第9話 各々の結末

 それから一週間後

 初夏の晴れた青空の元、王家主催によるグランデ帝国とコンラード王国の合コンが開催された。


 結論から言うと、この催しは大成功を収めた。

 ガイアとジョシュアを除く男性6名は、揃いもそろって文句のつけようもない立派な職業を持ち、誠実で素晴らしい男性ばかりだった。


 そんな彼らは参加者の彼女達を見た瞬間、あまりの美しさに感動し、その場で跪いてプロポーズする者まで出る程だった。


 彼女達は外見もさることながら、その場に存在するだけで空気が華やいだ。何せ王国屈指の美少女達である。


 小さい頃から叩き込まれたマナーや会話術。

 お茶を飲む姿だけでも美しさが溢れ、紡がれる言葉は男性を立てつつも自分をしっかりと持ち、凛とした芯の強さを感じることができた。

 ロキシーやマリアは勿論の事、他の令嬢達も貞淑で品行方正で模範的な淑女であった。


 自国では婚約者に冷たい態度をとられていた彼女達だったが、少し視野を広げてみるとそれはもう入れ食いのようにもてまくったのだった。




「流石ガイア様のご友人達。素晴らしい殿方ばかりですわ」

 皆と少し離れた席に、ガイア、ジョシュア、ロキシーとマリアが座って優雅にお茶を飲んでいる。


「ありがとう、ロキシーの為に頑張ったんだ」

 屈託なく笑う顔に、ロキシーは真っ赤になって俯く。

 隣に座るマリアは、ロキシーを温かい目で見守った。

 純粋に親友の恋を応援しているのだ。


「マリアはあちらに行かなくて良いの?」

 ロキシーはマリアに尋ねた。


「ふふふ。参加することに意義があるのです。これで1つ願いが叶いましたわ」

 マリアは合コンに参加してみたかったが、別に出会いを求めているわけではなかった。


 例の本に書かれていた物や事柄を1つでも多く再現する事によって、著者であるシルバーに近付きたかっただけなのであった。



 ガイアはちらりとジョシュアに視線を向けた。

 ジョシュアは一見涼しそうな顔で紅茶を飲んでいるように見えるが、幼馴染のガイアの目は誤魔化せなかった。


 あれは緊張しすぎて言葉が出てこないだけである。

 何せ口に添えられているカップには既に紅茶が一滴も入っていない。

 隣で注ごうとしている侍女が明らかに混乱していた。


 いつもはとんでもなく切れ者の親友が、まさかこんな状態になるなど……。

 ガイアは何となく嬉しい気持ちでいっぱいになった。


「マリア嬢は読書が好きだとか」

 ガイアはそれとなくジョシュアに助け船を出す。


「はい、と言っても偏った物だけですが」

 マリアは困ったようにガイアに微笑む。


「確かマリアの愛読書は『異世界人の生態』でしたわね。帝国の書物なのですが、ガイア様はご存知ですか?」

 ロキシーは既にガイアから、自身の側近がマリアの敬愛するシルバーである事を聞いていた。


 ジョシュアの体がビクンと揺れる。


「ああ、やはり。その書物の著者はこいつだよ」

 そう言ってガイアはジョシュアを指差した。


「えっ!?」

 マリアは驚きの声を上げてジョシュアを見る。


「こいつがシルバーだ」

 再度ガイアははっきりとマリアに告げた。


 観念したジョシュアはカップを置き、ゆっくりとマリアの方を向く。

「え、ええ、その通りです」


 当のマリアは驚きの余り目を見開き、ポカンと口を開けている。


 マリアはシルバーの大ファンであるが、自身の身分や婚約者の事もあり、文通相手であるシルバーにすら身分を隠していたのだった。


「余り有名な本ではなく恐縮ですが、一応ファンもいて下さるのですよ」

 そう言って胸の内ポケットから例の銀のボールペンを取り出し、マリアに見せた。


「~~~~っ!!!」

 マリアは朱に染まる頬に両手を添え、大混乱中だ。

 公爵令嬢にしてはとんでもない取り乱し様である。


「う……ああ」

 ロキシーですら、こんな状態の親友の姿を見たことが無かった。


「こほんっ」

 ジョシュアは小さく咳払いをすると、

「宜しければ庭を散策しながら、少しお話でもしませんか?」

 立ち上がるとニコリとほほ笑み、恭しくマリアに右手を差し出した。


「え、ええ!喜んで!!!」

 頬を染めたマリアは、ジョシュアの手に自分の手を重ねて席を立つ。


 そんなマリアを見て、ロキシーは嬉しそうにほほ笑んだ。

「どうやらうまくいきそうですわね」

「ああ」

 ガイアとロキシーは嬉しそうに見つめ合って笑った。




 無事に合コンが終了し、彼女達はうっとりした顔でほうっと溜息を付いた。


「最高の時間でしたわ」

「ええ……夢のような素敵な殿方ばかりで」

「あぁ……幸せ」


 幼い頃から婚約者のいる令嬢達には、同年代の異性への免疫が極めて低い。

 婚約者に大切に扱われていなかった彼女達は、男性に大切にされる経験が無かったのだ。

 頬を染めて放心状態の彼女達の頭の片隅にさえも、婚約者の存在は既になかった。



 それから暫くして、彼女達の婚約の解消が決まり、それと同時に新しい婚約者も決まった。



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 その日の夕方、ニコライは父に書斎に呼ばれた。

 学園帰り、制服のままで書斎に入ると突然父に殴られ、余りの衝撃に床に転がった。


「何てことをしてくれた!」

 ニコライは口の中に血の味が広がっていくのを感じながら、父が何故こんなにも激怒しているのか分からないでいた。


「一体何の事ですか?父上」

「この期に及んで抜け抜けと!これを見ろ!」

 目の前に投げられた紙を拾うと、それはサラとの婚約を解消する書状であった。


「なっ!これはどういう事ですか!父上」

「身に覚えが無いと言うのか!貴様は」

「いえ、でもしかし……」

「お前は婚約者としての責務も忘れ、どこぞの男爵令嬢に現を抜かしておったな」

「…………」


 確かにニコライはコロンと共に過ごしていたが、そんな些細な事で家同士の決めた婚約が解消されるとは思っていなかった。


「あの女は側にいる男全員と肉体関係にあったのだ。それがどういう事か分かっておらんようだな」

 父の言葉にニコライは驚愕した。

「お前は王族を敵にまわしたのだ。今後まともな生活が出来ると思うな」

 吐き捨てるようにニコライに言った。


「サ、サラにもう一度頼めば……」

 幼馴染だし、多少のことは聞いてくれるはず。

 今までだってずっとそうしてきたのだ。

 今回だってきっと許される。


 ニコライはそう思ったのだが、

「無駄だ。サラ嬢は既に別の御仁との婚約が決まった。話は終わった。出て行け」

 冷たい言葉を投げつけられ、ニコライは痛む頬を押さえながらとぼとぼと部屋を後にした。


 それからニコライはコロンの側に行くことは無かった。

 侯爵家への婿入りがとん挫し、騎士団でも爪弾きにされ、学園卒業と同時に厳しい北の大地に出兵させられる事となる。



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「え……どういう事ですか?」

 父の言葉に、アイルは衝撃の余りその場に立ち尽くした。

「そのままの意味だ。お前とノエル嬢との婚約は解消された」


「り、理由は何でしょうか?」

 アイルは父に尋ねる。

「お前、それを本気で言っているのか?」

「はい」

 アイルは本気だった。


「私達は親友です。私に相談も無しにそんな大事な事をノエルが決めるはずありません」

 アイルは真剣なまなざしで父を見つめる。


「なるほど、それではお前はその親友に、男爵令嬢の話をしたか」

「はい」

「そうか、ならその女との関係に溺れ、婚約者への責務を果たせず、魔術の訓練を疎かにする旨を伝えたのか?」

「そ、それは」

 アイルは口ごもった。


「ノエル嬢はお前とその令嬢の恋を応援すると言っておった。その女と婚姻すると思っておったのだろうな」

「コロンと結婚するつもりはありません!!私の婚約者はノエルだけです!」

 アイルは胸を張って断言した。


「もう遅い。ノエル嬢には既に別の婚約者がいる。学園卒業と同時にグランデ帝国に輿入れする予定らしい」

「な……」

 アイルは絶句する。


「ノエル嬢を哀れに思ったロキシー王女殿下が取り持った仲だ。誰も覆すことなど出来ん」

 アイルは膝から崩れ落ちた。

「あの女は、キース殿下やジン殿下とも関係があった。その為に陛下やグランデ帝国の皇帝の怒りも買っている。宮廷魔術師の職は途絶えたと思え」

 そう言うと、アイルの父は部屋から出て行った。


「ノエル……ノエル」

 アイルはその場でうずくまって涙を流した。


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「お前にはベルナ侯爵夫人の愛人になってもらう」

 食事の席でゾルンは父にそう告げられた。


「冗談言わないでください。夫人をいくつだと思っているんですか?母上より上ではありませんか」

 ゾルンは冗談だと受け流し、優雅にナイフとフォークを使って食事を続ける。


「確か今年で58歳だね。良かったね。兄上。年上好きでしょ?」

 ゾルンの弟がにこやかに笑う。

「はっ」

 ゾルンは、優等生で品行方正である弟と馬が合わなかった。


「これは決定事項だ。3日の間に荷物をまとめてベルナ侯爵家へ向かえ」

 その言葉に、ゾルンはようやくこれが冗談で無い事に気付いた。


「何言ってるんですか?俺の婚約者はリリでしょうが」

「リリ嬢との婚約、解消されたの兄上知らなかったんだね」

「なっ!」

 待ちに待った婚約解消。

 しかしこのタイミングでは流石のゾルンも喜べなかった。

「分かっててやってたんだよね。兄上は。良かったね。希望通り婚約解消おめでとう」

 ゾルンは笑顔の弟を睨む。


「お蔭でカルディナ家からの援助は途絶え、断絶された」

 父親が低い声で言う。


 カールド子爵家は先々代がカルディナ家に小さな貸しを作った事に甘え、小さな借金を繰り返していた。

 積もりに積もった借金の額は、直ぐには返済不可能な域にまで達していた。


 ゾルンの父親である現当主は真面目に返済を行っていたのだが、その最中の婚約解消劇。

 返す当ての無い金の全額返済を突き付けられ援助を探し回った結果、救いの手を差し伸べてくれたのがベルナ侯爵夫人であった。


「領民が飢えない為に、兄上励んでね」

 これはつまり、体の良い人身御供である。

 ベルナ侯爵夫人は未亡人であった。

 彼女から援助を受ける代わりに彼女好みの若いツバメを差し出すしかない。

 勿論カールド子爵はその条件を二つ返事で飲んだ。


 3日後、ゾルンは自分の3倍以上歳の離れた夫人に買われていった。



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