第1話

〜夜 アレストの部屋〜


王宮跡地、アレストの部屋。アレストは真っ黒な部屋の真っ黒なベッドに腰掛けていた。

ノック音。

「誰だ?」

「ボクだ。アントワーヌ・レイ・ストワードなのだ」

「アントワーヌサンか。入っていいぜ」

アントワーヌが扉を開ける。

「鍵をかけていないのか?君は元王子だ。何者かに襲撃される可能性だって……」

「いいんだ」

アレストが言う。

「俺はもうしんでも良い体だからな」

「そ、そんな」

「砂時計が入っていたときは俺がしんだら大変なことになっちまうからって守られていたが、今はそんなことをしなくてもいい。俺はそれが嬉しくてたまらないのさ」

ベッドに仰向けになる。

「だがまぁ……まだしにたくはないねェ……ふふふ、アントワーヌサン……俺のことをころさないでくれよ」

「そんなことするわけがないだろう」

「いいや、あんたは俺を恨む理由はたくさんあるだろう。というか本来砂時計があった方が良かったんじゃないか?」

「……」

「俺は結果的に大陸を統一させる流れを生んじまった。ストワード王国を愛していたあんたからしたら、憎い存在だろう」

「違う……」

アントワーヌの声は弱々しかった。

「……いや、違わないな。アレスト。その通りだ」

「くくっ」

「だが、僕はストワードを愛しているのと同じくらい君を……いや、トルーズク大陸の民皆を愛しているのだ」

「皆、ねェ」

アレストが苦笑する。

「だからこうするしかなかったのだ。と、今は思う」

「……」

「戴冠式の後、ボクもいろいろと考えることがあったのだ」

「それは嫌というほど聞いたぜ」

「そうだったな。アレスト、多分正解なんてないのだ」

アントワーヌがアレストの隣に座る。

「いつでも犠牲を最小限にする。それがボクの役目。ただそれだけなのだ」

「そうだな」

アレストが頷くと、アントワーヌの大きな目が細められた。

「……で、話ってそれか?」

昨夜、近くの酒場でシャフマ地区にしばらく留まると言ったアントワーヌは、ここにいる間はアレストと夜会って話をしたいと伝えてきた。だから今夜こうして一緒にいるのだ。

「あぁ、それに関連して。だな」


「君に話したいのはストワードの歴史だ」


低い声。普段はアレストよりもだいぶ高い声で話すのに。

「君に伝えるかは悩んだのだ。だが、ボクだけで抱えるにはあまりにも重い」

「千年だもんねェ」

「それに、君には知ってもらいたいのだ。ボクがどうして生まれたのか」

「……」

「ボクはストワードの歴史を良しとしていた。だが、時代は変わる。必要のないものにいつまでも縋るのは違うのだ」

アレストは黙っている。

「君が砂時計の歴史を語ってくれたように……今度はボクが、ストワードについて語ろう」

「ふふふ、言うじゃないか。崩壊させたことに罪悪感を抱かせるつもりか?俺のように」

「違う!ボクは、砂時計の歴史をこの前に君から聞いたときに視野が広がったのだ。世界は正しいと間違いで構成されているのではない。ただ、正しいことは変質する。それだけなのだ」

「……うん、そうだな。俺もそう思う」

「……聞いてくれるか?アレスト」

「分かったよ。他でもないあんたの頼みだ。聞かせてもらおうじゃないか」

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