第8話 幹事のお仕事
そもそもグランデ帝国は、女性達の地位が非常に高く出世も早い為、婚姻・出産率が著しく下がっていた。
故に適齢期の男女が国中に溢れかえってはいるのだが、仕事が忙しく出会いの場が無い為、なかなか婚姻には結びつかない。
そんな彼等にとって、隣国ではあるが美しく高貴な女性と出会う場所に行けるなど夢のような話であった。
「まずい、ジョシュア。知恵を授けてくれ……」
グランデ帝国皇太子であるガイアは、執務室で頭を抱えていた。
気心知れた仲間達に軽く合コンの話をしてしまったばかりに、参加者が定員オーバーしてしまったのだ。
「当然の結果です。我が帝国は男女の出会いの場が極めて少ないのですから、殺到するのは当然の結果でしょうに」
それを軽はずみに口にするなど。
銀の髪と瞳を持つガイアの側近ジョシュアが、メガネをくいっと上げながら冷たい口調で答える。
「どんなに絞っても15名だ。まずい」
ガイアは愛しいロキシーの頼みとあって、何としても叶えてあげたかった。いや、叶えなければならない。そうでないとマリア嬢からあのカードを受けとる事が出来ないのだ!
「それにしても、本当に合コンのようですね」
ジョシュアがぽつりと呟いた。
「ん?ジョシュア、お前『合コン』を知っているのか」
「勿論ですよ。その言葉は異世界語で、私の本にも最近登場させたばかりですから」
「ああ、そう言う事か。ロキシーの友人であるマリア嬢がとある書籍を読んで合コンを知ったと言っていたが、あれはお前の本だったのか」
感心したようにガイアは頷いた。
「ほう」
国外に自分の書籍を読んでくれている人がいることに、ジョシュアは思わず頬を緩めた。
ロキシー王女殿下のご学友のマリア嬢。
マリア・フィクサー公爵令嬢と言えば、かの国5本の指に入る程美しいご令嬢と聞く。
「そう言えばお前は参加しないのだな」
公爵家の長男であり、ガイアと幼馴染のジョシュアは今回の参加条件をしっかりと満たしている。
恐ろしい程の切れ者で仕事ができ、見目も麗しくおまけに家柄も良い。しかし、何故か今回の合コンには全く興味を示さなかった。
「私は仕事と趣味に生きていますので」
ジョシュアは休みの日は部屋にこもり、過去に落ちてきた異世界人の残したであろう古文書を読み解く。
その時間こそが、彼の至高であった。
「しかし、たとえロキシー王女殿下の頼み事と言え、あなたがこのように取り乱すなど珍しいですね。特別な何かがあるのですか?」
ジョシュアは最近のガイアが必要以上に浮足立っている事に気付いていた。
「うっ……」
思わずガイアが口ごもる。
確かに馬鹿弟キースが仕出かした事件により、彼の国には多大な迷惑を掛けた。しかし、その尻拭いにしてはあまりにも様子がおかしい。
ちなみに現在キースは、皇帝に強制帰国させられ、叔母の屋敷に放り込まれて性根を叩き直されているところだ。
彼女はとてもダイナミックで有名な御仁だ。噂によると、帝国一の鍛冶師に良く切れる特大のハサミを特注したらしい。
そして、キースが少しでも訓練をさぼろうものなら、
「ちょん切るぞ!!」
とそのハサミをジョキジョキさせながらどこまでも追い駆け、キースをマジ泣きさせているらしい。
その話を聞いて、皇帝とガイアは思わず股間を両手で隠したとか。
じっと自分を見詰めるジョシュアの冷たい視線に耐えられなくなり、ガイアは重い口を開いた。
「どのみちお前には伝えなければならないからな。実はこれが成功したら、マリア嬢からゴールドカードを貰える事になっているのだ」
「……………………は?」
数秒の沈黙の後、ジョシュアは耳を疑った。
この男、今何と言った?
「ゴールドカードとは、まさかあのゴールドカードですか?」
この世界最強のカードと言っても過言では無い、選ばれた者にしか所持を許されない転移カード。
「勿論そうだ。私とロキシーの為の特注らしい」
ガイアは嬉しそうに笑う。
それは嘘である。
単にマリアの手持ちの余ったカードだ。
「いやいやいやいや可笑しいでしょう。何故いち公爵令嬢がそのカードを所持しているのですか、しかもそれをガイアにくれるなんて。嘘に決まっています」
ジョシュアは呆れてガイアを見る。
「ん?あれ?お前、そうか知らなかったか」
ガイアは首を傾げたが、合点したかのように頷いた。
「何がですか?」
ジョシュアは訝し気にガイアを見る。
「マリア嬢は、かの国の大発明家であるヴァイオレットなのだよ」
バサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサ
ジョシュアは手に持っている資料を全て床に落とした。
「ジョ、ジョシュア?」
固まったまま動かないジョシュアの姿に、ガイアは不審そうに声をかける。
するとジョシュアはバッとガイアの方を向き、無言でツカツカと歩み寄ると、バンッと勢いよく机を両手で叩いた。
ガイアの身体がびくりと揺れる。
「私も参加します。いえ、私がマリア嬢にプロポーズします。結婚します。ええ。必ず」
突然の幼馴染の豹変に、ガイアは驚いて声も出なかった。
「参加メンバーを見せてください」
「え?」
「ですから、帝国からの参加メンバー一覧を貸しなさい!」
ジョシュアはガイアの手から参加メンバーの書かれた紙をひったくる。
「女性3名に対し男性が15名だと多過ぎます。ですので6名まで絞ります」
え?え?こいつ何言ってんの?
ガイアは動揺していた。
「女性は3名ではなく5名なのだが」
それを聞いたジョシュアは、呆れた様に大きく息を吐いた。
「良いですか、女性5名の内、既に2名には決まった相手がいます。ロキシー王女殿下にはあなた、マリア嬢には私です」
「あ、はい」
「これとこれとこれは論外。これは女性に暴力を振るった前科があります。これは酒癖が悪い。これはそもそも性格が悪い」
ジョシュアはブツブツ言いながら、メンバーを容赦なく選別していく。
「これが今回のメンバーです。3名に対して6名と多いですが、紳士たるもの女性に選択権を与えて差し上げなければなりません」
「な、なるほど」
6名と言っているが、ガイアとジョシュアを抜いてである。
「それでは早々に日程を詰めていきましょう」
優秀なジョシュアの手によってあっと言う間に調整され、合コンの開催は1週間後に決まったのだった。
ジョシュアは仕事終わり、自室で一本の銀色のペンを眺めていた。
あれは、異世界人が残したであろう古文書を紐解くと言うレアな趣味が高じ、友人の出版社から1冊の本を出した時の事だった。
ある時、シルバー宛てに1通の手紙を預かった、と友人から連絡を貰った。
シルバーとはジョシュアのペンネームである。
自分の眼と髪が銀色なので、と安易に付けた特に意味のないものだった。
受け取って開封すると、そこには美しい銀色のペンと、美しい文字で綴られた手紙が入っていた。
差出人はコンラード王国に住むヴァイオレット。
帝国にもその名を轟かす天才発明家の名であった。
本人かはさておき、名前と筆跡から女性だと推測できる。
手紙は、本に書かれた異世界人のアイテムを元にした商品の開発と販売の許可を求めるものだった。
問題なければ出版社に届けた人物に返事の手紙を渡してほしい。
最後に出版祝いとして、異世界のボールペンなるものを参考に作られたペンを同封する旨が書かれていた。
『あなた様の名をイメージして作りました。よろしければお使いください』
そもそも異世界人のアイテムはジョシュア自身が考えた物では無い。ジョシュアは快諾の旨を記した返事を書いた。
それから暫くして、ヴァイオレットは異世界の知識を元に数々の発明を世に送り出した。
きっと彼女は本物だろう。
ヴァイオレットとシルバーの文通は、今も続いている。
近況報告や次の発明品、書籍の感想が大部分を占めた内容だったが、少しの文章の中にも彼女の洗練された美しさや賢さが見て取れた。
自分が古文書から紐解いた知識を形にしてくれる。いつしかジョシュアはヴァイオレットから届く手紙を心待ちにし、彼女に心酔するようになっていったのだった。
ジョシュアはヴァイオレットからプレゼントされたペンでさらさらと文字を書いていく。
濃い紫色のインク。
魔石を芯に使い、魔力を持つ人間が使うと壊れるまで半永久的に使える魔道具。
これ一本で小さな屋敷が建つ。
「はあ~」
ジョシュアはヴァイオレットを思い、大きく息を吐いた。
マリア・フィクサー公爵令嬢。
まさか彼女だったとは。
早く会いたい……。
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