですか?ですが、ご安心下さい。ここからはきっと楽しんでいただけるでしょう。」


『クチナシ様以外の皆様、お眠り下さい!』


そうオガワが発すると、参加者たちはその言葉に応じるように次々とテーブルに突っ伏し始める。


「さあ、改めて挨拶から初めましょう。魔法少女のクチナシ様。私、ヴェイグリアのジェザーガーと申します。」


微笑むオガワ。

『胡散臭い』という言葉の辞書に載りそうなほど、その顔は胡散臭さを体現していた。

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