第7話 騎士の誇り

 聖帝騎士団第一位『ライネス・フォン・アグリアネス』

 人類で最強と評される実力を持つ聖帝騎士団十三隊の隊長格13人、その中でも特に抜きんでた実力を持つライネスは人類の誇る最強の聖剣と呼ばれていた。

 【聖帝】と呼ばれる高位なる存在から加護を受け、魔女に支配されたこの世界で唯一の対抗手段として存在する聖帝騎士団は、だれよりも魔女を憎み世界の平和を望む。


 無敗にて無双、聖帝騎士団を統べる存在、それがライネス・フォン・アグリアネスの存在意義であった。


 しかし―――


 それは、突然現れた美しく蒼い髪をなびかせ、見たことのない魔法を使う異質な少女によって、打ち砕かれる。

 何年もかけて鍛え上げた剣術も、聖帝の加護も、この容姿麗しい少女には全く通用しなかった。最強の聖剣と持て囃され、魔女にだって遅れは取っていない、魔女と相対すれば勝てる!そういった確信に近い自信があった、人外だらけの聖帝騎士団でもライネスに敵う者はだれ一人いなかったからだ。


『私だったら魔女を討伐できる』


 そう信じて今まで戦ってきた、それなのに。

 自分の築きあげた自信という名の全てが、今、目の前で地べたに額をつけ、みっともなく信じてくれと懇願している少女によって砕かれたのだ。

 初めての敗北が、初めて経験する感情の波が、魔女に負けた事実が、彼女の心をかき乱す。


「やめろ……」

「教えてくれるまでやめませんっ!」

「……やめてくれ」

「いや、でも」


 ライネスが歯を食いしばり、歪んだ表情を浮かべる様子を見てルルルンは自分が彼女を深く傷つけていることに気づく。


 よかれと思った行動、言動が、相手にはそうではない場合がある。

 それはルルルンが社会人時代に学んだ事。相手の思いを考えず、自分の意見を通すため必死になる。そこには相互の意思は存在せず一方通行の思いのみが存在する。ルルルンは「自分が魔女ではない、だから話をしてくれ」と、一方的な提案を続けていた。彼女が魔女を憎む理由や、どうして魔女を討伐する必要があるのか、彼女の騎士としての矜持や内なる思い、それらを理解しようともせず、ライネスに頼み続けていた自分に後悔する。


「なにやってるんだ俺は……」


 ルルルンは自分の頬を叩き目を見開く、同じ轍は踏まない!

 うつむくライネスに声をかける。精一杯気を使って、相手を尊重して。


「自分の事ばかり話して……申し訳ない、話を聞こうとしてなかったのは俺のほうだった」

「何を言っている?」

「いや、対話するんだったら、君の思いを聞かないとフェアじゃないだろ?」

「お前は……」

「どうして魔女をそこまで恨み、討伐する必要があるのか自分には分からない、だから……良かったら話してくれないか?それを理解できれば、自分もまた頼み方を変えるし、話ができないとあれば素直に諦めるから」


 その口調は穏やかに、なだめるように語り掛ける。


「!!」


 ルルルンが話終わると同時にライネスが動く。

 ライネスは目にも止まらぬ速さで、剣を振りルルルンの首を切り落とそうとするが。


「!??」


 その刃は首を刎ねる事無く、首皮に触れたところで静止する。

 薄皮を切り、そこからジワリと血が滲みほんの少しだけ滴ると、ルルルンの鎖骨を伝い胸元へと流れた。


「何故防御しない?」

「する必要がないから」

「馬鹿にするな!!」

「馬鹿にしてない、君は強い、多分いままで俺が出会った誰よりもだ、人間の領域を超えてる、正直信じられない!嘘じゃない、化け物かと思った!!あ、褒めてるからね」

「それでも、貴様はそれ以上だ、私は手も足も出なかった……何も、何もできなかった何年も魔女を倒す事だけを考えて鍛えたこの剣も、聖帝様のご加護も、全て裏切ってしまった、私は【魔女】に負けたんだ!!!!!」


 事実は覆る事はない、ライネスは悔しさに涙を流す。


「だとしても君の強さは称賛に値する、剣筋や身体の使い方を見れば分かる、君のそれは魔女を倒すために磨いた賜物だろ?だったらそれは結果に結びついてる、裏切ってなんかいないだろ?」

「魔女に敗北した、敗北者に慈悲はない」

「だから剣を止めたのか?」

「そうだ」

「違う、君は俺が魔女じゃないって思い始めているんだ」

「違わない!不意打ちで貴様を殺しても、そこに正義はない」

「違う、強がって本当の気持ちを認めてないだけだ」

「強がってない!!」

「優しいんだな」

「優しくなど!!!!」


 言葉の交差が続く、思いは熱く感情は昂る。

 感情に呼応してライネスの剣を握る手に力が入る。


「だったらその剣を振り切ってみせろ!!!!!」

「私は!!!!!!!」


 迷いを振り払うように声を上げ、剣に力を込める、眼前のルルルンは真っすぐ逸らすことなくライネスの眼を見ていた。少しも疑いの無い宝石のような瞳はまるでライネスの憎しみを吸い取るようにライネスの心を掴む。


「なんでそんな瞳ができる……」

「君はきっと理解してくれる」

「どうしてそう言い切れる」

「勘かな」

「……なんだそれは、馬鹿なのか?」 


 ライネスはその剣を振りぬく事はできなかった。大きくため息をついてライネスは剣を降ろす。するとルルルンは、にやりと口元を緩める。


「やっぱり優しい」

「黙れ」

「俺は魔女じゃないから、君は魔女に負けたわけじゃない」

「負けは負けだ」


 ライネスは目の前の少女を魔女だと断定できず、自分の思いを抑え込む、それは間違いなのかもしれない、魔女ではないとすればこの少女は何者なのか?およそ見た目の年齢とは似つかわしくない言動と態度、全てに疑問符が付くその存在にライネスの殺意は興味へと上書きされていた。


「お前が魔女ではないと確信したわけではない」

「でも、進展はした感じ?」

「信用するには情報が少なすぎる」

「尋問が必要なら受けて立つよ」

「いや、お前が望んだ対話をする、その結果お前がこの世界の悪ならば私はお前を斬る」

「いいよ」

「お前の価値は私が決める」


 先ほどまで落ち込んでいたライネスとは見違えるような凛々しさで彼女は立ち上がった。

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