第8話 魔女と否定と真実と①

「ありがとう、ライネス」


 ルルルンは、裏表のない砕けた笑顔で、感謝の気持ちを表現する。その輝くような笑顔は、誰もがつられて笑顔になってしまうような、とても良い笑顔だった。


「何を笑っている!話を聞くだけだ、私はお前を認めていないからな!」


 わずかに残る意地なのか、素直な気持ちに対し、ライネスは悪態をつく。それでも彼女は対話に応じてくれた、その事実がルルルンには何よりも嬉しかった。


「すまんが場所を変えてもいいか?」

「なんで?」


 ライネスはそうルルルンに告げると踵を返し、周りを見渡す。

 騒ぎが落ち着いたからなのか、街の群衆が何事か?と集まり始めている。


「お前との話は誰かに聞かれてはいけない気がする」

「別に良い気がするけど」

「私の勘だ!!」

「ああ、勘ね、それ大事だね」

「だったらついてこい」

「はいっ!」


 そういうと、人目のつく広場からはなれ、ルルルンとライネスは町の一角にある、食堂に足早に入っていった。

 ライネスは店主に「一部屋お借りします」と告げ、その食堂の二階にある一室にルルルンを招き入る。部屋で二人きりになるとライネスは備え付けの椅子に座る。

 指でベットに腰かけろとジェスチャーされルルルンはライネスと向かい合うようにベットに腰かける。圧がすごい。


「で?」


 やはり圧がすごい。


「で?」


 ライネスのぶっきらぼうな「で?」の意味をルルルンが聞き返すと、ライネスはルルルンを睨みつけ、語気強めに話を始める。


「お前の聞きたいこととはなんだ!?」

「え?先に俺から質問してもいいのか?」

「いい、勝ったのはお前だ、お前の質問から答える」


 悔しそうな表情を浮かべ、話すライネスを見て、心情を察したルルルンは速やかにこの世界についての質問を始める。嘘偽りなく真摯に正直に。


「この世界における、魔女っていう存在について教えてくれ、あと出来るなら聖帝騎士団についても」


 ライネスにとってそれは衝撃的な問いであった。


「ちょっと待ってくれ……それは本気で言っているのか?」

「本気です」


 あまりに突飛な質問内容に聞き返す「それは本気なのか?」と。


「そんな事、子供でも知っている事だ」

「申し訳ない、不勉強でして」


 この世界に転生してまだ間もないルルルンの「知識」は、当然子供以下である。誰もが知っていて当たり前の事ですら、ルルルンには、全て知らない知識。真顔でこの世界について質問するのはおかしな事ではない。

 しかし、ライネスには全く理解できない。自分を圧倒し魔人機をいとも簡単に消滅させた魔女が、どうしてそんな事を聞いてくるのか……。


「なんで魔女のお前が、魔女の事を知らない、だめだ、意味が分からない!」

「魔女じゃないから聞いてるんだってば!あああ、ややこしい!!」


 ルルルンもまたどう説明すれば分かってもらえるのか困っていた。

 自分の世界の情報開示がどのような淀みをこの世界に産んでしまうのか、予想が付かないからだ。

 お互いがお互いを探り合うような空気を先に破ったのはライネスだった。


「わかった……説明をする前に、これだけはハッキリさせておきたいことがある」


 ライネスの中で消えない疑問、そこをハッキリとさせなければ何も進まない、聖帝騎士としてこれだけは明確にしなければいけない事。



 聖剣を抜き、ルルルンの眼前にその切っ先を向ける、納得できなければ切るという意思表示。魔女であるかないか、それは魔女討伐を使命として生きるライネスにとって重要な事。


「この世界における魔女は、人の命を魔法で弄び、魔法を使い私利私欲を満たす悪、誰もが恐れ、抵抗することは叶わず、一方的にこの世界の平和を乱す存在だ。私が、かつて遭遇した魔女は紛れもない悪だった、全てを焼き、全て殺した、アレを悪とせず何を悪と呼べる!!!!」


 悲痛な想いが伝わってくる、ライネスの魔女への憎しみ、この世界で魔女という存在がどれだけ悪なのか、彼女の表情が全てを物語る。それほどまでに魔女が恨まれている世界、ルルルンは自分が警戒される理由を理解する。

 ルルルンは、この世界でも魔法が憎しみの対象になっている現実を知り、悲しみを感じた。世界が変わっても、特別な人間とそうでない人間で差別が起こる。魔法を人殺しの道具として、争いは起こってしまうのかと、ルルルンは、悔しさに歯を食いしばりながら、拳を強く握りしめる。


「くそっ……」

「どうしてお前が悔しがる」


 魔女は悪、許されざる存在、魔法を使う女は魔女。呪いのように信じ続けたライネスの価値観を目の前にいる人形のような美しい少女が破壊した。その少女に対して、ライネスは言葉の続きを言い淀む。その言葉を口にすれば認める事になる、騎士としてそれが間違っているのは分かっている。


 だが、自分の気持ちに嘘をつくことはできない。


「お前は……魔女には思えない……お前は、あの時私が見た、魔女とは違う」


 およそ魔女とは思えない振る舞いと言動。この少女が魔女ではなく魔法少女と名乗る理由と、それを証明する証拠。それを知ることができれば、誇り高い聖騎士は、およそ悪意の感じられないこの少女と、事を構える必要が無くなるのだ。ライネスは心のどこかでその証拠を期待していた。


「お前はいったい何者なんだ?なぜ魔法を使うことができる?頼む……答えてくれ、お前が魔女ではないと証明してくれ!!」


 真に迫ったライネスの思いを受け、ルルルンは少し悩んでから、凛と澄んだ瞳の騎士に嘘偽りなく答える。


「今から話す事は、とてもじゃないけど信じられるような内容じゃないと思う、でも、嘘じゃない、全て本当で、真実だ、それを信じてくれるなら、俺はライネスを信じて本当の事を話す」


 提示された条件にライネスは静かに頷く。


「わかった……お前の言う事を信じる」


 ライネスのその言葉を聞いて安心したルルルンは、意を決し真実を話す。

 自分がこの世界の人間ではないと。

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