【恋が始まるかもしれない短編集】

クドウ・ハルバ

『22時のターコイズブルー』

22時過ぎ。人の気配も疎らなドラッグストアの店内を、クリアすぎるLEDの光と少し古いBGMが支配していた。今最も勢いがあるバンドが去年発表したアルバムの8曲目であるということは、俺にもわかる。


書き心地が気に入っているボールペンは、インクの色に関係なくクリップ部分が銀色で統一されているのですぐに見つけられた。0.5mmの列から目当ての黒を探し当てる。他にも赤、青。大手メーカーのペンは発色が良い。

アクリルの陳列ケースに貼られた外税価格を何とはなしに眺めれば、ふと目を引かれた。漢字一文字の「黒」とは違う長々としたカタカナ。あまりに見慣れないそれに思わず手を伸ばした。

──「ターコイズブルー」だそうだ。

持ち上げた透明な本体から見えるインクの緑がかった青。通常の青とは全く異なる色味のそれは、何となく使い道も思いつかないものだった。ノートは基本的に黒と赤と青、それ以上華美にするつもりもない。ボールペンとシャープペンシルと替え芯、消しゴムのみのペンケースが、肩にかけた鞄の中に入っている。


「あ……」


思わず声が漏れたのは、その商品の異常に気がついたからだ。

個別に包装されたものではなくそのままの状態で立てられていたペンは、流線型の先端のパーツが銀からまだらに青く塗装されてしまっていた。

同じ商品が数本刺さっているアクリルケースの底を覗き込む。零れてしまったらしいインクが溜まり、同種他のペンにべったりと付着していた。

その惨状を目にし、無意識にノックする。出てきたそこには新品を意味する樹脂玉がくっついていた。

確認を続ける。次の1本、別の1本。ついに可哀想な加害者を見つけたとき、触った右手がやはり同じように汚れた。

指を染めた青は、それでも綺麗なインクの色だ。

LEDの下できらりと光る。


おい、と声をかけた。


「大丈夫か」


大丈夫か、というのも我ながら変だろう。

俺の声を聞いて手元から視線を上げた。案の定返答に困ったのだろう、驚くでもなく無の表情が張り付いたまま口が動くこともなかった。

同級生というだけでクラスメイトですら無い。知っているのは名前くらいで、あとは印象くらいが記憶に残るだけの相手に俺は何故声をかけたのかすらよくわかっていない。

何の安否を問われたのかと首を傾げたそれの方へ歩み寄れば、妙なほど靴音が響いた。


「手、汚れただろ」

「見てたのか」


距離はあったが視界の端に入る位置に立っていたはずだが、よほどボールペンに注視していたのか。

これ以上汚れないように親指と人差し指で摘みながら、他の指を広げて見せる。生命線上に青が無惨に輝いていた。

怪しまずに応答するということは、少なからず彼も自分を認識していたことと推定して続ける。


「早く会計して来いよ」


同い年であるはずの存在は、やけに幼い仕草でこくりと頷いた。左手の黒と赤に加えて、戻すと思ったターコイズブルーのペンを慎重に持ち直す。


「買うのか」

「ああ、好きなんだ、この色」


身長は同じくらい。目線の高さも同じくらいだと、遠くで見ていた時には気づかなかった。緑と青の境界の色を好んでいることも今知った。

名前と印象しか知らなかったはずの相手が、目を伏せて笑ったというだけで急に世界が巡った気がした。


アルバム8曲目のアウトロが余韻を残してフェードアウトしていく。同じ色のペンを掴んで追いかけた。

粘度が高いインクの感触に、なぜか気分が昂揚する。

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