5-5. 私
コンさんが憐れな一族の呪いを解いた後、私は一人、春風堂を訪れた。
私の姿が見えた途端、春風堂のご主人は、何だか困ったような顔をして駆けつけてきた。
「人目につくとまずいでしょう。店仕舞いをしますからちょっとお待ちを……」
「分かった」
私は店の奥の椅子に腰かけた。そうして春風堂が店を閉め、シャッターを下ろしたところで、私は改めて彼を見た。
「言われた通りにしたんですがね」
気まずそうな春風堂。浅黄色の着物姿。帯は白。相変わらず上等の物を使っている。
「どうにも上手くいきませんでした」
「まぁ、仕方ない」
私は頷く。
「ああいうこともある」
「しかしあなたも人が悪い。自分でかけた呪いを解く手伝いをするだなんて」
苦笑いのような笑みを浮かべる春風堂に私は返す。
「コンさんの動きが想定外だった。『手相を見たい』というだけで私に頼るとは。今時ネットで調べれば何でも分かるのに。まぁでも確かに、彼の知り合いで手相を、それも正確に見られる人間は私しかいない」
私はパーカーのポケットに手を突っ込む。すると春風堂が告げた。
「……私は時々、あなたのその笑顔が怖くなるんですよ」
じろり、と私は春風堂を見つめる。
「私もねぇ、接客業ですからそれなりに人の顔色は分かる。一応物の鑑定をする人間だから、真贋も何となくだが分かる。あなたのその笑顔は作り笑顔だ。それもかなり精巧な。一目見ただけでは、それと分かりにくい……」
「人の顔の鑑定をしている暇があったら、あの一族にまた呪いをかける方法について考えろ」
私は表情はそのままに、なるべく重たい言い方になるよう声を潜める。
「あのじいさんが骨董好きだと分かったからお前を使ったんだ」
「も、申し訳ありません……」
春風堂が頭を下げる。
「お願いです。あの一族に目をつけられたら、私の店はもうどうしようもなくなる。どうか私が、華僑をルーツに持つことだけは口外しないよう……」
「華僑の親族であることを隠したがる人間なんていない」
「ですがここはあの一族の息がかかっている土地ですから」
あの一族、とはあの一族だ。私が天邪写で呪い、罰しようとした。
「あの一族は外国人と見るや攻撃してきます。それが例え、先祖や親戚関係に当たる人間でも……」
「分かった」
私は淡々と話す。
「まぁ、天邪写を渡すところまでは上手くやったのだから、一応成功ということにしておいてやろう。私はまた、手を考えなければならないが」
ほっと春風堂が息をつく。
「ひとつ、お聞きしたいのですが」
彼が声を潜める。
「以前、あの家の蔵から出てきたという酒はどうやって手配したのですか」
私は答える。
「藤とかいう家政婦の女を使った。あれの弱味を握っている。あの女は私の言いなりだ。私が指示すれば三回回ってワンと鳴く」
「その後あの眼鏡とご懇意になられているのは……」
「成り行きだ」
私は店の品物を眺める。壺、絵、書。どれもなかなかいい品だ。一応この男の目は、確かだということになる。
「まぁ、私としても私の呪いを解いた人間には興味があった。あの男は霊能力がないくせに口先とハッタリだけで除霊なんてことをやっているらしいしね。純粋に面白いと思った」
「まぁ、確かに変わった男ではありましたが……」
春風堂が渇いた笑いを浮かべる。
「あまり私の心臓を驚かせないでくださいよ。あなたがいきなりあの眼鏡に呼ばれてこの店先に顔を出した時はどういうことかと……」
「言っただろう。想定外だったんだ。まぁ、本来なら想定すべき事態だったが、私も忙しい。多少の抜け漏れはある」
それから私はすっと、パーカーのポケットからひとつの扇を取り出した。畳まれた扇。少し大きめで、四十センチ以上は長さのある。
「今回の報酬だ。現物支給で悪いが、価値のあるものだ。店に飾るなり、売り払うなり、好きにしろ」
「おやおやこれは……」
と、春風堂のご主人が笑顔で扇を広げた、その時だった。
「ぎゃあああああっ」
まるで焼けた棒を押しつけられたように、春風堂のご主人が悲鳴を上げた。
「あああああ……!」
絶叫。憐れな。実に憐れな。
「使えない駒に用はない」
私はポケットからハサミを取り出すと、店の電話のコードを切断した。それから子機を踏み潰し、レジカウンターの上に置かれていたスマホを奪う。
「まず、連絡手段を断つ」
店仕舞いはお前がしてくれたね、と小さく告げる。
「裏口から出ようかな。鍵はこれだね」
レジ横のキーケースから店の鍵を取り出す。
春風堂が狂ったように叫ぶ。
「ど、どうしてぇ! 私は、私はぁ!」
「そのまま痛みに苦しんで死ね」
私はいつもの笑顔を浮かべる。
「『狐眼』だ。絵を見た人物を呪うよう願った。扇の絵を見た人間は、術者を除き祟られる。一応害がないように、それと証拠を残さないように、この扇は回収しておこうかな」
痛みのあまり春風堂が取り落とした扇を、私は拾う。丁寧に畳む。春風堂が死んだ頃、この扇は証拠隠滅として燃やしておこう。
「あああああ! 助けてぇ! 助けてくださぁい!」
「言っただろう。使えない駒に用はない」
私は店の裏口に続くドアに手をかける。
「えーっと、こういう時にふさわしい日本語があった気がするんだが……」
私は笑う。今度こそ、心の底から。
「ああ、そうだ。『ごきげんよう』。春風堂のご主人」
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