第10話 ジンの思い
ジンが婚約者であるマリアと出会ったのは、5歳の誕生日だった。
美しい金色の髪と紫の瞳を持つとんでもない美少女のマリア。
正直に言おう。
ジンはこの時マリアに一目惚れをしたのだ。
生涯自分の側に彼女がいる。
喜びの余り神に感謝した程だった。
マリアは5歳にして既に天才だった。
大人でも難解な分厚い本を嬉しそうに読み、聞いたこともない難しい言葉で家庭教師と話す。
ジンはとても誇らしかった。
美しく聡明な婚約者。
ジンはことあるごとに色んな茶会に参加しては、マリアの事を自慢してまわった。
しかしその関係も長くは続かなかった。
しばらくすると、マリアはジンよりもロキシーと親しくなり始めたのだ。
ロキシーといる時はリラックスして自然な表情を見せるのに、自分といる時は作ったような顔で笑う。
それがジンには許せなかった。
ロキシーとジンとの身分差。
正妃の子と側室の子には大きな溝がある。
ロキシーはいつもジンを冷めた目で見ており、ジンもそれに気付いてロキシーの事が嫌いだった。
あんな女と仲良くするなんて間違っている!
マリアの一番は、婚約者である私でなければならない!!
ある日ジンはマリアに問い詰めた。
「ロキシーと自分、どちらを選ぶのか」と。
マリアはその言葉を聞いて可笑しそうに笑った。
「ジン様は国王陛下が決めた婚約者ですわ。ロキシー様は私自らが選んだ大切なお友達。そもそも比べられるモノではありませんわ」
てっきり自分を選んでくれると思っていたマリアの答えにジンは憤慨した。
逆にマリアは、この時ジンが救いようのない馬鹿者だと改めて認識したのであった。
それから2人の関係はギクシャクしていった。
と言っても、勝手にジンが怒って横柄な態度をとるようになっただけなのだが。
マリアはそんなジンに今まで通り接していたが、それすらもジンにとっては腹立たしかった。
何だかんだ言ったって、結局この私と婚姻するのだ。
その時になって謝っても許してやるものか。
学園に通い出すと、男爵令嬢がジンに気安く声を掛けてきた。
マリアの様な聡明さも賢さも美しさも無いが、自分の事を一番に思い慕ってくれる姿に、ジンはいつしか絆されていった。
マリアの奴、せいぜい嫉妬するがいい。
全部お前のせいだ。
まあ、泣いて許しを請うなら許してやらん事もないが。
ジンは謎の理論で自らもコロンに近付き、あっと言う間に深い関係になっていった。
「学園卒業を待たず、1ヶ月後、東の国に婿入りする事が決まりました」
母の部屋に呼び出され、開口一番に告げられた言葉にジンは耳を疑った。
「……は?誰の話ですか?」
ジンは誰が婿入りするのか理解出来なかった。
「あなたですよ、ジン」
ジンの母親の側室は、フルフルと怒りに震えながら扇を握りしめる。
東の国と言えば、海を渡っていかねばならない辺境の島国。
オーガの様な屈強な身体を持つ民族で、勿論女性も例外では無かった。
いつぞやの夜会でジンに一目惚れをした姫が何度と無く婚姻を求めてきたが、既にジンには婚約者がいたため断っていた話だった。
「……な、ぜ?」
ジンは口の中がカラカラに乾いていくのを感じた。
「この母が陛下に頭を下げてまで取り付けた婚約を、そなたよくも壊してくれたわね」
ミシミシと握っている扇が悲鳴を上げている。
ジンの母は隣国の姫だ。
他人に頭を下げた経験など殆ど無い。
四面楚歌の王宮で、何とか自らの子の為に後ろ盾をと、プライドをかなぐり捨ててまで整えた縁談だった。
「何故自分の責務を放棄した」
ジンに問う。
「よもやお前は自分の立場も理解出来ないうつけ者なのか!」
パシッと握っていた扇が、ジンに向かって投げつけられ頬をかすめた。
「……っ」
ジンは黙って歯をくいしばる。
「お前が手を出した男爵の娘は、お前以外に6人もの男と関係があるそうじゃないか」
その言葉にジンは声を荒げる。
「そんな事はありません!彼女はそんな女性では無い!」
息子の必死な言葉を鼻で笑う。
「哀れな。既に状況証拠は揃っておる。事実を聞かされた他の令息達も同じような反応をしたそうじゃ」
くつくつと笑う。
「マ、マリアは……」
「マリア嬢はロキシー殿下の取り成しで、既に新しい婚約者を選定済みじゃ。愚かな事だ。何もしなければお前がマリア嬢と婚姻できたものを」
ジンは項垂れた。
愚かなプライドさえなければ学園卒業と同時にマリアと婚姻出来たはずだ。
「お前、あの男爵の娘と添い遂げたいのか?」
問われたジンは力無く首を振る。
「いいえ、いいえ」
俺はマリアが好きなのだ。
「そうか」
幼少期より拗らせた初恋は実る事無く、ジンは学園を中退し、隣国へと渡ったのだった。
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「あれ?」
コロンは辺りを見回した。
いつもと違う・・・。
学園に登校しても、教室に入っても、何故かコロンに誰も近寄ってこない。
「おかしいなあ~」
不思議に思いながらもコロンは真面目に授業を受ける。
昼休みになればいつもの所に皆がいるはず。
コロンはウキウキしながら昼休みを待った。
しかし昼休み、待てど暮らせど誰も来ない。
「皆忙しいのかしら?」
コロンはベンチに座って空を眺める。
ふと、幼い日の母の姿を思い出した。
泣いてすがる母へ、容赦なく罵声を浴びせかける男達。
その姿をじっと見ていたコロンに向かって彼女は叫ぶ。
「また捨てられたじゃない!あんたのせいよ!」
鬼の様な形相で喚き散らす母の顔。
コロンは少し嫌な気分になって、すくっと立ち上がる。
「まあ良いわ!せっかく1人なんだし素敵な男性を見つけに行きましょう!」
コロンは学園中を歩き回って、好みの男子生徒に片っ端から声を掛けていった。
母の言う通りに生きると母と同じような人生を歩む。
コロンがそれに気付くのは、もう少し先。
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