7話

「松野の家の者たちと話してはいかん。近づくこともならん」

 父や祖父から、きつい口調でそう言われた。

「わかった」

 やすしは、父の圧力におされるように、ひどくあっありとそう言った。

 戸惑いや罪悪感が、やすしの首の辺りをいくぶん重くした。


 松野の家には、同級生のとしおがいる。としおには姉がいる。

 やすしの家の前の通りを東に五十メートルほどいったところに松野の家がある。

 その間にも家が何軒もあり、同級生もいるが、としおはやすしの一番の仲良しだった。

 幼稚園のころから、帰るのも一緒で一緒に遊んでいた。


 松野の家でよくないことがあったのは、やすしも知っている。

 としおの父が、なにかよくないことをした、ということだった。

 それがなにかまでは、やすしは知らない。


「この町にはあいつらの居場所はねぇ」

「来年になりゃ、出ていくだんべ」

 家の中では、父や祖父たちが、そんな話をしていた。

 十二月に入ったばかりのことである。


 小学校では。

 としおはやはり、一人ぼっちのことが多くなった。休み時間、としおは一人椅子に座っている。

 体育の時間も誰とも話をしないし、帰るのも一人。

 マフラーに顔をうずめて、まるで「僕はマフラーです」とでも言わんばかりに。


 そんな友だちを見て、なにも感じないということはない。

 話しかけようかとも思った。

 でも、しなかった。


 仕方ない、としおのお父さんが悪いんだ。

 ――僕だってお父さんと約束したんだから。


 仕方ない。

 友だちを無視しているのは、「僕」の意志じゃない。

 父親の意志だ。

 父親の言うことを聞いている、だけだから。


 十二月も半分ほどが過ぎた、ある夜。

「おい、はじめ、おめぇ松野の娘と中学から一緒に帰ってきたらしいな」

 はじめは、やすしより三つ歳上の兄である。としおの姉も同じく。

 夕飯の前に、父がわざわざ兄を居間に呼びつけた。

「たまたま一緒になっただけだよ」

「そうか、じゃあ、これからは二度とそんなことするな、近づくな」

 その声、表情から、父が怒りを抑えていることは明らかだった。

「子どもにゃ関係ねぇだろ」

「なに言ってんだ、おめぇは!」

 父はキレた。

「大人の都合を子どもに押し付けんなって!」

「うるせぇ! 子どもなら親の言うこと聞くもんだんべぇが! 俺の顔潰すんじゃねぇ!」

「結局、子どもより自分の面子(めんつ)が優先かよ」

「生意気な口きくんじゃねぇ! それでおめぇら養ってんじゃねぇか!」

「はぁ」

 大きく息を吐き出すと、兄は二階の自分の部屋へ戻っていった。


「はじめ、もうすぐご飯になるよ!」

 母が階段の下から大きな声で言う。

「今食べないと」

 いらん、と兄は言ったのだろう。 

「後で食べたいって言ってもないんだからね」

 いらん!

 その声は、やすしにも聞こえた。

「あ、そう」

 呟くように言った母の声は、二階の兄には聞こえなかったろう。


 はじめと、としおの姉かなこは、やすしととしおのようにいつも一緒に遊んでいた、ということはなかったろう。

 小学生あるいは中学生の男子が女子と遊んだり一緒に帰ったりなどしたら、他の子どもたちからどんな冷やかしにあうか。

「おまえ、かなこと付き合ってんのか」

「チューしたのかよ!」

 などと言われて、

「ねぇよ!」

 といちいち否定したり、黒板に相合い傘など書かれて消すはめになる。

 はじめに、そういう手間はなかったはずだ。

 はじめは、むしろの後で、かなこと近づくようになったようだ。

 もっとも、その前から「思い」はあったのだろう。

 それこそ、はじめは、

「ねぇよ!」

 と言うだろうが。


 父に言われてから、はじめは、かなこと一緒に中学から帰ってきたりはしなかったが、学校で、近所で、二人が話をしているところを何度か見られていた。

 父の耳にも入っているだろうが、こないだのように、面と向かって注意することはなかった。

 許したということもないだろうし、諦めたということもなさそうであるが。父が兄に話しかけることはなかった。


 父ではなく、やすしの方だった。

 はじめとかなこのことで、周りとの関係が変わってしまったのは、やすしの方だった。

 やすしと遊んだりおしゃべりする友人が、いなくなった。


 そのことをやすしは、父にも、祖父にも祖母にも、母にも、告げなかった。

 兄にも言わなかった。


 やすしは、「じゃあ、としおとおしゃべりしたり遊んだりしようか」と考えた。

 実際、しなかった。


 「としくん」はなんで座っているのだろう、と思っていた。

 じっと座ってないで、教室の外に出ていけばいいのに、と思っていた。


 実際、やすしは休み時間に教室から出てみた。

 校内をふらふらして、授業が始まる前に教室に戻った

 視線が、集まった。

 思わず、息が苦しくなった。

 首をしめられたようだった。


 なるほど、としおの気持ちがわかった。


 やすしのクラスには、休み時間に、自分の机でじっと座っている男子が二人いることになった。


 頭の中で、あれこれ考える。

 あつしに話しかけてみようか、とか。

 えいじに後ろからこっそり近づいて「わっ!」と驚かしてやろうか、とか。


 できなかったけど。


 仕方ない。

 みんなもそうなんだろう。仕方なく、無視しているんだろう。誰かに言われて。

 誰かのせいで。


 仕方ない。


 いろんなことを考えていると、じっと座っているだけの時間というのも、案外早くに過ぎるのだった。


 来年には松野の者たちはこの町から他所に移るという話を、父や祖父が話していた。

 年度がかわる三月あたりに出ていくだろう、と。


 あと三ヶ月。

 やすしは、気が重くなる。

 無視されることは、やはりツラい。


 冬休みに入る。

 やすしを呼びにくる友だちなどいない。


 それは兄も同じはず。

 冬休みに入った翌日、兄が家を出ていった。母にもなにも言わずに。やすしは、兄の後をつけた。


 少し早足の兄、すぐ後ろについているのに全然気づかない。

 もっとも、緊張しながら後をつけるような場所でもなかった。

 なんなら、兄が向かった場所は、自分の家の前からだって見えたのだから。

 兄は、松野の家に入っていった。


 兄は、大胆だ。

 その「大胆さ」がどれほど大胆か。やすしには自分の「大胆さ」と兄の「大胆さ」を比べることはできないが。

 松野の家で、やすしはとしおの部屋にいた。

 としおの部屋で、漫画を読んだり、ゲームをしたり。

 懐かしかった。

「学校でも、としくんと話したりしようかな」

 やすしが言ってみる。

「……」

 すぐに返事がないことが、意外だった。だから、次の言葉は予想できた。

「やめた方がいいよ」

「そうかな」

 一瞬間が空いて。

「俺たち、もうちょっとしたら引っ越しするから」

「三月じゃないの?」

「一月中だって」

「うん」

 自分の返事が「うん」だったことに、やすしは戸惑った。

「俺たちがいなくなれば、やっちゃん、また前と同じになるだろ」

「……」

 返事をしない方がいいと、やすしは思った。

 「前と同じ」になる、やすしもそう思った。

 その「前」というのが、「休み時間に静かに椅子に座っているのが一人だけ」くらいの前を思い描いたことに、やすしはなんの罪悪感も抱いていなかった。


 町は揺れていた。

 町を上げてアピールしていた特産物を使った商品の表示偽装を、松野が告発したのだった。

 あたかも、全ての加工品が、この地域で採れた物を使用しているかのようにうたっておきながら、実際には一部に他所で採れた物を使用していた。

 売上が上がってきたことが原因だった。特産物が不足気味になっていた。

 無論、品質に影響はないし、味もほとんど変わらない(というのも皮肉なものだが)。


 だったら……。

 

「ったく、おめえたちは、何回言ったらわかるんだ! 松野に近づくなって、言ってるだんべぇが!」

 冬休みに、やすしは何度かとしおと遊んだり。はじめと一緒に、何度か松野の家にいった。

「冬休みなんだから、いいだろうが!」

 兄が父に言い返す。

 この日、兄と父が言い合っていた。やすしは横で黙って見ていた。

 

 以前から、兄はやすしに、父をバカにするようなことを言うことがあった。

 兄は勉強ができた。兄に対して、父は遠慮するような態度を見せることがあった。

 ご機嫌をとるようなことを言うことがあった。

「はじめは県庁に勤めるのがいい」

 というようなことを言った。嬉しそうだった。

 兄に笑顔はない。むしろ、聞きたくなさそうに。


 父が最初に兄を叱ったとき、やすしは驚いた。

 でも、すぐに思い直した。

 ――兄は、父に怒られても仕方ない。


 父と兄が言い合いをしている。母も最初は、

「ほらほら、やめなさい、ご飯だから」

 などと言っていたが、すぐに諦めたようだ。

 

 やすしの頭の中、心の中にとしおの顔が浮かんでいた。

 ――おまえのお父さんのせいで、うちのお父さんと兄ちゃんが喧嘩してるんだぞ……。

 やすしは、悲しくなった。


 早く出ていってくれ!


 そんな思いを抱きながら、やすしはその夜、眠りに落ちていった。


 翌日、お昼前、兄が、リュックを背負って家を出ようとしていた。

「どこいくの?」

「今日はついてくるな」

 その言葉で、兄がどこにいくかはわかった。その表情、言い方から、いつもと違うことも、わかった。

 やすしは、兄を黙って見送った。


 三十分ほど後。

 やすしは松野の家にいる。

「お前はくるなって言ったろうが」

 松野の家の玄関で、やすしを出迎えたはじめが、そう声をあげた。

「ランドセルしょって、学校いくんかい」

 としおが笑って言った。

 やすしは、ランドセルを背負っている。

「ばか」

 兄も、笑った。


 ランドセルの中には、歯ブラシと、パンツとシャツが一枚ずつ。

「宿題は?」

「まだ終わってないよ」

 なに言ってんだか。兄は、あきれて言葉もない。

「持ってこなくてよかったの?」

 としおは笑いながらやすしに言った。

「ああ」

 やすしは、少し考えて。

「いいよ」

「よくねぇよ」

 突っ込んだのは、兄だった。

 何日いるつもりなんだろう?

「大晦日までには帰るんでしょ?」

 と、弟は兄には聞けない。

 まさか、一緒に引っ越すとか?

 ――それも、悪くないかな。

 などと、やすしは密かに思ったり。


 ――兄ちゃんは、かなちゃんと結婚するのか。


 それも悪くない。

 そしたらやすしととしおは……。

 ということまでは、考えなかった。


 その日は本当に、やすしは松野の家に泊まった。

「はじめ、お前もとしおの部屋だぞ」

「わかってますよ」

 はじめはすぐに俯いたが、その顔をかなこが少し笑いながら見ていた、はじめは知らなかったろうが。


 翌日の夜七時の少し前。

 やすしがとしおの部屋にいると。

 階下から聞こえてきたのは、どうやら自分の父の声だった。


「うちの子どもたちを、かえしてくれ」

 やすしたちの父が、玄関の下から、相手を見上げて言った。

 松野の父が、一つ考える間を口に含んでから、言葉を返した。

「はじめは、俺のやったことを支持してくれてる、だからウチにきたんだろう。あいつが自分から戻るというのでなければ、俺からあいつに言うことはない」

「おめぇはいつもそうやって、正義の味方ぶりやがって……。まず俺たちに一言いってくれりゃよかったじゃねぇか」

「何度も相談しただろうが。足りねんだったら、一回販売止めたほうがいいって」

「ようやく認知されるようになって、こっからってときだった。一生ごまかし続けるつもりなんてなかった。もうちょっと待ってくれりゃあ」

「商品として、良い物ができた、美味しい、胸張って自慢できるもんができた。でも、それだけじゃねぇ、中には、この町を応援しようと思って買ってくれてる人だっている。そういう人たちに嘘つくことは、俺にはできねぇ」

「この町が潤えば、そういう人たちだって喜ぶ。悪い評判が立つことは、そういう人たちだって望んでねぇだんべぇ」

「俺だって、ここが好きなんだよ!」


 松野の父の大きな声は、二階の部屋にこもるやすしたちにも聞こえた。

 部屋の外から聞こえたというより、家を揺らした、まるでこの家がそう言った、ようだった。


「まさるくんたちと一緒に、日本中にこの町の名前を広めたかった、でも、嘘はだめだろう」

 続く「まさる」の声には、すでに力が抜けていた。

「町の名前なんかより、俺は、子どもたち、その子どもたちが、ずっと地元で暮らしていけるように、地元で暮らしていきたいって言ってくれるように、そういう町にしたかったんだよ」

 やすしの父は、まさるは、帰っていった。


 松野の家で、はじめとやすしは二回目の夕飯を食べた。

 夕飯を食べながら、松野の父が話を始めた。

「やすし、ありがとうな、としと遊んでくれて」

 やすしは、驚いた。やすしはただ兄の後についてきただけなのに。

 もちろん、やすしはその「ありがとう」をすんなり受け入れる。

「俺とおまえらの父ちゃんも、としとやすしと同じで、いつも一緒に遊んでたんだよ」

 松野の父は、やすしたちの父との思出話を語った。

 とても、楽しそうだった。


「はじめ、やす、おまえら、明日いったん帰れ」

 少し、静けさが食卓を包み込んだ。

「はい」

 はじめが言った。

 やすしは少し、驚いた。やすしは何も言わなかったが、当然、兄と一緒に帰ることになるだろう。


 年が明ける。

 はじめがとやすしは、正月二日にまず松野の家にいった。

 お年玉をもらった。


 何度か遊びにいくうちに、冬休みがあけた。

 

 学校にいく。

 冬休みあけのざわめきが教室に溢れている、なかで、としおの周りだけは去年と変わっていなかった。

 一人でじっと、静かに席にすわって、教科書をみたり、本を読んだりしていた。


 無視されている者も、無視している者も、結局何も変わっていない。

 何も変わらず、変えず、ただ時が経つのを待っている。


 無視しようがしまいが、時間は流れていくのに。


 ……。


 に、始めは誰も気づかなかった。

 としおでさえも気づかない。

 気づいた子もいたが、気にし続ける者はいなかった。

 去年と同じく、誰もがそうしてきたように、そのまま歩き続けると思っていた。

 それを見ていた者は、驚いたかもしれない。

 でも、驚かないようにしていたのだろう。

 無視したのだ。

 そこに関わる全てのことは、無視することになっているのだから。

 その子も、周りの子たちも、そして自分も。


 休み時間、ただ座っているだけだった二人のうちの一人が、もう一人の机の前に立った。

 動いたのは、やすし。やすしが、としおの机を訪れた。


 久しぶりのことに、としおは驚いただろう。

 やすしが、としおの前に置いた、ノートを。

「漫画、描こうよ」

「え?」

 としおが、ノートを手に取り、開いた。

 絵が描いてあった。コマ割りがしてあって、キャラクターがいて、そのキャラクターが吹き出しで話をしている。紛れもなく、漫画だった。

「やっちゃんが描いたの?」

「うん。続きを、としくんが描いてよ。その続きをまた僕が描くから」

 ノート三ページ分。としおは、二度三度、読み返した。小さく笑った。

「わかった」

「うん」

「うん、わかった」

 としおがノートを机の中に入れるのを見て、やすしは教室の外に出た。

 おしっこが、漏れそうだ。


 やすしととしおは、一緒に帰るようになっていた。

 無視する二人が一緒にいれば、みんなも少しは気が楽だろう。

 二つのマフラーが並んで歩いていた。


 としおの話では、やすしの父を入れた数人の大人が、松野の家にきて、松野の父に謝ったということだった。

 

 学校が終わった帰り道。曇っていた。

「じゃあ、引っ越しは?」

「引っ越しは、するみたい」

「うん」

 やすしは、なぜだか小さくうなずいた。

「一月の終わりころだって」

「僕も、一緒にいこうかな」

 やすしは言ってみる。としおの答えは、わかっていたけど。

「一緒にきなよ」

「え?」

「一緒に、同じ学校にいこうよ。もっと漫画かこう」

 その言葉は、やすしが思っていたの違っていた。

「お母さんに聞いてみる」

「うん」

 二人を、他の子どもたちが追い越していく。

 二人だけだ。二人の空間は、他の誰とも交わらない。切り取られたようにそこだけ、二人だけが明るく暖かかった。


 一月十五日、もうすぐ朝七時。

 やすしを呼びにきた子どもがいる。

 もちろんとしおであり、そこにはかなこもいた。

 それぞれ手に木の枝を持ち、四つのマフラーは、やすしの家から離れていった。

 今日はどんどん焼きである。寒がりな太陽が、どこか身を屈めるように、東の空低くに浮かんでいた。


 やすしの家から歩いて五分ほど。乾いた田んぼの真ん中に、竹の周りのに木の枝や葉を幾重にも巻き付けた円錐形の塔が立っていた。

 やすしたちが着いてすぐ、この塔から炎と煙が立ち始めた。

 ここには、多くの人が集まっていた。この近くの大人も子どもも。やすしの父も、としおの父もここにいた。

 炎の中に、正月に使った門松や松飾りを入れて一緒に燃やす。厄落としであり、一年の無病息災を願う行事であった。


 町のあちらこちらで、同じように煙が空へ立ち上った。

 

 塔が炎に包まれる。バチバチとはぜる。

 芯の竹柱が大きな音とともに崩れると、

「おお~!」

「わぁ~!」

「きゃ~!」

 声があがった。


 燃える物も燃え尽きて、炎が小さくなってくる。

 子どもたちが、炎の周りに集まる。

 持ってきた木の枝を、炎に差し出した。

 枝の先には、「まゆ玉」と呼ぶお餅の玉がついている。

 まゆ玉を焼いて、家に持って帰って食べるのだ。


 やすし、としお、はじめ、かなこの四人は、やすしの家で焼き目のついた、まだ暖かいまゆ玉を食べた。

 しょう油をつけて食べると、なんとも言えず美味しかった。


 まゆ玉を食べ終わってしばらく、松野の姉妹は帰っていった。

 やすしとはじめも一緒に松野の家までいった。

 今日はすぐに帰ってきた。


 天気はいいが、冷たい風が強く吹く日だった。

 「ゴーゴー」空が鳴いている。虎落笛(もがりぶえ)というのだそう。

 どこかで何かが「バタンバタン」音立てている。

 学校からの帰り道。

 やすしは何人かの男子と一緒に帰っている。

 その中に、としおはいない。

 二月に入って三日ほどが過ぎて。

 としおたちは、すでに引っ越していた。


 としおが言った通り、やすしが思った通り、やすしと周りの関係は、以前に戻ったように思える。

 いろんな友だちと話もするし、遊びもする。

 そこに、としおはいない。

 としおだけが、いない。


 やすしを、激しい寂しさが襲うことがあった。

 寂しさ、罪悪感。後悔。

 

 もっと一緒に遊べばよかった。

 普通に話をすればよかった。


 としおが住んでいた家には、やすしのおじいさんとおばあさんが二人で住んでいるという。

 やすしはその家の前で立ち止まり、しばらく家の中を眺めていることがあった。

 

「春休みに帰ってくるから。漫画いっぱい描いてくるから」

 としおは、そう言っていた。

 やすしの返事はもちろん、

「うん」


 やすしは、松野の家の前を離れる。

 家に帰って、漫画の練習をしとかないと。



季節の言葉:どんどん焼き、虎落笛

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