ダメと言われても…

 ある癖を持つ男がいた。


 どこでもなんでも、「押すんじゃない」と言われたボタンを徐に押してしまう、何とも困った悪癖であった。


 ある時は従兄弟の遊ぶスーパーファミコンのリセットボタンを


 またある時は、職場の緊急停止スイッチを


 またまたある時は、電車の非常停止ボタンを


 どれだけ怒られその時は萎縮しようとも、その癖が治ることは今の今までなかった。


 ある時、状況を汲んでくれた友人が脳外科を勧めてくれた。

 彼自身も悪癖には職場と威厳を奪われうんざりしていたところである。

 これは良い機会だと思い、彼は喜んで脳外科へ向かった。


 よく分からない機械を通し、自分の脳波を見られたり、レントゲンのような写真を医者から提示され、何がなんだか分からぬまま医者はただ「治ります」と彼に言った。


「ここに影があると思います」と、レントゲンを彼に見せる。そこには確かに、500円玉大の影が差し込んでいた。

「これを除去します。難しい症例ですが、我々も最善を尽くします」


 友人が懇意にしていた過去もあるとのことだったため、医者の言葉に特に疑いも持たず、彼は脳の手術を受けた。


 2日ほど眠り続け、3日目の昼に彼は目覚めた。

 目が覚めたのを確認すると、医者は彼に言う。

「影になっていたものは除去しました。これで大丈夫だと思いますが、一つだけ。…『頭蓋骨のてっぺんを押さないで下さい』。これだけです。だいたい1ヶ月ほどで快復すると思いますので、それまでは触らないように」

 彼は拍子抜けした。

 悪癖が治ったタイミングで『押すな』と言われたのだ。

 1ヶ月押さないことなど、今の彼には朝飯前である。

 彼は喜んで術後の状況を受け入れ、跳ねながら家路についた。


 〇


『​───次のニュースです。昨夜未明、〇〇県、〇〇町の路上で男性が死亡しているのが確認されました。男性は同県に住む〇〇〇〇さんと思われ、頭部には手術痕と、〇〇さんが指で押したと思われる痕が確認されました。警察は事件の可能性も見て、捜査を進めていると​────』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る