第7話 令嬢達の思い

 ■暫定4位

 タリス侯爵令息ニコライの婚約者、サラの場合


「私はもうニコライに何の思い入れもありません。父も私の好きにして良いと言ってくれています」

 サラが静かに話し始めた。


「彼は昔から私を見下した言動をよくしていましたが、ここ半年は本当に酷い有様です。手紙は勿論の事、言葉も余り交わしていません。一方的に避けられているようで、夜会も例のご令嬢と参加されているようです」

 サラは一気に話し、大きく息を吐いた。


「一時の感情に身を任せ、周囲の状況に目を向ける事の出来ない彼は、我が侯爵家を継ぐ器ではありません」


 サラはロード侯爵家の長女として、現在父親と共に領地改革に取り組んでいる。

 その手腕は王都にも届くほどだ。

 しかし、どんなに優秀でもこの国では女性が家を継ぐ事は出来ない。


 婿入り予定のはずのニコライがあの体たらくでは、流石のロード侯爵も頭を悩ませているのだろう。

 婚約解消は家の醜聞。

 もし解消してしまったら、サラが再び婚約することは難しいだろう。

 そうすると、侯爵家を継ぐ者がいなくなってしまう。


「ありがとう、良く聞かせて下さったわ」

 マリアは側に控えさせていた侍女から2通の手紙を受け取ると、それをサラに手渡した。

「これは?」

 サラは尋ねた。

「こちらの1通は侯爵に、もう一通はサラ様への招待状です」

「招待状、ですか?」

「ええ」

 マリアはニコリとほほ笑んだ。


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 ■暫定3位

 バハルト伯爵令息アイルの婚約者、ノエルの場合


「私達の関係はライバルの様なものでした。本当に好きな人が出来たのなら仕方が無いのかな、と思います」

 ノエルは寂しそうに眉を下げる。


「なるほど。それではこれからも彼との婚約を続け、最終的には婚姻するのね」

 確かにお互いを理解しあえているライバル同士であれば、この答えもアリなのかも知れない。

 マリアは納得した。

 どうやら2通の手紙は必要なさそうだ。


「え?」

 ノエルは不思議そうに首を傾げた。


「好きな人が出来たのですから、アイルはそのご令嬢と婚約するのでは無いのですか?」

「え?」

「え!?違うのですか?」

 ノエルは驚いてマリアに聞き返した。


「ノエル様は、アイル殿がコロン嬢との婚約を望まれていると思っているのですか?」

「はい」

 ノエルはピュアな瞳でマリアを見つめる。


「婚約話がたち消えても私達が友達なのは変わりません。出来れば恋愛に現抜かすのは程々にして、魔術の練習をして頂きたいのですが……」

 大きなお世話でしょうか?

 ノエルは困ったようにほほ笑んだ。


「ノエル様。話の腰を折るようで申し訳ないのですが、多分アイル殿は件のご令嬢と婚約することは無いでしょう」

 マリアはノエルに言った。


「え?!どうしてですか?」

「そもそも婚約とは家と家との結び付きの為に行う事が殆どです。とくにノエル様とアイル殿は魔力特化のお家柄。産まれてくる子の事も既に計画に入っていると思われます。それにここだけの話、件のご令嬢は現在進行形で7名のご令息と深い仲にあります」

「え!??」

 ノエルが驚いて声を上げたが、マリアは構わず話を続けた。


「もしアイル殿が彼女との婚約を望んだとしても、まず双方のご両親が反対なさると思います。それに他の6人の令息がそれを素直に許可するとは思えません。その中には王族も混じっていますので修羅場になる事必至です。なので何やかんやでアイル殿は最終的にはノエル様との婚約を維持し、婚姻することを望まれると思います。もし件のご令嬢を忘れられない場合は愛妾にでもするでしょう」

「絶対に無理!!」


 ノエルは信じられない程大きな声で叫び、その場に立ち上がった。


「友達だからと許せる事でも、自分の伴侶となる者には誠実さを望みます!!この期に及んでアイルと婚姻なんて!子を成すなんて考えただけでも無理!えづきます!!生理的に無理!!!」


 ノエルは鳥肌が立ったのか両腕を激しくこすっていたが、はたっと気が付いてその場に腰を下ろした。


「し、失礼しました」

「いいえ、良いのですよ。本音を聞かせて頂いてありがとうございます」

 マリアはにっこりとほほ笑み、ノエルに2通の手紙を手渡した。



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 ■暫定2位

 カールド子爵令息ゾルンの婚約者、リリの場合


「出来れば可及的速やかに婚約を解消したいと考えております。いいえむしろ、怒りの余り一方的に破棄してやりたいと常々考えておりました」

 リリは伊達メガネをくいっと上げて、抑揚の無い口調で話す。


 マリアはふふふと笑った。

 実はマリアとリリの付き合いは長い。


 リリの家であるカルディナ伯爵家は、領地経営の傍ら商売にも手を出している。自ら他国との貿易も行い、その資産は侯爵家をも凌ぐとも言われている。


 何を隠そうマリアの愛読書である『異世界人の生態』は彼女からプレゼントされた物で、その後も伝手によって取り寄せて貰っているのだ。

 彼女の家の者に頼んで出版社に行ってもらい、シルバーとの文通の手助けもしてもらっている。


「もともと先々代がカールド家に恩があったとかで今まで援助してきましたが、そろそろ恩も返し終えたかと思います」


 カールド家は多額の借金をカルディナ家に立て替えてもらう代わりに、ゾルンが婿に出される事は社交界でも有名な話である。

 ゾルンはカールド子爵家の長男でありながら何の才も無く女性と遊びまわっている為、内内では次男が子爵家を継ぐ事が決定している。


『借金代わりに身売りされた長男』


 一時期社交界で面白おかしく語られたモノだったが、何の役にも立たない婿を送られたカルディナ家もたまったものではない。

 先々代の恩がどれ程の物だったのかは知らないが、それを笠にいつまでも金をせびられてはたまったものではない。

「出来ればコテンパンに打ちのめしてやりたい」

 リリはぼそっと呟いた。


 マリアとリリは親友であった。

 つまり同類なのである。

 リリは自らが交渉し、他国との貿易を始めた事によりカルディナ家の資産が倍近く増えた。

 頭の回転が速く、的確で物怖じしない。だからこそ、阿呆が大嫌いだった。実は真の姿はとんでもなくセクシーなのだが、ゾルンに好かれないように彼の嫌いなタイプの女性を装っていた。


 野暮ったいメガネと体型を隠す大きめのドレス。顔には化粧品で濃いそばかすを作り、全体的に浅黒いおしろいをふり、髪をボサボサにセットするほどの念の入れようである。


 マリアはやはり、彼女に2通の手紙を手渡したのだった。

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