第13話 【番外編】些末な出来事2

 ベルナ侯爵夫人は最近とても上機嫌だ。


 多少躾が手間ではあるが、借金のかたに買った若い男は良く働き、そのお陰か肌の調子がとても良く、周囲からは若返ったと褒められる。


 確かに、きめが細かく白くモチモチした肌は彼女のチャームポイントだし、一般よりもかなり豊満な肉体も自分自身とても気に入っている。

 最近はそれに更に磨きがかかったようだ。



 彼女は一途だ。

 今は無き侯爵ただ1人を愛し、彼以外を夫と認める事は無い。


 遅くに授かった息子は、婚姻に消極的だったが、最近ようやく婚約者が決まった。


 そんなベルナは、有り余る夫の遺産で多少遊んだところで何ら問題は無い。


 ゾルンを伴い夜会に参加したベルナは、上機嫌で豊満な身体を左右に揺らしながら歩き、行き交う人々と輝かんばかりの笑顔で挨拶を交わしていく。


 一方、隣のゾルンは彼女とは対照的に疲れ切った表情をしていた。

 隠しきれないクマが、目の下にくっきりと見える。

 ここ数ヶ月で明らかに10歳は老けていた。


 彼は最近よく寝ていない。

 眠らせて貰えない。

 ベルナが離してくれないのだ。


 彼女はとんでもなく性欲が強く、おまけにしつこい。


 ゾルンは今までの経験を活かして何とか対応していたが、全く太刀打ち出来ず、乱れきった夜の生活に、まさに、精も根も尽き果てた状態だった。


 しかし、そんなゾルンに気付いたベルナは、最近寝酒に何やら仕込んでいるのだ。

 しぶしぶだが断りきれず出されたワインを飲んだ後は、もう『最悪』と言っていい程ひどいお遊びが待っていた。


 それがここのところ毎日だ。


 ゾルンはベルナと夜を共にするたび、大切な何かが奪われていく気がしていた。


 ベルナの横でぼーっと立っていたゾルンは、

「まあまあまあまあ」

 嬉しそうに声を上げて急に早足になる彼女の後を慌てて追った。


 ベルナの向かう先には、ソファーに座って談笑しているマリアとリリの姿がある。

 その様子を見て、ゾルンは見知った顔になぜかホッとした。



 マリア様の隣にいる女性は誰だろう?



「ごきげんよう」

 ベルナはいそいそと二人に声を掛けた。


「ごきげんよう、侯爵夫人。良い夜ですね」

 リリはソファから腰を上げ、美しくお辞儀をする。

 マリアも優雅に会釈をし、

「どうぞお掛けになって」

 ベルナに席を促した。


「まあ、ありがとう」

 ベルナはリリの斜め前の席に座る。

 ゾルンはベルナの後ろに立ったまま控えている。

 マリアはそんな様子を面白そうに眺めていた。


「早速なのだけれど」

 ベルナはそわそわしながらリリに問う。


「ええ。融通出来ましたわ。今夜10ダース程お屋敷に届けさせますわ」

 リリはにっこりとほほ笑んだ。


 10ダース!?


 さすがのマリアもぎょっとして二人を見るが、商談に夢中なのかマリアの視線には気付かない。


「まあまあまあ!嬉しいわ!もう少しで無くなるところだったの」

 ベルナは余程嬉しかったのか、リリの手を両手でぎゅっと握り締める。


「でも寂しいわ。もうすぐ帝国に行ってしまうのでしょう」

 ベルナは悲しそうに眉を下げた。


「御心配には及びません。まだ教育中ではありますが、きちんと引き継ぎの者をご紹介しますわ」

「まあ、それは頼もしいわ」

 ベルナは嬉しそうにほほ笑んだ。


「ベルナ様」

 突然後ろに立っていたゾルンがベルナの耳元に囁いた。


「何かしら?」

 先ほどまで盛り上がっていたベルナだったが、急に冷たい声でゾルンに問う。

 自分より遥かに高位の貴族達の会話に割って入るなど、言語道断である。

 しかし、ゾルンはそんなベルナに全く気付かず話を進める。


「私もご挨拶させて頂きたいのですが」

 ゾルンは態とらしい程の笑顔で、チラリとリリの顔を伺いながら告げた。

 どうやらリリの事が気になって仕方がないらしい。


「あら?そう……良いかしら?お二方」

 ベルナは二人に尋ねた。

「ええ」

「勿論」


 その言葉を聞いてゾルンは嬉しそうに二人に近付いてお辞儀をした。


「マリア様、ご機嫌麗しゅう。本日も大層お美しくていらっしゃる」

「まあ、ありがとう」

 マリアは素っ気なく答える。


 ゾルンはマリアに挨拶をすませると、ゆっくりとリリの方を向いた。


「初めまして、美しいご令嬢。私はゾルン・カールドと申します。以後お見知りおきを」


 明らかにナンパだ。  


 マリアは思った。


 自分の飼い主がいるにも関わらず、完全にリリに色目を使っている。

 噂には聞いていたがとんでもない馬鹿だ。


「「「……」」」


 マリア、リリ、ベルナは沈黙した。


「うふふふふふふふふ」

 沈黙を破ったのはリリだった。


 扇で口元を隠しながら必死に笑いを堪えていたが、耐えられなくなり口に出てしまったようだ。


「あはははははははは」

「あらあらあらあ」

「ふふふふふふ」


 その後しばらく3人は笑いっ放しだった。


 可笑しそうなマリアとリリ。

 ベルナは笑ってはいるが、瞳にふつふつと怒りの色が見える。


 ゾルンは何故自分が笑われているのか、さっぱり理解出来なかった。


 しばらく笑っていたリリだったが、ゆっくりとゾルンに視線を向けた。


「私ってこんなに嫌われていたのね。初めましてですって。うふふふふ」

 リリは話しながら堪え切れなくなって再び笑い出す。


「?」

 ゾルンは意味が分からなかった。


 初めましてでは無い?

 面識がある?

 いやいや、これ程の美女なら一度会ったら二度と忘れるはずが無い。


「ゾルン、私に恥をかかせないで頂戴」

 ベルナは冷めた目でゾルンを見る。


「あなた、顔と体しか取柄が無くて頭は空っぽなのね、自分の婚約者だったリリ様になんたる無礼……」


 ベルナの言葉に、ゾルンは驚いてばっとリリを見る。

 すると彼女はニヤリと笑いながら、美しいカーテシーを披露した。

「リリ・カルディナです。お久しぶりですわ、元婚約者殿」


「なっ!!」

 ゾルンは空いた口をパクパクと動かした。


 それもそのはず。

 目の前にいるリリは通常版のリリである。

 彼女はこの姿を、彼に1度も見せた事がなかった。


 おまけに今日は夜会用に更に着飾っているので、マリアと並んでも遜色無い程のとんでもない美女だった。

 色っぽくて妖艶で、はっきり言ってマリアよりもゾルンのドタイプだった。


「か、顔が……体が……違う、別人」

 ゾルンの口からは、掠れたような声が出る。


「あら失礼ね。女は化けるものなのよ」

 リリは答える。


 化けるなんて次元では無い。

 別人だ。


 いつから……。

 いつから俺は騙されていた?!


 ゾルンは考えた。

 そしてふと思い至る。


『あんな美人な婚約者がいて幸せ者だな』


 ゾルンの周囲の人々は、口を揃えてそう言っていた事を。


 皆知ってたのか?

 馬鹿な!?

 知らなかったのは俺だけなのか?!

 な、何故……?


「だ、騙したのか……」

「あら、人聞きの悪い」


 ゾルンはギリッとリリを睨む。


 この姿を知っていたら、婚約解消などしなかった!

 コロンを使って噂など流さなかった!!

 俺がカルディナ家の当主になっていたのに!!!


 ゾルンはカッとなって、リリに掴み掛ろうとしたが、


「お止めなさい!」


 ベルナの鋭い声に、ゾルンはビクンと体を揺らしてその場に静止した。


 ベルナが扇をパシッと鳴らすと、どこかに控えていた2人の男達がゾルンの両腕をがっちりと掴む。

 瞬間、ゾルンは顔色を無くして俯いた。


「馬車に繋いでおきなさい」

 ベルナの言葉に二人の男は頷き、ゾルンを引きずるように連れて行った。


「ごめんなさいね。躾し直すわ」

 ベルナは申し訳なさそうに謝る。


「いいえ。それでしたらこれを」

 リリは全く気にした風も無く、傍らから一本の小瓶を取り出す。


「まだ交渉中なのですが、通常よりも3倍の効力と持久力のあるヒメゴトEXが手に入ったので、早速躾にお試しくださいませ」

「3倍ですって!?」


 ベルナはリリから小瓶を受け取ると、すくッとソファから立ち上がった。

 試したくて仕方がないようだ。


「そ、それではごきげんよう。後日改めて謝罪させて頂くわ」

 それだけ告げると、そそくさとゾルン達の後を追っていった。



「ヒメゴトをベルナ様に卸しているなんて、なかなかにえぐい事をするわね」

 マリアは去っていくベルナの後ろ姿を見ながら呟く。


「あら?下半身男にはぴったりでしょう?」

「……ええ」


 ヒメゴトとは、東の国に代々伝わる媚薬である。


 主に王公貴族達の初夜に使用される物で、どんな貞淑な者でも熱く乱れ、最高の夜を過ごす事が出来ると言われている。


 自然の草花を使用したその秘薬は副作用も無く、使用しても意識混濁や魔力暴走も起こらない為、値段は張るがかなり人気の商品だった。


 まさに、リリの言う通り下半身男にはぴったりの商品である。


「ベルナ様にゾルン殿を売ったのも、もしかしてあなたなのかしら?」

「何のことでしょうか?」

 素知らぬ顔をして、リリは扇で口元を隠した。


 恐ろしい子……。

 マリアはつくづくそう思ったのだった。






 それからグランデ帝国に輿入れしたロキシーとマリアは、リリを誘って新たな合コンを開催する事となる。


 リリのせいで、すっかり女性不信となったショーンのお見合いが当初の目的であったのだが、女性不信繋がりで『長男と末っ子』の名がロキシーから上がった為、急きょ合コンという形で開催する運びとなった。

 ロキシーいわく、長男と末っ子には婚約者はいなかったらしい。


 コンラード王国の合コン参加者は、ショーン、長男と末っ子の三人。

 グランデ帝国の参加者は、マリアとリリが厳選したご令嬢達。


 今回、末っ子が平民だった為に王宮での開催は出来なかったが、グランデ帝国のとある貴族の館を貸し切って開催されたそれは大反響を呼び、帝国に一大合コンブームを巻き起こした。


 グランデ帝国の女性はお国柄、あっけらかんとしていて細かいことには気にしない姉御タイプの女性が多い。


 そんな彼女達に支えられ、件の三人はゆっくりと、そして確実に心の傷を癒していったのだった。

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異世界の恋愛事情 めざし @__mezashi__

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